学校のネットワークインフラが変革期を迎えている。デジタル教材の利用が増加する中、特にネットワークの強化が喫緊の課題に。教職員の働き方改革を目指し、文部科学省が推進する“校務DX”が追い風となり、先進自治体では、教職員が業務で用いる校務系システムのクラウド化が進展。校務系ネットワークのあり方を見直し、業務効率を高めようとする動きも生まれている。
(取材・文/大畑直悠)
教育現場では、GIGAスクール構想によって整備されたネットワークインフラに課題が生まれている。全国学力・学習状況調査の一部オンライン化や、デジタル教科書の利用の推進、動画教材やクラウドベースの学習アプリの増加など、日常的にネットワークにかかる負荷が高まる中、不具合や遅延が発生した際に、児童・生徒の学習に与える影響が大きくなっている。
文部科学省は2023年度補正予算で、「ネットワークアセスメント実施促進事業」に23億円を計上。都道府県、市町村などが民間企業に委託するネットワーク診断の3分の1(対象となる事業費の上限は1000万円/校)を補助。ネットワークの整備を支援する動きを見せている。
教育の高度化や教職員の働き方改革から、ネットワークのあり方を見直す動きも生まれている。文部科学省は「次世代の校務DX」の方向性を示し、校務系と学習系のデータを連携させ、ダッシュボードとして統合的に可視化し、学校経営・学習指導・教育政策などを高度化することを打ち出している。一方で、多くの自治体は学習プラットフォーム「学習eポータル」を中心に学習系システムをクラウド化しているものの、校務系システムは自治体が保有するサーバー上に構築し、閉域網で運用している。校務系ネットワークと学習系ネットワークが分離されているため、データを連携し可視化するインターフェースの構築がコスト高になり、校務DXの実現が困難になるなどの課題がある。
教職員の働き方の面でも、ネットワークの分離によって職員室以外から校務系システムへアクセスできないことや、校務系と学習系で端末を使い分ける必要がある、データの受け渡しに手間がかかるなど、教職員に非効率な働き方を課す要因にもなる。また、オンプレミスでの運用は、大規模災害が起きた際の業務の継続性の観点でも懸念が指摘されている。
これらの背景からネットワーク統合に向けた動きが活発化しており、文部科学省は24年1月、「教育情報セキュリティポリシーに関するガイドライン」を改訂。「GIGAスクール構想の下での校務の情報化の在り方に関する専門家会議」での提言を踏まえ、アクセス制御を前提としたネットワーク統合のためのセキュリティー対策の指針を打ち出している。具体的には、モバイル端末管理やアンチウイルス、通信経路の暗号化、Webフィルタリング、シングルサインオン、多要素認証、不正アクセスの検知や遮断を必須の対策として挙げている。
内田洋行
校務DXの先進事例を創出
内田洋行はネットワーク構築からGIGA端末の導入、自社開発した校務系システムや学習系システムなどに至るまで一貫して学校のITを支援できることを強みとし、校務DXにおける先進事例の創出で文教市場での存在感を高めている。
同社は埼玉県鴻巣市に、校務支援システムを含む全てをクラウド化した教育ICT基盤を導入し、同市は21年4月から運用を開始した。校務支援システムや文書管理システム、勤怠管理システムを「Microsoft Azure」上に構築。これに併せて、校務系と学習系ネットワークも一体化し、全国でも先進的な事例となった。同市が構築した独自の閉域網を、国立情報学研究所が構築・運用する学術情報ネットワーク「SINET」に接続して、Microsoft Azure上のシステムにアクセスする。SaaSとして提供されている学習系のアプリもSINET経由でインターネットに接続して利用できる。
同市をモデルケースとしつつ、新たな事例も生み出している。埼玉県坂戸市は校務系、校務外部接続系、学習系の三層にネットワークを分離していた環境から、校務支援システムのクラウド化とともに、学習系と校務系を統合したネットワークを導入。24年4月から運用を開始した。セキュリティー対策として、「Microsoft 365 A5」によって、文部科学省の教育情報セキュリティポリシーに関するガイドラインに準拠したゼロトラストの仕組みを構築。ID・アクセス管理機能「Microsoft Entra」の条件付きアクセスを利用し、校務支援システムにアクセスする場合はIDやパスワードだけではなく、許可された端末による認証リクエストのみを許可するなどして実現した。Microsoft 365 A5のアンチウイルス機能に加え、未知の脅威に対応するため、アプリの動作を制限し、不正な動作を検知した際に遮断するBlue Planet-worksのエンドポイント保護製品「AppGuard」も導入した。
