昨年秋、誰も予想しなかった事態が大興電子通信を襲った。強力なリーダーシップで経営の立て直しを進めていた先代社長が急逝したのだ。混乱のなか「遺志を継ぐ」と立ち上がったのが現社長の高橋正道氏である。顧客主義を貫く大興の伝統を重んじ、「すべての答えは現場にある」と説く。全社員と一体になって改革を推し進める。
経営のパートナーになるビジネスの効率化が課題
──突然の社長就任から半年余り。戸惑いや混乱もあったかと思いますが。
高橋 前社長の山本(泰久)さんはプロパー社長で、三十数年のキャリアをもっていました。このギャップはそう簡単には埋まりません。ただ、どこかで区切りをつけなければならない。
新しい経営体制で再出発するという意味も込めて、今年度(2008年3月期)から3か年中期経営計画をスタートさせました。09年度に営業利益率を2%まで高める目標を掲げて、あらゆる施策を打っていきます。
私は富士通からきて、社歴も浅い。しかし“顧客の経営パートナーになる”という顧客本位の経営方針については、山本さんとの違いは微塵もありません。
経営に関するすべての答えは顧客、つまり現場にある。顧客主義という点では社長も社員も共通の価値観、目標をもって前へ進んでいるという手応えを感じています。
──ここ数年で2回の大きなリストラを実施していますが、なかなか利益率が高まりません。もっと大胆な改革が求められているのでは。今回の経営計画で掲げる2%も低すぎるように思います。
高橋 熟慮の結果、今、ばっさりとナタを振るうのは現実的でない。過去54年間の大興電子通信が培ってきた実績、経験を最大限尊重しながら、いい方向にいくのであれば変えていく。筋が通った改革であれば、現場の社員はついてきてくれる。
利益が十分に出ていない現実はあります。ただ昨年度は増収増益を達成していますし、収益構造も着実に強くなっています。
ハードウェア販売事業とソフト・サービス事業の売上高構成比は約4対6で、ソフト・サービスの比率が6割まで向上した。ハードウェアは依然として単価下落が続き、昨年度の同事業の売上高は前年度比5%減少しましたが、逆にソフト・サービスは同7%増と大きく成長しているのです。
──では、何が収益の足を引っ張っているのですか。
高橋 ひとつは効率の悪さです。ハード販売にしても、ソフト販売にしても、もっと効率を高めなければならない。当社は年商30─300億円の中堅企業をメインターゲットにしており、この層は全国に約4万社あります。限られた社内リソースのなかで、いかに効率よく製品やサービスを提供していくかが大きな課題です。
たとえば業種アプリケーションのパッケージ化を進め、もっと細かい業種に標準で対応できるようにテンプレートの拡充を進めています。「おたくの業務を当社のパッケージに合わせてください」では通用しませんし、そういう押しつけ型の商売は大興のスタイルではない。
製造業、流通業と大きなくくりでの業種対応はあたりまえで、その先のさらに細かい“細業種”への対応を急ピッチで進めます。 同時に営業やSI、保守サービスの各プロセスの効率化も徹底する。顧客満足度の高さで比べれば、当社は競合SIerよりも高い評価をいただいています。この評価をさらに高めるためにもプロセスの効率化は必須です。
顧客企業は、きびきびと動き、ちゃんと利益を出しているSIerと安心して取引したいはずです。こうした効率化は顧客満足度の向上につながると考えています。
アウトソーシング強化へ 現場の社員と目標を共有
──収益性を高めるのに欠かせない要素、つまりアウトソーシングなどストックビジネスで出遅れている印象を受けます。
高橋 当社の強みとするストックビジネスであるEDI(電子データ交換)サービスのメニュー強化などは継続的にやっている。ただ、ストックビジネス全体の規模がまだ十分でないのも事実です。
運用サービスのメニュー拡大に向けて、まずは今年4月にアウトソーシングの専任部門を新設しました。データセンターも従来のものとほぼ同じ規模のスペースを新たに確保したことで、実質的に規模を倍増させています。今年度を“アウトソーシングビジネス元年”と位置づけ、本格的な取り組みを始めている段階です。
──これまではアウトソーシングの依頼がきたときにどう対応していたのですか。
高橋 もともとあったデータセンターが手狭になっていたということもあり、受けきれなかった案件はビジネスパートナーの富士通に委託するケースもありました。利益の源泉を他社に譲っていたといわれても仕方ありません。
顧客との信頼関係を強めていくという側面からみても、自らつくったシステムを自らの責任で運用することは大切なことです。汗を流して運用してこそ顧客との結びつきがより強まる。
