Linux最大手のレッドハット。国内Linux市場で圧倒的なシェアは誇るものの、今年2月にトップに就いた廣川裕司社長は満足していない。Linux市場のさらなる拡大、そして成長の余地が大きいミドルウェア事業の伸長に向けて虎視眈々と策を練る。「レッドハットがもつ革新性でユーザー企業のITを変える」と自信に満ちた表情で言い放つ。
中小ベンダーを積極支援 Linuxの魅力伝えたい
──日立製作所やサン・マイクロシステムズなど大手でキャリアを積み、新天地としてレッドハットを選びました。そもそも何に魅力を感じての移籍だったのですか。
廣川 格好良い会社人生を歩めるかな、と(笑)。似合うかどうかは別として、レッドハットのシンボルである赤い帽子は格好良いし、ロゴマークもすごくいい。私にとってレッドハットは“Cool”な印象で、ここなら格好良く生きられるかなって。まぁ、それは冗談として革新的な仕事ができると思ったんです。
これまでの自分のキャリアを振り返ると、それなりに刺激的なビジネスを手がけてきたと思っています。伝統的な日本企業の日立に、異端児のスコット(マクニーリ氏)が率いたサン、そしてサンのスピンアウト組が設立した日本BEAシステムズでの仕事は、それぞれ革新性があって楽しかった。でも、籍を置いている間に、大企業病にかかってしまったり、コンサバティブになってしまったり……。どこかモノ足りなさを感じていました。
──レッドハットには、これまで経験したことがない革新性がある、と。
廣川 オープンソースソフトウェア(OSS)自体が革新です。OSSの仕組みは、簡単に言えば英知を集結させるということ。「どんな天才であっても、たくさんの英知が集まったものには勝てない」と私は思っていて、その考えを具現化したのがOSSだと思います。
レッドハットはそのOSSをライセンス料を取らないサブスクリプションモデルという発想でビジネスと結び付けた。これはまさに革新と言っていい。圧倒的なブランド力と実績もある。私は、ユーザー企業がITの刷新や増強を検討した時、まず最初に頭に思い浮かぶ会社としてレッドハットをイメージしてもらいたいんです。レッドハットの企業規模は決して大きくありませんが、それは関係ない。企業規模の大小ではなく、小さくても最も影響力がある企業になりたい。
──レッドハットは主軸商品のLinuxで75%程度のシェアを握る最大手。ユーザー企業がLinuxを使いたいと思った場合、放っておいてもレッドハットを選ぶ環境が出来上がっているように見受けられます。ビジネスの面白みは薄いのではないですか。
廣川 そんなことはありません。確かにLinux市場でのシェアは高い。しかし、母数が小さすぎるんです。限られたごく一部の人たちに、他のLinuxディストリビュータに比べてレッドハットが支持されているだけの話です。OSSもLinuxも、レッドハットもまだまだ認知度が低いのです。ユーザー企業やITベンダーのなかには、レッドハットを「イエローハット」と間違えて車の用品店だと思う人がいるし、「ピザハット」と勘違いしてピザ屋だと思う人すらいるんです(笑)。
──いかにも中小のITベンダーが口にしそうな話ですね。
廣川 そうかもしれませんね。IHVへのOEM提供や商品を卸す有力ディストリビュータとの協業体制はかなり強固ですが、中小や地方のSIer、ソフト開発企業への浸透は確かに課題となっています。これは重要な強化ポイントですね。ただ、これにはすでに手を打っています。レッドハットが推進するパートナー制度のなかで、「レディ・ビジネス・パートナー」というプログラムがあります。「レッドハットと密につき合うつもりはないけれど、Linuxの動きは知っておきたい。案件ベースで協業したい」と考えているSIerやソフトハウスが対象です。彼らに対して営業から技術、教育までサポートする内容を盛り込んだプログラムとなっています。参加するための敷居をかなり低く設定しており、この制度で活性化を図りたい。昨年から開始した施策なので、まだまだ発展途上ですが、もっと広げていきます。
──Linux市場自体の拡大が自身のミッションでありチャレンジになる、と。
廣川 Linuxの良さをもっと広く正確に伝えることができれば、市場を拡大させることができ、自ずとレッドハットも成長できるはずです。
しかし、それだけではない。レッドハットは単なるLinuxディストリビュータではないのです。ミドルウェアを持っています。2006年に買収して商品に加えたOSSのミドルウェア「JBoss」がそれです。この分野は非常に成長の余地が大きいけれど、残念ながら知名度が低い。レッドハットのミドルウェアを、もっとユーザー企業とITベンダーに知ってもらわなければなりません。
ミドルウェアでも革新狙う 低価格戦略で市場に風穴を
──「JBoss」では、今年2月下旬にSOA(サービス指向アーキテクチャ)によるシステム構築基盤ソフトを発表しました。ミドルウェアビジネスを活性化させるための目玉商品になりますか。
廣川 ご指摘の統合製品「JBoss Enterprise SOA Platform」は、SOA基盤構築に必要な3つの主要コンポーネントをセットにし、年間利用料金は210万6000円からとしました。まさに革新的な価格設定で、競合製品に比べて約10分の1となっています。この値付けは私が社長になる前に決まっていて、私も「こんなに安くしていいの?」とびっくりしたほどです。
