米Amazon Web Services(アマゾン・ウェブ・サービス、AWS)は12月1~5日(米国時間)、米ラスベガスで年次イベント「re:Invent 2025」を開催した。基調講演の冒頭、マット・ガーマン・CEOは「AWSの目的は発明の自由を届ける点で創業から一貫している」と切り出し、開発者向けのAIエージェントなど、アップデートを多数発表した。パートナーの製品を販売するマーケットプレイス「AWS Marketplace」を販売チャネルの主軸の一つとする考えも示し、米Amazon.com(アマゾン・ドット・コム)がコンシューマー向けの小売りにもたらした革新を法人向けITビジネスの商流にも応用する考えを示した。
(構成/大畑直悠)
開発者により創造的な仕事を
ガーマンCEOは「(創業時の)20年前、開発者がサーバーや計算能力にアクセスするには大きな投資や時間が必要であり、また調査や調達といったインフラの管理に多くの時間を費やしていたために、開発に力を割けなかった。この解決策をかたちにすることを、これまで続けてきた」と振り返った。その上でAIエージェントが登場した意義の一つは、この解決策を「再発明」することにあるとし、より創造的な仕事に集中できるような自動化を提供するとした。
米AWS
マット・ガーマン CEO
イベントではこれを実現する開発者向けAIエージェント「Frontier Agent」を発表した。アマゾン・ドット・コムにおけるさまざまなAI活用の取り組みから、有用性が高いAIエージェントが持つ要素を▽目的を指示すれば達成方法を自ら見出せる自律性▽多数のタスクを同時並行で実行できるスケーラビリティー▽人間の介入がなくても長期間にわたって作業を実行できる独立性─の3点に集約し、これらの要素を実現する三つのエージェントを用意した。
2025年11月に提供を開始したコード生成AI「Kiro」を機能強化した「Kiro Autonomous Agent」では、複数のリポジトリにまたがる複雑な変更が必要な場合でも、目的を示すだけで一連のタスクを自律的に実行する。従来製品のように開発者がタスクごとにAIエージェントとやり取りする必要はない。
「AWS Security Agent」は、開発ライフサイクルの全体に対してセキュリティーに関する専門的な知見を適用し、アプリケーションの安全性向上を支援する。常に開発者に伴走しながら、安全性の評価や改善案の提示、ペネトレーションテストを実行。コーディングAIの活用で開発スピードが加速する中、セキュリティー確保における作業負担の軽減に資する。
「AWS DevOps Agent」は本番環境にあるアプリで問題を検知し、不具合の原因の特定から解決策の提示までを自律的に実行する。加えて、過去の障害情報も考慮して、根本的な原因の特定まで支援できるとした。
ガーマンCEOは「三つのFrontier Agentが連携してソフトウェアの構築、保護、運用を完全に変革する」と力を込めた。
高まるMarketplaceの存在感
IT製品の調達を効率化する取り組みも進めている。パートナー向けの基調講演に登壇したルバ・ボーノ・グローバルスペシャリストおよびパートナーバイスプレジデントは、パートナービジネスの新しい基軸として「AWS Marketplace」経由のビジネスの最新情報を紹介。米Salesforce(セールスフォース)と共同で展開する「Agentforce 360 for AWS」について、26年初頭にAWS Marketplaceで独占提供することなどを明かし、注力ぶりをうかがわせた。
米AWS
ルバ・ボーノ バイスプレジデント
Agentforce 360 for AWSでは、生成AIアプリ構築基盤「Amazon Bedrock」とガードレール機能を通じて、さまざまな基盤モデルへのアクセスが可能で、すでに米CrowdStrike(クラウドストライク)が利用しているという。
ボーノバイスプレジデントはAWS Marketplaceを介した売り上げに関して、セールスフォース、米Snowflake(スノーフレイク)がそれぞれ30億ドル、米Datadog(データドッグ)が20億ドルを突破していると紹介し、「最も急速に成長する販売チャネルだ。最高のテクノロジーへのアクセスを民主化し、スタートアップも含む全てのパートナーの成長を後押しする」と胸を張った。
顧客の調達を簡素化するチャネルとしての価値を高める最新機能もアピールした。AI機能「Express private offers」では、パートナーが定義した条件に基づいて、顧客ごとにカスタム価格を提供し、迅速に取引を完了できるようにする。「Agent mode」では、AIエージェントとの自然言語での会話やドキュメントのアップロードを通して課題に適合したソリューションを探索可能になる。
また、ISVやSIerが自社商材と他のAWSパートナーの商材やサービスを組み合わせて顧客に提供する仕組みも設けている。すでに60を超える複数プロダクトを組み合わせたソリューションがあり、業界ごとの課題に対応したユースケースを顧客に提供しているという。ボーノバイスプレジデントは「IT製品を、容易に発見・導入・統合・管理できるようにし、AWS Marketplaceを通じて新規ビジネスを創出する」と意気込んだ。
