国内ストレージ市場でなかなかシェアを拡大できないEMCジャパンに救世主があらわれた。その人物は、大手メーカーの富士通で国内や海外で重要なポストを歴任した諸星俊男氏。今年7月1日付で社長に就任した。前社長のナイハイゼル・エドワード氏が日本法人の基盤固めが米本社から与えられた命題だったのに対し、諸星氏は国内ベンダーとのパイプを太くすること。富士通出身という経歴を生かし、「販売代理店とパートナーシップをさらに深めていく」。直販比率の高い同社が、社内組織の再編を含めた抜本的なチャネル強化策も実施する。果たしてトップになれるのか。今後の方向性を聞いた。
ハードベンダーから脱却 組織再編もためらわない
──諸星社長が描くEMCジャパンの方向性は固まりましたか。
諸星 ほぼ固まっています。米国と同様、“情報インフラストラクチャのリーディングベンダー”として、日本でも多くのビジネスを手がけていきます。
というのも、これまで日本ではあまりにもおとなし過ぎた。米国では多くの製品を市場投入しているほか、さまざまなサービスを提供しています。しかし、日本では提供しているケースが少ない。まだまだ“ストレージ専業ベンダー”の色が強い。ですので、基本的にはハードウェアに固執したベンダーと思われがちですが、本当はミドルウェアなどソフトウェアを多く持っている。こうしたベンダーであることを日本で訴えていかなければならない。
──提供製品が少なかったことから販売に少なからず影響が出ていたと。
諸星 その通りです。ただ、販売面に関しては当社の組織体制にも問題がありました。直販に特化しすぎたという問題が。昨年から販売代理店を通じた間接販売の強化を打ち出していましたが、もともと直販のカルチャーが強い会社です。販売代理店とのパートナーシップを深められなかったのではないかとみています。メーカーと販売代理店の関係であっても若干の競合は仕方がないことだと考えていますが、社内の調整が取れていなかったために案件ベースでバッティングするケースが非常に多かった。案件を獲得することもあったということですので、「当社にも優秀なスタッフが多いんだな」と、一面では感心してもいるんですが(笑)、当社の営業担当者は130人程度ですので、マーケット開拓といってもマンパワーとしてはたかが知れています。しかも、独立系のSIerさんは顧客ニーズに適したソリューションを提供するなど営業の仕方が非常にうまい。顧客を知っていることから高いポジションにいるといえます。そんなことからも、もっと多くのSIerさんとパートナーシップを組んでいきたい。
──具体的には、どのくらいの販売代理店数を目標にしているのですか。
諸星 現時点で15社ですが、これを1年間で2倍に増やすことが目標です。そのためにも、販売代理店をバックアップするための支援やサポートを拡充する。上流工程から提案する、販売代理店のビジネスにつなげるためのコンサルティング人員を1.5倍に増やすことも計画しています。
──組織再編もあり得るのですか。
諸星 考えています。実は、直販部門がやりたくない案件を販売代理店に投げることもありました。現状の体制では、販売代理店経由でのビジネスを急激に拡大することは難しい。改善策を打ち出すことが急務です。販売代理店と一緒にビジネスを行っていく体制を敷く。そのためには、抜本的な再編を行わなければならない。
そこで、直販と間接販売の組織を融合させます。営業担当者は必ず販売代理店を視野に入れたビジネスを手がけるようにする。営業部門をどのような体制に整備するかは現段階では確定していませんが、マーケットを幅広く網羅するため、業種やソリューションでチームを編成するなど、部門の細分化も検討していきます。
──リスクはありませんか。
諸星 リスクよりも、むしろメリットのほうが大きい。現状の組織体制は直販部門と間接販売部門に分かれているため、社員はそれぞれに応じた営業を行っている。それは当然ですよね。しかし、なかには直販の営業担当者がユーザー企業からシステム導入を求められる場合もある。そのニーズに対応するには、販売代理店の製品やサービスを組み合わせるのが最適だった場合、案件に結びつかないケースもでてきます。直販部門の営業担当者である関係上、営業成績などの点から販売代理店経由での販売を重視しないことになりかねないからです。これでは、みすみす販売機会を失うことになる。
販売機会のロスはほかにもあります。当社では、ユーザー企業のトップなどに直接交渉する“ハイタッチ営業”でマーケットを開拓し、新規顧客の獲得にも力を入れています。しかし、間接販売のスタッフが少ないために、潜在需要があるにもかかわらず掘り起こせないというジレンマが生じています。ハイタッチ営業の人員を増やすためにも一本化が必要ということです。
──再編を実施する時期は。
諸星 目標を掲げるのは簡単ですが、予期せぬ問題が発生する可能性もありますので、実行には少し時間がかかるかもしれません。だけど、来年1月には新組織で始動したい。当社と組めばビジネスチャンスが増えるという意識を販売代理店に持ってもらいたいと痛感しているからです。
──「痛感している」というのは。