──先の細業種対応のパッケージやテンプレートによるフロービジネスの強化、そしてストックビジネスのアウトソーシングの立ち上げ。この二本柱でビジネスの効率化、収益力の強化を目指すわけですね。
高橋 はい。このための人材育成や製品・サービス開発への投資、組織の強化を集中的に行います。パッケージ方式による商品づくりを得意とするメンバーはいましたが、今年度からは専任部門に昇格したうえで人員を大幅に増強。運用についても基本的には24時間休まずサポートすることが求められますし、運用に関する専門知識をもった人材の育成にも今後さらに力を入れます。
これまで新しい商品やサービスをつくりだす人材はいたものの、組織立った動きが十分にできていなかった。これは反省すべきです。今年度からは製造や流通、アウトソーシングなどの専任チームを組織し、フローとストックの両方で、ビジネス拡充のスピードアップを図る考えです。
──今年で54年目になる老舗SIerなのですが、労使間での調整の難しさなどしがらみも多いと聞きます。
高橋 企業を突き詰めていくと、人と人との関係に帰結します。私も長い間サラリーマン生活をしているので、組織を運営していくうえでコミュニケーションがいかに大切かよく理解しているつもりです。社内の信頼関係、顧客との信頼関係といった人と人との関係が企業活動を支えているのです。
顧客と日々接している営業、SE、施工担当のエンジニアは常に現場にいるわけで、顧客がどう思っているのか、何を求めているのかを、こうした現場の社員とのコミュニケーションを通じて目標を共有化することが社長である私の仕事です。
労使協議にしても…、いや労使協議という言い方はしっくりこない。みんな同じ釜のメシを食っているわけで、その点では社員も役員も同じ。労使の話し合いは、あくまでもコミュニケーションの場であり、その場を大切にしながら互いの信頼関係をより太くすることが業績回復につながると信じています。
──最後に経営計画で掲げた営業利益率2%ですが、やはり低すぎる印象をぬぐえません。その先にある目標は。
高橋 実力の範囲で着実に伸ばすということです。まずは2%を着実に成し遂げる。これを突破できれば将来的に4%、5%と高めていく道筋は自ずと見えてきます。
My favorite モンブランのシャープペンシル。大興電子通信に入社するとき、気持ちを新たにする思いで買った。もともと客先でよくメモをとる習慣があったが、これからもこのペンシルで顧客の言葉をしっかり書き留めていくそうだ
眼光紙背 ~取材を終えて~
上期が終わったとき、山本泰久前社長と夕食をともにした。「下期をどうしようか」といった流れのなかで、「顧客本位を貫くのが大興らしさ」という話に及んだ。そして、ふと、「なぁ、高橋、おまえとはずっと昔からいっしょに仕事をしていたようだな」と言われた。「顧客主義の経営は私の目指すところでもあり、この点で互いの価値観は全く同じだった」と、高橋社長は昨年の出来事を思い出しながら語った。
しかし、これが「山本さんとの最後の会話」になる。脳内出血で倒れ、そのまま帰らぬ人に。「とにかく顧客思いの社長だった」と振り返る。
業界屈指の老舗SIerで、6000社を超える顧客と取引がある。諸先輩が積み上げてきた有形無形の資産をこれからどう生かすのか。
その答えは「顧客のところにこそある」。顧客本位の大興の伝統を引き継いでいくことが「山本さんとの約束だ」と、自身に言い聞かせる。(寶)
プロフィール
高橋 正道
(たかはし まさみち)1950年、東京都生まれ。72年、日本大学理工学部卒業。同年、富士通入社。92年、営業推進本部通信販売推進統括部企業ネットワーク販売推進部長。99年、マーケティング本部ネットワーク販売推進統括部長。03年、プラットフォームビジネスセンター長。04年、プラットフォームビジネス本部副本部長。05年、大興電子通信に移り上席執行役員ネットワーク営業本部長。06年6月、取締役常務執行役員兼営業統括本部長。同年10月、代表取締役社長COO兼営業統括本部長。07年4月、代表取締役社長COO兼CEO。
会社紹介
富士通系のSIer。主要株主は大和証券グループ本社、富士通、オービックなど。グループの社員数は約1000人。昨年度(07年3月期)の連結売上高は前年度比2.2%増の423億円、営業利益は同38.1%増の2億9400万円と増収増益だった。しかし、営業利益率でみると0.69%で業界の水準を大きく下回る。今年度からの3か年中期経営計画では利益率を2%に高めることを目指す。