NTTがNGN(次世代ネットワーク網)を構築するなど、国内の通信事業者はネットワークインフラの増強による新しいサービスを模索している。そんななか、英国に本社を置くBTジャパンもまた、ビジネスモデルの変革を成し遂げようとしている。だが、国内通信事業者と全く異なっているのは、業務アプリケーションを組み合わせたサービスの提供を、すでに確立している点だ。「グローバルのビジネスオペレータになる」と、言い切るのは長谷川恵社長。同社の現状と今後の方向性を聞いた。
新戦略のテーマは“変革”に ニーズ対応でISVと連携
──昨年11月の社長就任以来、BTジャパンの進むべき方向性を定めるために、どのような手を打ってこられましたか。
長谷川 私が社長に就任した頃は、当社が“リフォーミング”の真っ最中。まずは、そのプロジェクトリーダーを務めました。具体的には、(KDDIとのジョイントベンチャーである)KBGS(KDDI & BTグローバルソリューションズ)の組織改革ですね。と同時に、4月1日から実施するビジネスモデル策定に取り組み、「ファイブ・イヤーズ・プラン」と呼ぶ5か年計画を立てました。
3月31日までは、この2つに集中。そのようなわけで、就任当初から新しいフェーズに入るためのミッションを果たしたわけです。3─4か月は非常に多忙。そういった意味では、個人的には一段落しましたが、当社にとってはこれからです。まさに今年が変貌するための重要な1年だと考えています。
──具体的には何が変わったのですか。
長谷川 さまざまな意味で、トランスフォーメーション(変革)を遂げなければならないということで、これまでのビジネスに新しいモデルを付加することに力を注いでいます。
社内組織については、営業に全面依存していた体制を変え、営業支援であるプリセールスの強化を図っています。業種別や専門学習資料などでスペシャリストに育てあげることにも取り組んでいます。これらは(本社の)英BTですでに実施していることで、日本法人でも追求していきます。また、アカウントマネージャーの育成に力を入れており、コンサルティングを含めたソリューションを増やしていきます。
──基盤を固めるための策は。
長谷川 各社員のスキルアップについていえば、4─5月に集中的なトレーニングを実施しました。営業面では、サービスの枠組を洗い出して業種別に体系化することも行っています。
──体制基盤の強化による効果は。
長谷川 BTグループで掲げるグローバルサービスを日本でも積極的に拡大させることにつながります。日本に本社を置きながらグローバル化を図るユーザー企業に対して、アプリケーションを含めたサービス提供に力を注いでいきたい。
というのも、通信キャリアのビジネスモデルを変革することが求められているからなんです。単なる回線の提供だけでなく、アプリケーションを含めたサービスを提供していかなければならない。しかも、グローバルを視野に入れたサービスが必要です。これは、BTグループがワールドワイドで考えていることで、もちろん(日本法人の)当社も変わなければならない。ビジネスモデルを改革したからといって、今日明日の短期間に解決できるというものではない。例えばアウトソーシングの場合、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)という概念が世に出てしばらく経過してから普及し、現在では「ノンコアだけどミッションクリティカル」な業務アウトソーシングが当たり前になりつつあります。
ただ、こうした事象は、これまで欧米を中心に現れていたことです。日本に関しては、まだこれから。ですので、お客さんに対して当社のサービスで得られる効果を、しっかりと訴えていかなければなりません。そのためには、まず各社員の意識改革を含めて当社側が変わらなければならないと認識しています。
──回線だけではないグローバルサービスの提供に向けてアプリケーションの拡充も必要ですね。ISVなどとのアライアンスで考えていることはありますか。
長谷川 グローバルでは、オラクルやグーグル、SAPなどと組んでおり、当社のネットワークプラットフォームと互換性を高めるためにAPI(アプリケーション・プログラム・インタフェース)を公開しています。日本では、業界に特化したSIerとアライアンスを組んでいきたい。実際、話を進めている案件がすでに3─4件あります。金融や製薬などの業界で話が決まりそうです。今年中には具体化させます。
ITの良い部分を取り入れ 長いビジネススパンを払拭
──これまでのお話を伺うと、良い意味で通信業界の思考法ではない気がします。長谷川社長の前職がIT業界だったということが関係しているのですか。
長谷川 実はそうなんです。IT業界と通信業界の異なる点は時間軸。とくに、日本の通信キャリアは“長い”といわれています。しかも、キャリアが描くビジネスは一般的にネットワークの範囲から抜け出ず、ビジネス領域が非常に狭い。今は「クラウド・コンピューティング」に代表されるように、アプリケーションやアウトソーシングなどを含めたトータルなサービスを提供しなければならない。そういった点では、早急にトランスフォーメーションを果たすことが重要と考えたのです。