ソニーグループが「Nova Forge」を利用
AIエージェントの構築・運用基盤である「Amazon Bedrock AgentCore」関連の最新機能も披露した。さまざまなサービスのMCPへの対応やAIエージェントとの連携を管理する「AgentCore Gateway」のアドオンとして、「Policy in AgentCore」を追加した。例えば返金処理を実行するAIエージェントに対して上限額を設定するといった、ユーザー個別のポリシーを自然言語で設定し、AIエージェントの動作を制御できるようにする。
新機能としてAIエージェントの挙動を継続的に評価・モニタリングできる「AgentCore Evolutions」もリリースした。「正確性」「有用性」といった評価基準に基づいてAIエージェントが期待通りのパフォーマンスを維持しているか監視可能で、意図した性能が発揮されていない場合はアラートを発出する機能も備える。
24年のre:Inventで披露した基盤モデル「Amazon Nova」の最新版「Amazon Nova 2」も登場し、テキストや音声、画像、動画での入力に対応するマルチモーダルモデル「Nova 2 Omni」などをラインアップした。入力の種類に合わせてモデルやツールを切り替える必要がなくなるという。独自の基盤モデルを開発できる「Amazon Nova Forge」も発表した。トレーニング段階にあるAmazon Novaに対して、AWSが整備したデータと、顧客が用意したデータを組み合わせて学習させ、独自のモデルを開発できる。
基調講演には顧客事例としてソニーグループが登壇し、コンテンツへのアクセスや制作など、クリエイターとファンの双方のエンゲージメントの向上や交流を支援する基盤「エンゲージメントプラットフォーム」の構築に取り組んでいると公表した。AWS製品を組み合わせて作成したデータ利活用基盤「Sony Data Ocean」もこれに統合する計画で、AIによりファンのトレンドを発掘し、クリエイターにフィードバック可能にするとした。
グループ全社の社員に生成AIとAIエージェントサービスを導入する計画であることも明かした。Amazon Bedrock AgentCoreを活用してセキュリティーや可観測性を確保しつつ、大規模な導入を目指す。また、Amazon Nova Forgeの活用も進めており、初期の検証結果では、社内のドキュメント評価・審査プロセスの効率が従来比で約100倍に向上する可能性が示されたという。
ソニーグループ
小寺 剛 CDO
ソニーグループの小寺剛・執行役CDOは、「あらゆる事業活動において創造し、顧客に届けようとする“感動”こそが私たちの存在意義の中核だ。感動を届けるために、AIやAIエージェントを効果的に活用し、ビジネスの能力を拡張する」と述べた。
AIインフラに関しても多くのアナウンスがあった。コンプライアンス要件が厳しい業界向けに、顧客のデータセンター内にAWSのAIインフラを設置する「AWS AI Factories」を発表した。米NVIDIA(エヌビディア)製のGPUやAWSのAIトレーニング用のチップ「Trainium」をはじめとしたインフラ環境に加え、機械学習用のデータ基盤「Amazon SageMaker」やAmazon Bedrockといった包括的なAIサービスを提供する。顧客は独自にAIインフラを構築する手間を省け、開発に注力できるようになる。
また、「Trainium 3」を搭載したインスタンス「Amazon EC2 Trn 3 UltraServers」の提供を開始し、前世代と比較して4.4倍の計算能力、3倍のスループット、4倍のエネルギー消費効率を実現するとした。
非AI系でも25の新発表
ガーマンCEOによる基調講演は生成AIやAIエージェント関連の話題で一色になるかに思われたが、終盤で非AI系のコアサービスのアップデートも説明した。ガーマンCEOは「re:Inventの最も困難な課題はいかに全てのイノベーションを盛り込むかだ。あと数分、時間がほしい」と語り、ステージ上にタイマーを用意してカウントダウンを表示しながら、10分間で25もの新発表を行った。
オブジェクトストレージサービス「Amazon S3」では従来5TBだったオブジェクトサイズを一気に50TBまで拡張。大容量データに対しても分割することなく格納できるようにした。「Amazon S3 Batch Operations」のパフォーマンスも向上し、多数のオブジェクトに対する一括での操作が最大で10倍高速になるとした。
さまざまなセキュリーティツールからの情報を集約しリスクを評価する「AWS Security Hub」の一般提供開始や、マネージドデータベースサービス「Amazon RDS」の機能強化に加え仮想サーバー「Amazon EC2」では、「Intel Xeon」や「AMD EPYC」を搭載した五つの新しいインスタンスなどの追加もアナウンスした。