SOAはユーザー企業からのニーズは強いものの、価格の高さがネックになっていました。SOA導入は部門レベルで決定できず、役員決裁が必要な価格だった。この状況を新製品・新価格で変え、ユーザー企業の情報システムに革新を起こすつもりです。ITベンダーにとっても、SOAの概念を用いたシステム提案がもっと容易になるはずです。
──コスト面での導入障壁は下がります。しかし、OSのように単にサーバーに組み込んでセット化したり、ディストリビュータを通じて流すといった、従来の販売手法とは違ったアプローチが必要になりますね。
廣川 確かに、OSとミドルウェアの販売方法は異なります。だからこそ、私の直轄組織である「JBoss事業推進本部」を設けたんです。この部署では、「JBoss」を使ったシステムをレッドハットの社員が自らユーザー企業に提案します。
──レッドハットが直販する? そうなると、パートナーとの関係はどうなりますか。
廣川 直販とは違います。レッドハットが直接ユーザー企業に提案しますが、プロジェクトがスタートした時点でパートナーに参加してもらう仕組みにします。最初のアプローチはレッドハットがやりますが、その後はパートナーと一緒にやるんです。
パートナーには、実際の開発案件のなかで、構築・運用手法を学んでもらい、成功体験も味わってもらう。そうすることで、次にパートナーのミドルウェアビジネスが発生した時、その成功体験をもとにパートナー独自のプロジェクトを動かせるようになるはずです。今、レッドハットでは大手のユーザー企業約100社に対し提案アプローチを開始しており、一緒にビジネス展開する「JBossパートナー」は6社です。このパートナーを20社まで増やし、「JBoss」の顧客数を現在の約10倍、500社に拡大させます。
──自信はありますか。
廣川 Linuxは高額なUNIX市場に風穴を空け、今では圧倒的な存在感を示しています。OSの分野で革新を遂げたと言えるでしょう。この動きをミドルウェアの分野でも起こすつもりです。高額なミドルウェア市場にレッドハットがOSS製品によって一石を投じるのです。
すでに米国のユーザー企業では、ビジネス環境の不透明感からか、昨年頃からITのTCO(総保有コスト)削減をさらに意識し、OSSの活用を加速させています。今年、日本でも同じことが起きるはず。一番お金がかかるミドルウェアのテコ入れにユーザー企業はきっと動きます。
My favorite デュッセルドルフで購入し、20年以上愛用するパスポートケース。海外市場向け事業を経験し、外資系企業にも籍を置いていただけに飛行機での移動は日常茶飯だったようで、このケースは必需品とか。50か国以上お供を務めている
眼光紙背 ~取材を終えて~
就任直後、レッドハット社内の雰囲気や文化に触れて、期待とともに戸惑いを感じたという。その理由は「社風があまりにもフリーダム(自由)すぎること」と廣川社長は冗談交じりに話す。
「社員はみんなオープンで、自分の考えを遠慮なく主張する。秩序や形式にはまらないスタイルには良くも悪くもびっくりした。こんな環境だからこそ革新が生まれるんだなとも感じたけれど」
廣川社長は、このレッドハットがもつ独特のオープンさを大切にしている。就任してすぐ全社員とマン・ツー・マンで面談し、その声をもとに戦略とビジョンを描いた。具体的な計画も1人で考えず、社員からアイデアを収集し反映させる。「全員で考えたほうがよいプランが出来上がるから」。
OSSを「英知を集結させる仕組み」と表現した廣川社長。その仕組みの有効性を認識し、経営にも役立てている。(鈎)
プロフィール
廣川 裕司
(ひろかわ ゆうじ)1959年1月19日、神奈川県横須賀市生まれ。81年、慶応義塾大学工学部卒業。同年、日立製作所に入社。国際事業本部コンピュータ部で、米ナショナルアドバンスドシステムズ(NAS)経由による日立製メインフレームストレージのOEM拡販に携わる。85年、日立ヨーロッパGmBH(デュッセルドルフ)に出向。89年、NASを買収後に設立された日立データシステムズコーポレーション(HDS)の設立に携わり、98年までHDSへ出向。企画部門役員や営業副社長を歴任。98年から03年までは、日立製作所に戻り情報営業本部でグローバルストレージ営業業務などに従事した。03年7月、サン・マイクロシステムズに移籍。執行役員としてデータセンタソリューション本部長やパートナー戦略本部長、テクノロジーパートナー営業本部長、インダストリ営業本部長などを務めた。06年8月、日本BEAシステムズ専務執行役・営業部門統括本部長に就任。同年11月、代表取締役。08年2月1日、レッドハット代表取締役社長に就任。
会社紹介
レッドハットは、Linuxディストリビュータ最大手である米レッドハットの日本法人。1999年9月に設立された。Linux「Red Hat Enterprise Linux」の販売事業が中心だが、米本社は06年6月にアプリケーションサーバー「JBoss」を提供するJBoss.Incを買収したことに伴い、日本法人もミドルウェア分野に進出している。
「JBoss」事業では、今年2月下旬にSOA基盤構築支援ソフト「JBoss Enterprise SOA Platform」を発表。SOA関連ミドルウェアとしては破格の210万6000円からというサブスクリプション価格でリリースした。