事業環境が目まぐるしく変化する中、ビジネス価値を創出するため、システムを内製化したいというニーズが高まっている。サービスをいち早くリリースするための開発の高速化が求められているほか、開発にAIを取り入れたいという機運も高まっている。アマゾン・ウェブ・サービス・ジャパン(AWSジャパン)は、ユーザー企業が開発を体験し内製化に踏み出せるようチャレンジする場を設定。パートナー企業は、AWSを基盤とした内製化支援ビジネスで成長を目指している。
(取材・文/堀 茜)
アマゾン・ウェブ・サービス・ジャパン
ユーザー企業対象の「道場」内製化に踏み出す第一歩に
AWSジャパンは、ユーザー企業を対象にしたハッカソン型の内製化支援プログラム「ANGEL Dojo」を開催している。Amazon Web Services(AWS)を活用してモダンなアプリケーション開発を体験する試みで、3カ月間で企画から設計・開発までを行う。期間中、AWSジャパンと、同社から内製化支援推進パートナーの認定を受けたパートナー企業が伴走し、開発を支援する取り組みだ。参加は無料で、ユーザー企業の内製化のスタートを支援する。
6回目となる2025年は7月から10月にかけて開催し、ユーザー企業8社が参加。キックオフでは、AWSの開発の考え方である「Working Backwards」について参加者に講義した。開発に使うテクノロジーや社内の事情を起点にするのではなく、顧客が本当に求めている価値は何かを出発点とすることが重要であると説明。その実現のために(1)サービスがリリースされたと仮定して顧客向けに発表するプレスリリースを作成(2)顧客からの想定される問い合わせと回答をFAQとして事前に用意(3)開発の方向性を明確にするため顧客がサービスを使う具体的なシナリオや顧客体験を可視化(4)サービスの画面イメージや操作フローを作成―の四つの作業から企画立案をスタートした。キックオフで常務執行役員の巨勢泰宏・技術統括本部長は、参加企業に対し「誰のための何の体験を高めるためのアプリケーションなのかを考えて開発してほしい」と呼び掛けた。
AWSジャパンの巨勢泰宏・常務(右)と相澤恵奏・本部長
生成AIによる自動化で開発のハードル下がる
内製化を支援する背景について、巨勢常務は「当社は事業のことをよく知る人間が高速にアプリケーションをつくることで成功してきた。この体験を顧客にも広げていきたい」という考えがあるとする。日本では、システム開発はSIerなどに依頼するケースが多く、内製化したいと思ってもどこから始めたらいいか分からないという声が多かったため、AWSジャパン独自の取り組みとして、伴走型で開発を体験できるANGEL Dojoを19年から始めたという。
ユーザー企業が内製化を体験するプログラムの意義について、パートナー企業が開発に一緒に関わる点を挙げる。プログラムでは、パートナーのエンジニアらがチームに入り、技術的なアドバイスをしたりアイデアをかたちにする手助けをしたりする。
AWSジャパンから内製化支援推進パートナーの認定を受けている企業は42社。日本法人独自の認定制度で、内製化したいというユーザー企業からのニーズの高まりを受け、認定パートナーも増えている。技術統括本部パートナーセールスソリューション本部の相澤恵奏・本部長は、「お客様から当社に対し内製化を支援してほしいという要望があり、パートナーが伴走できる仕組みを日本独自につくった。パートナーと一緒になって、市場に対して内製化を推進するというメッセージを出している」と説明する。
巨勢常務は、日本でこれまで主流だった、プロジェクトをしっかり定義してからSIerに発注するというアプローチでは、グローバルの変革スピードに対応できないと指摘。「小さくてもクイックに価値を生み出すことをお客様にやっていただくことが重要だと考えている」としつつ、受託開発を手掛けてきたSIerにとっては、内製化支援はこれまでにないアプローチで、ビジネスになるのか模索中の段階だと話す。「パートナーとエンドユーザーが共同で開発をするアプローチは、パートナーにもその価値を体感してもらう意味で非常に適切だと考えている」と、内製化支援プログラムの意義を強調する。
内製化支援の需要が高まる背景にあるのが、生成AIだ。これまでエンジニアしかつくれなかったアプリケーションが、生成AIによって非エンジニアでもつくれるようになることで「アプリケーション開発のハードルがぐっと下がってくる」(巨勢常務)。さらにAIエージェントが自律的に業務の自動化や高度化を実現していくようになると、事業プロセスの高度化が求められ、AWSジャパンでは、事業を深く理解している人が開発に携わらないとテクノロジーを使いこなせない可能性が高くなるとみる。巨勢常務は「内製化というアプローチを必然的に取らざるを得なくなるし、そこにかじを切ることは日本の成長の一つのレバーになるのではないか」と展望する。
ANGEL Dojoでは、多様なAIツールに触れ、AIに関する知識をユーザー企業に学んでもらうことも目的の一つとしている。AWSジャパンやパートナーが蓄積したAIを使った開発のノウハウを共有し、AIドリブンな開発を促進していく考えだ。巨勢常務は「お客様が事業を推進するために最適なアプリケーションをつくれるようになり、それを当社の基盤が支える状況をつくっていきたい」とする。