一方、IT業界は非常に早い。それが最良かどうかは断言しかねますが、遅すぎるスパンという通信の悪い部分を排除することは良いことだと確信しています。ここにきて、「ノンコアだけどミッションクリティカル」「クラウド・コンピューティング」などが再認識されているのは、ITと通信の世界は境界がなくなりつつあるということです。上流側であるITと、下流のネットワークが融合しつつあるのであれば、IT業界の良い慣習を取り入れるべきだと判断しています。
──となると、どのくらいのスパンでトランスフォーメーションを実現しようとしているのですか。
長谷川 遅くても1年の間に実現させることを目指します。
──しかし、日本の通信業界が特異な環境にある以上、BTジャパンの考えを根づかせるのは難しいのではないですか。つまり、差別化にはつながらない可能性があるのでは。
長谷川 日本の通信事業者とは競合しないとみています。当社と他事業者の慣習や事業領域が異なっているということは、逆にいえば補完し合えるということです。むしろ、協業できる可能性が高い。
──ということは、KDDIとの間でジョイントベンチャーを設立したように、今後は日本の通信事業者と組むと。
長谷川 断定はできませんが、そのような方向ももちろん考えています。とくに、法人市場では補完しあえる。
国内の通信市場をみると、携帯電話の分野では競争がかなり激化していますよね。新規参入があることやWiMAXをはじめとしたビジネスチャンスなどを踏まえると、一段と激しい戦いになるのではないでしょうか。
当社では、法人向けモバイルソリューションを取り揃えています。日本で競合するつもりはありません。例をあげれば、NTTドコモやソフトバンクなどに対して協力できることは数多くあるとみています。
──将来的には、BTジャパンは日本でどのような存在を目指しているのですか。
長谷川 日本企業のグローバル展開支援で真っ先に名前があがる存在になりたい。“グローバルのビジネスオペレータ”という言葉が適しているでしょうか(笑)。もっと日本企業がグローバルに進出できるような環境を整える必要があります。その役に立ちたいのです。そういった意味では、当社も一段と大きな企業になることを目指します。今、ワールドワイドではホールディング制を進めており、買収した企業を統合するのではなく、そのまま残しています。日本法人でも、独自のM&Aを視野に入れて成長していきます。
My favorite BTジャパン入社以来、愛用している「ブラックベリー」の携帯端末。業務で「手離せない存在」だとか。この端末で、社内ネットワークへのアクセスが行えるためだ。ただ、欧米と時差の関係上、真夜中のメールチェックは必須。「世間でいわれる“携帯中毒”になっているのでは」と、少し気にしている
眼光紙背 ~取材を終えて~
これまではIT業界を渡り歩いてきた。日本IBMやデルなどでITのスピード経営を肌で感じた。データクラフトジャパンでは、不振の同社を3年で黒字に転換させるなど経営者としての手腕を発揮した。
そして、昨年11月から通信業界への転身だ。ITと似て非なる世界。しかし、「ITと通信の融合が進むなか、両業界の良い部分を抜き出していく」と、枠にとらわれない方法でBTジャパンを成長に導く。
「日本人は、昔から下を向いて一生懸命になる習い性がある。それは企業も同様。狭い世界で競い合っていたら、いつの間にか他国が日本を追い越している」と嘆く。こうした状況だからこそ、「グローバルなIT/ネットワークの統合サービスを提供する当社がサポートできることは多い」と自信をみせる。
「通信事業者は回線提供がメイン」という国内の認識を変えることができるのか。成功すれば、日本の通信業界の抜本的変革にもつながる。(郁)
プロフィール
長谷川 恵
(はせがわ めぐみ)1981年3月、山梨大学工学部卒業。同年、日本IBMに入社。94年、ダートマス大学大学院に入学、95年に卒業。その後は、アダプテックやデルを経て、04年、データクラフトジャパン代表取締役社長に就任。07年11月、BTジャパン代表取締役社長に就任。現在に至る。
会社紹介
1985年、英BTは日本駐在東京事務所を開設したことで日本進出を果たす。日本BT(現・BTジャパン)が設立されたのは88年。
ワールドワイドで事業展開を行っている日本企業や日本に拠点を構える多国籍企業を対象に、回線サービスをはじめとして、アウトソーシングやIT関連システムの構築なども手がける。
日本の通信事業者とのアライアンスについては、04年にKDDIと戦略的提携を実現。06年にジョイントベンチャーのKBGSを設立した。今年に入ってからKBGSの組織改革を実施。今後は、他事業者とのアライアンスも十分に考えられる。