電通グループの情報システム開発会社である電通国際情報サービス(ISID)のトップ、水野紘一社長は電通との連携をさらに強める方針を示す。情報システム子会社とはいえ、「親会社との戦略的な連携がこれまでほとんどなかった」現状を打破し、電通との共同提案で顧客開拓を図る体制づくりを進める。昨年6月、電通からISIDに移籍してトップに就任した水野社長の狙いは何か。
電通の営業精神を取り入れ、スキルアップを図っていく
──昨年6月に親会社の電通から移り、社長に就任しました。水野さんのこれまでのキャリアから考えれば異色ですね。
水野 電通国際情報サービス(ISID)は、電通と業態が全然違いますから、まずは製品・サービスの把握と理解、そして顧客回りにかなりの時間を費やしました。お客さんや社員と話しているなかで、いろいろなことを勉強させてもらった。やるべきことはみえていますよ。まずは営業力の強化、そして電通との連携をこれまで以上に強めます。
──就任直後から若手の営業担当者とのコミュニケーションを積極的に図っているようですね。ISIDのもっとも大きな課題は営業力にあると考えているからでしょうか。
水野 単体のISIDには、全社員の約2割にあたる200人程度が営業担当者で、よく頑張っています。ただ、電通と比べると弱い印象がある。電通は、顧客を自分の財産と捉え、「最高のサービスを提供しよう」という気概や執念が凄まじいんです。
ISIDがさらに成長するためには、電通の営業精神を取り入れるなどして、今以上に営業力を増強する必要がある。人員を増やすことはもちろん必要ですが、それ以上に各営業人員のスキルアップが重要になる。マネジメント側は、営業担当者が顧客への提案活動に専念できるようなサポート体制と、高いモチベーションを維持してもらうための仕組みを用意する必要がある。人員の増強、組織の整備、気力の向上施策が、今のISIDには必要です。
──電通との連携は。一般に情報システム子会社は、親会社の業種に強いケースが多い。しかし、電通グループのISIDは、サービス業よりも製造業や金融業に強い。その点からみて、連携が手薄な印象があります。
水野 確かに強固な連携体制が取れていたかと問われれば、残念ながらそうではなかった。
電通の情報システムの構築と運用を担う子会社として、電通にサービスを提供していますし、全売上高の約2割は電通からの仕事が占めています。電通の営業担当者が顧客から情報システム構築の要望を受ければ、電通経由で受注するケースもある。ただ、ある顧客に対して、戦略的に電通と組み、電通のITパートナーになって、共同提案することはこれまでほとんどなかった。だから、ここをもっと強化したい。
ISIDは、電通の情報システム部門を担う子会社であることは間違いないのですが、商社やメーカー、サービス業など他企業の一般的な情報システム子会社とは、企業の歴史が異なる部分があるんです。
一般的な情報システム子会社は設立当初、親会社からの仕事が100%を占め、その後は親会社以外から仕事を取り始めて徐々に比率が下がっていきますよね。ISIDはそれとは違って、元々は電通の新規事業会社として設立したんです。20%を占める今の売上高比率はむしろ上昇した数字。だから、金融や製造業に強かったり、電通との連携が弱かった部分があるのかもしれませんね。
世界広しといえども、メガアドバタイジングエージェンシーでISIDのようなIT企業を持っているエージェンシーを私は知りません。これは電通グループの大きな強みですから、連携強化は重要課題です。
消費財の特色に着目 プロマネに共同提案
──製造業と金融業に強いISIDが電通と組んでどんなマーケットを、どう開拓していこうと考えているのですか。
水野 一例として、化粧品や日用品、飲料や大衆薬などの一般消費財メーカー向けソリューションがあると思います。
ISIDは米UGSのソフトウェアを使って製造業向けPLM(プロダクト ライフサイクル マネジメント)ソリューションを提供しています。これを消費財メーカーにも横展開するんです。米UGSのソフトは、製品の企画から試作品開発、初回生産、セールスプロモーションまでの一連の業務をITでサポートする製品で、消費財メーカーに特化した製品もある。消費財メーカーの業務は、ISIDがこれまでターゲットとしていた製造業の業務プロセスと似ており、培った製造業向けソリューションのノウハウや経験も生きる。
ISIDが米UGS製ソフトを使って、製造管理などの上流工程のプロセスをお手伝いし、製造した商品のセールスプロモーションは電通がサポートするようなスキームが生まれる。