教職員は端末を持ち帰ってもセキュアなアクセスが可能になり、柔軟な働き方を支援する。また、校務支援システムと保護者連絡システムや学習eポータルを連携。校務支援システム内の名簿情報をそれぞれと同期し、年次更新を一括で実施可能になるなど、教職員の業務を効率化できるという。
内田洋行 稲原裕介 課長
同社教育ICT事業部地域デジタル化推進部の稲原裕介・課長は「坂戸市の案件はもともと、鴻巣市の基盤の構成を先行事例として念頭に置きつつ、最適な形を模索する中で進んだ。Microsoft 365 A5を利用して、閉域網を用いないよりシンプルな構成なのが特徴で、次の提案につながる事例だ」とアピールする。
坂戸市の事例では、ネットワーク統合に合わせて、校務用端末として「Surface Pro 9」の導入などにもつながり、案件を大型化した。今後は、同市をモデルケースとした横展開につなげ、文教向けの幅広い商材を持つ同社の強みを生かした提案を図る。
内田洋行 河合剛史 部長
今後の拡販に向けて、システムズエンジニアリング事業部ネットワークサポートセンターの河合剛史・部長は、「導入して終わりではなく、効果が出るまで坂戸市をサポートし、必要に応じて構成を変えるなどの支援を続ける中で、モデル化することが重要だ」と強調。同市の校務DXで生まれたメリットを基に、自治体ごとの要望も踏まえた最適なインフラ環境を提案し、導入後は伴走支援にも力を入れる考えだ。
パートナー戦略について、河合部長は「全国をカバーする上で、クラウドの構築の体制は整っているが、ネットワーク工事や無線アクセスポイントの配置などラストワンマイルをパートナーと進めていく必要がある」と話す。
ネットワンシステムズ
ネットワークの状況を常時可視化
ネットワンシステムズは、文教向けのネットワークインフラの更新などでビジネスを順調に伸ばしている。同社東日本第1事業本部の磯村和信・パブリック事業戦略部長はGIGA端末で活用されるネットワークインフラは5年サイクルで更新され、現在がその時期に当たっていると説明。同社はネットワークの更新作業に加えて、ネットワークの整備計画の策定支援も推進している。
ネットワンシステムズ 磯村和信 部長
磯村部長は「当社はネットワーク構築ベンダーとして独自のヒアリングシートを作ったり個別に訪問したりする中で、顧客のネットワークの状況を把握し、問題が生じた場合は原因を特定できるようにしている」と強調。その上で、最適な場所に無線アクセスポイントを設置できていないほか、動画教材の視聴の際に遅延が生まれるといった課題が学校現場では生じていると紹介する。
デジタル教科書の普及などで学習指導の方法が日々変化している状況を受け、磯村部長は「ネットワークアセスメントは重要だが、補助金などをきっかけに一過性のものとして行うのではなく、常時インターネット接続の状況が見えるようにすることが重要だ」と指摘。可視化を前提としたネットワークの提案に力を入れているとし、米Extreme Networks(エクストリームネットワークス)の製品を紹介する。
学習系と校務系ネットワーク統合の動きに関して磯村部長は「(文部科学省の指針にのっとり)多くの教育委員会が校務系システムのクラウド化にかじを切っている」とし、これに伴いアクセス制御など、セキュリティー対策の整備の支援も進めている。磯村部長は「顧客からの要望は『ゼロトラスト』がキーワードになることが多いが、言葉だけが先行していることが多い。アクセス制御の仕組みを入れるとしても、ゼロトラスト一辺倒で提案してはいない」とし、教職員がどの端末でどこからアクセスしたいかといった、業務における現状の課題を明確にしながらセキュリティー対策を講じているという。さらに「教育委員会ごとにネットワークインフラの構成がばらばらなのが実情だ。案件ごとにフルカスタマイズに近いかたちで提案を進めている」と話す。
今後はパートナーエコシステムの拡充を重要視する。学習系のアプリを提供するベンダーと連携し、ID連携や認証、アプリ内で収集したデータをセキュアにする仕組みなどを提供している。また、校務系システムを提供するベンダーとの協業も進める方針で、磯村部長は「これまでのような校務系システムのリプレースではなく、校務DXという文脈になると、働き方改革に伴うインターネットインフラの見直しも含まれてくる。その際、パートナーとエコシステムをつくって教育現場を支援したい」と意気込む。
加えて、文教市場に強い各地域のパートナーとの協業も推進する構え。磯村部長は「当然全てをわれわれだけでカバーできるわけではないため、地場のパートナーとの共創を通して、エリアを徐々に拡大していく」と展望する。