諸星 実は、社長に就任してから、既存のの販売代理店をすべて回ったのですが、「おたく(EMCジャパン)とはつき合いづらいんだよね」という声が多かったんです。私にとっては耳が痛いことばかりでした(苦笑)。しかし、逆に確かな情報が得られたと実感しています。組織再編後は、販売代理店と一緒にビジネスを拡大できると確信しています。
──直販と間接販売の売上比率は、どのように変化させていきますか。
諸星 現在は直販が7割、間接販売が3割という構成です。これを近い将来には逆転させます。
ユーザーのすそ野を広げ、SMB市場で主導権握る
──販売代理店への支援強化によって新規顧客を開拓するのは、SMB(中堅・中小企業)市場でということですか。
諸星 国内ストレージ市場は年率6─7%増で推移しているため、確実に伸びています。なかでも、SMBによるストレージ関連のニーズは急激な勢いで高まっている。一方、メーカーの動きといえば、当社も含めてSMB市場で強者が存在していない状況です。そこで、何としてでもSMB市場で主導権を握りたい。そのためにも、ストレージ機器だけではない“情報インフラストラクチャ”を網羅するソリューションが必須になってくるのです。
当社では、ワールドワイドで進めているM&A(企業の合併・買収)で多くのソフトウェアメーカーを傘下に収めています。当社の製品群を国内市場で浸透させるには、大企業だけでなくSMBでも導入してもらわなければならない。SMBがユーザー対象の販売代理店に多く売ってもらうには、当社の営業担当者のバックアップが必要というわけです。
──国内市場では、欧米と比べ参入企業が多く、国産メーカーが強いという実情があります。EMC製ストレージ機器は、ワールドワイドでは上位シェアなのに、国内ではそうではない。
諸星 もちろん、シェアを上げていきますよ。現在は、1ケタ台ですので、低いと認めざるを得ない。必ずトップを獲得します。でるだけ早い段階で実現したいですね。
──ストレージ仮想化ニーズについては、どのようにみていますか。
諸星 ニーズは出てくるとみています。国内では、現時点でサーバーに関する統合や仮想化が主流になりつつありますので、確実にストレージでも統合が進み、仮想化という流れになってきます。製品面では、仮想化を視野に入れた開発が進んでいます。グループ企業のなかに仮想化OSメーカーのVMwareがいますので、仮想化技術との連携をいち早く取り入れていくつもりです。
My favorite 米国のゴルフカントリークラブ「ペブルビーチ」の絵。難しいことで有名な7番ホールが描かれている。この難関でホール・イン・ワンの奇跡を演じた記念に、大切にしているのだそうだ。キャディにサンドウェッジで打つようにアドバイスも受けたという。「人生で初めて」だっただけに、満面に笑みを浮べる
眼光紙背 ~取材を終えて~
社長に就任していちばん懸念したのは、人事や給与、福利厚生という。例えば、「企業年金制度がない」こと。「社員が働きやすいとはいえない」とこぼす。
「外資系で働く社員は『給料が高いこと』が動機づけのひとつになっている。しかし、こういった意識が強い社員が多数を占め、会社もそのような環境をつくりだすと優秀な人材が育たない危険性もある」。多くの会社を渡り歩くのは、“ゼネラリスト”を目指す意味で有効かもしれないが、「長く在職すれば多くのノウハウを吸収してステップアップできる環境も重要なのではないか」と諸星社長はみている。
一方、「留学など海外経験を持つ新卒を採用していきたい」とも。大きな視野で業務に携わる人材を確保したいからだ。
こうした考えは、多彩な職歴からだろう。社員は、「海外と国内の良い部分を取り入れてくれる」と評価する。(郁)
プロフィール
諸星 俊男
(もろほし としお)1953年8月24日生まれ。76年3月、東京大学工学部物理工学科卒業。同年4月、富士通入社。91年6月、ペンシルバニア大学ウォートンビジネススクールAMP修了。92年12月、韓国富士通取締役企画本部長に就任。94年12月、富士通のパーソナルビジネス本部パーソナルシステム事業部開発推進部担当部長。Fujitsu Personal Systems(Fujitsu PC)で取締役社長(兼)CEOに就き、Fujitsu Computer Systemsの取締役社長(兼)CEOを経て、05年10月、富士通の経営執行役(兼)北米副総支配人に就任。富士通で、経営執行役(兼)マーケティング本部副本部長や、経営執行役(兼)プロダクトマーケティング本部長、経営執行役(兼)グローバル戦略本部担当などを経て、07年7月、EMCジャパンの代表取締役社長に就任。米EMCの副社長も兼務する。
会社紹介
EMCジャパンでは、ストレージ機器による「保存」を中心に、セキュリティ関連で「保護」、仮想化による「最適化」、コンテンツ管理の「活用」といった4分野にフォーカスし、「情報インフラストラクチャ」に最適な製品を揃えることで事業拡大を図ろうとしている。
米国と同様にすべての製品を国内市場で拡販することに力を注ぐ一方、ユーザーのすそ野を広げるために販路を拡大。販売代理店経由のビジネスの強化を図っている。支援プログラムとして、製品・サービス単位でのインセンティブをはじめ、技術や販売のトレーニングを強化することに加え、製品のロードマップを最低10年間は情報提供することも行っていく。また、国内メーカーとのアライアンス強化も進めている。