消費財メーカーをターゲットに置いたのはそれだけではありません。一般的に製品をつくる担当者は、工場など製造現場の人ですが、消費財メーカーは違います。「プロダクトマネジャー」と呼ばれる人が、商品開発から製造、マーケティング、販売まで一連の作業をすべて手がける点に特色があります。電通は、セールスプロモーションのサポートでプロマネにアプローチし、ISIDは上流工程の製造管理の部分でプロマネにアプローチできる。つまり、消費財メーカーでは、電通とISIDが提案する担当者が一緒なんです。
消費財メーカーはアプローチしやすい特色がありますし、ノウハウもプロダクトもある。電通との共同提案を行うターゲットとして格好の業種なんです。
──今のISIDの業績とビジネス環境についてはどう分析していますか。
水野 全連結売上高のうち約25%を占める金融業向け事業は好調で、今年も堅調に成長するとの感触を持っています。市場環境は良い。ただ、金融機関向けビジネスは、システム開発が中心で不採算化などのリスクもある。案件が多いからといって、やみくもに受注せずにISIDの強みが出せる身の丈にあった開発案件を選んで慎重に進めたいと思っています。
課題は製造業向け事業にあります。今販売に力を入れている三次元CAD/CAM/CAEシステムの「NX」の販売人員が極端に不足しています。導入に人員がとられ、販売に人が回せない状況で、これをいかに解消できるかが、差し迫った課題です。「NX」の需要はすでにみえており、提供できる体制が整えば売り上げは、おのずと高まると感じていますから、早急に販売人員を確保することがもっとも大切です。
──来年度(08年3月期)は、5か年の中期経営計画の最終年度を迎えます。計画策定時の目標である連結売上高850億円、営業利益58億円を昨年5月に下方修正。売上高800億円、営業利益53億円としました。達成に向けての感触はどうですか。
水野 下方修正の発表時点よりも環境は良く、売上高は800─850億円の間で推移すると思います。どこまで伸ばせるか、達成のカギはやはり「NX」の販売にかかっています。需要はみえているだけに、繰り返し述べたとおり、早急に販売体制を増強する必要があります。
My favorite模型飛行機のエンジン部品。昔は模型飛行機が好きで、よく製作していたため今でも大事に保管している。「引退したら、またいじり始めたい」そうだ
眼光紙背 ~取材を終えて~
営業力の強化と電通との連携以外に、実は水野社長があげたもうひとつの強化ポイントがある。それは「社員が生き生きと、ISIDでの人生を楽しめる環境をつくる」こと。
「残業や、仕事関係で酒を飲む時間も含めれば、人生の3分の2は会社での生活になる。社員が楽しく働けなければ会社の成長もないし、何より社員の幸せはない」
チームで仕事し、嬉しいことや楽しいことがあったらみんなで喜び合える環境が、現代の企業には欠けているとも。「ITの進化で人と人とのアナログなつながりが欠如している。IT産業界は、情報機器・サービスを商品にしているからか、どこかそれを良しとしている環境もある」
独特のアナログな考え方と電通の遺伝子を持った水野社長の就任で、ISIDが変わろうとしている。(鈎)
プロフィール
水野 紘一
(みずの こういち)1943年4月1日生まれ、東京都出身。65年3月、成蹊大学政治経済学部卒業。同年4月、電通入社。99年、コーポレート本部経理局長。00年、常務執行役員国際本部副本部長国際事業統括局長。01年、常務執行役員経営計画室長。02年、上席常務執行役員経営計画室長。03年、上席常務執行役員財経本部長。04年、上席常務執行役員グループ事業本部長。06年6月27日、電通国際情報サービス(ISID)に移り、代表取締役社長兼最高執行責任者に就任。
会社紹介
電通国際情報サービス(ISID)は、電通と米ゼネラルエレクトリックカンパニー(GE)との共同出資で1975年に設立された。情報システムの企画・設計から構築・運用まで手がける電通グループの情報システム開発会社。
全連結売上高の約40%を製造業向け事業が占める。とくにCADやCAM、CAEシステムの販売に強い。このほか、金融業とサービス業向けビジネスも得意で、製造、金融、サービス業の3業種向け事業で全売上高の9割程を占める。親会社である電通の情報システム構築・運用も担い、全売上高の約20%を電通から受注する。
今年度(07年3月期)の連結中間業績は、売上高が前年同期比6.2%増の342億900万円、営業損益が2億300万円の赤字(前年同期は4600万円の赤字)、経常損益が1400万円の赤字(同1億3900万円の黒字)、当期純損益が2億2100万円の赤字(同2000万円の赤字)。通期では、売上高が前年度比12.3%増の771億5400万円、当期純利益が同55.0%増の19億7500万円を見込む。
連結従業員数は約1900人。子会社はシステム開発のブレイニーワークスなど14社で、そのうち7社は海外子会社。00年11月に東京証券取引所第一部に株式を上場した。