富士ソフト
「BizDevOps」を推進 顧客と同じ目線で課題を解決
ANGEL Dojoに協力しているパートナー企業は、内製化支援にどう取り組んでいるのか。富士ソフトは、新たな成長領域として内製化支援に注力している。同社事業の基盤は受託開発だが、内製化支援を行う背景には、SIerとして顧客から言われたものをその通りにつくるだけでは、今後立ちゆかなくなるとの危機感がある。システムインテグレーション事業本部ビジネスソリューション事業部の大石淳・副事業部長は「顧客のKPIを理解し、必要なシステムを提案する『BizDevOps』の手法を使った営業を全社で推進している」と説明する。
富士ソフトの大石淳・副事業部長(左)と大槻剛・フェロー/主任
同社の考え方が、「バーチャル内製化」だ。顧客企業の社員と同じような目線で、課題解決のためのサービスを提案し、共に構築していくことを目指している。このため、「顧客の要求がKPIに合っていなければ、これよりこっちのほうがいいのではないかと正直に提案する」(大石副事業部長)。同社では、顧客企業がシステム開発を完全に内製化するのは、人的・技術的リソースの問題から難しいとみている。大石副事業部長は「当社のビジネス領域は確保しつつ、お客様のビジネスをきちんと理解して、成長につながる提案をしていく体制をつくっている」と説明する。
BizDevOpsを実践する中で、顧客のニーズに合う基盤がAWSだった。運用する上で必要なツールがそろっている柔軟性の高さに加え、富士ソフト社内にAWSの資格取得者が約1000人おり、社内で必要なエンジニアをアサインしやすい点もメリットになった。最新テクノロジーを活用した提案ができるのもAWSを活用している理由だという。
BizDevOpsは経営側の意向を直接システム開発に反映させる手法だが、その推進力になっているのが生成AIだ。同社は内製化においてDXにAIを掛け合わせた「AX」を取り入れている。同事業部の大槻剛・DevOpsフェロー/主任は「仕様書を日本語で書けばプログラムを書けたり、難しい業務フローを自然言語で埋め込めばプログラマーがコードを書かなくても改善できたりする。(生成AIの活用で)内製化する意義が大きくなる」と解説する。
内製化支援事業の引き合いは、前年比20%増と拡大傾向にある。同社における内製化支援のニーズは、製造業、物流・サービス業、小売業などで強い。製造や物流では、運用が属人化しているシステムを内製化して誰もが扱えるようにアップデートしたいとの要望が多いという。顧客からは、スピーディーな開発をしたいという意向が高まっており、大石副事業部長は「インハウス開発でサービスの質を上げていく領域で案件を取っていきたい」と展望する。
ベンジャミン
AI活用を技術面で支援 人材育成にもフォーカス
ベンジャミンは、AWSを基盤としたシステム開発を手掛けている。受託開発をメインに、インフラ構築、 AI開発など幅広い技術領域に対応。インフラからアプリケーションまで一気通貫で提案・開発できる点を強みとしている。
24年にAWSジャパンの内製化支援推進パートナーの認定を受け、ANGEL Dojoには2年間パートナーとして参加している。無償で協力している理由は、3カ月間の開発体験を通して接点があったユーザー企業に、その後内製化支援で伴走することでビジネスにつなげたいという営業的な観点からだ。AIを活用した開発力の高さなど技術面をアピールし、案件化を目指している。
ベンジャミン 桑原弘和 Group Leader
全体の売り上げにおける比率は、受託開発のほうが内製化支援より大きいが、内製化に対するニーズは徐々に高まっているという。顧客がシステム開発を内製化したいと考える最も大きな理由はAI活用だ。AWS Strategy Groupの桑原弘和・Group Leaderは、「AIを取り入れたいが、何から着手したらいいか分からないという顧客に伴走している」と現状を語る。同社では、「Amazon Q Developer」をはじめとしたAIツールを自社の開発で活用し、開発の高速化や品質向上を図っている。今後は蓄積したAI開発のナレッジを内製化支援サービスに反映していく方針だ。
同社は、「AWS内製化支援・トレーナーサービス」を提供している。AWSを用いたシステムを顧客が自社で開発・運用できるように支援しているが、特徴的なのが人材育成にもフォーカスしている点だ。内製化するためにはAWSに精通した人材が欠かせないが、適切なスキルをもった人材がいないケースもある。同社のサービスはAWSの技術サポートだけでなく、顧客企業が人材を採用する際に、応募者のスキルセットを判断するため面接にベンジャミンのメンバーが参加するなどして、企業が求める人材を確保できるよう支援している。
顧客が内製化支援サービスを利用する理由として、システム開発に参加することで知識を得たいというニーズもある。外部委託のみでシステムを構築していると、ベンダーから提案を受けても、価格や工数が適切なのか判断が付かないと感じている企業が多いという。桑原Group Leaderは「知識を得た上で最適な開発を当社と一緒にやっていきたいと思っていただけるように伴走していきたい」と話している。