中期経営計画の最終年度にトップに就いた。国内コンシューマプリンタ市場の成長鈍化に、電子デバイス事業の不振。決して経営環境は良好ではない。だが、エプソンの独自技術に絶対の自信をもち、成長を疑っていない。次の中計に注目が集まる。エプソンの独創性の象徴「マイクロピエゾヘッド技術」の生みの親は、個人・法人市場を問わずインクジェットでマーケットを切り拓く決意を固めている。
ユーザーに喜ばれる技術を「究めて極める」姿勢で臨む
──3か年中期経営計画が進行中の下でのトップ就任。戸惑いはありませんでしたか。
碓井 報道発表の1か月半ほど前に今回の就任の打診を受けたんですが、それはびっくりしましたよ。思いもよらない話でしたからね。ご指摘の通り、中計「創造と挑戦1000」の最終年度がスタートする直前だったし。
ただ、これまでも花岡会長(前社長)と一緒にやってきましたし、花岡さんが過去2年間で構造改革を進め、進む方向を示してくれていますから、引き受けさせてもらおうと。まず今年度(2009年3月期)はその道に沿って進みます。
──中計で定めた業績目標に比べて、今年度(中計の最終年度)見込みはかなり低い達成率です。厳しいスタートになりますね。
碓井 低迷した理由は、水晶デバイスや液晶ディスプレイ、半導体関連の「電子デバイス事業」の収益力改善が、当初狙っていた水準まで進んでいないことがかなり響いています。なかでも液晶ディスプレイ。これは価格下落の影響をもろに受けた。当然ながら、拠点・人員のスリム化などの手はすでに打ってはいます。ですが、それだけではダメでしょう。これまでのビジネスモデルが通用しない環境に変化したと感じています。改めて、どこで付加価値をつくりどこで利益を取るか、ビジネスのやり方自体を再構築する必要性を感じています。それを今、考えている最中です。
ただ、主軸の「情報関連機器事業」の収益基盤は、狙った水準に達している感触をもっています。
──情報関連機器も昨年度の数字を見ると前年度比で減収減益ですが…。
碓井 その不調は、為替の影響が大きかった。体質自体はかなりいい。本来であれば、売り上げをもっと増やして、成長を強く演出できればよかったとは思いますけどね。それはこれからです。
「創造と挑戦1000」の当初計画には達しませんが、今年度は今年度。あくまでひとつの区切りです。私の役目は、将来に向けた成長路線を中長期的な視点でどう描くかだと考えています。
──そうすると来年度からが碓井さんのカラーが出る本番ということですね。何にこだわりますか。
碓井 エプソンはいったい、どうあるべきか、何をすべきなのか。それをじっくりと考えたんです。その答えは、想像もできないような画期的な商品を提供してお客さんに喜んでもらうことを追求することだ、と。やっぱりこれがエプソンの姿だと思うんです。この精神にこだわってきたからこそ、エプソンは際立った存在になれた。原点をもっと追求して、ユーザーに喜んでもらうための技術を「究めて極める」。そのための戦略を次の中計には盛り込みます。
それと、かなり長期の計画になると思いますが、環境対策の面からモノづくりの在り方をもう一度見つめ直したい。エプソンはCO2の排出を2050年までに10分の1に減らすプラン「環境ビジョン2050」を打ち出しています。本当にできるの?と正直思っていたのですが、決して不可能ではないんですね。
例えば、使っている材料をまず半分にする。そして、船や飛行機で商品を運ぶエネルギーを半分にする。そして、私たち製造する側にとっては都合がよくないかもしれませんが、商品寿命を2倍にする。そうすると、「2分の1の3乗」で8分の1に減らせるんですよね。プラスアルファの環境技術を載せれば決して難しいわけではない。環境問題は企業にとって大きな問題。もちろん、すぐに大きな変化を起こせるわけではありませんが、次の中計ではその基礎を盛り込みたいと思っています。
大事なのは「基本性能」向上 インクジェットを武器に攻勢
──「究めて極める」精神は、今後出てくる新商品にどう生かされますか。とくにプリンタについてお尋ねしたい。エプソンが強い国内コンシューマ市場は、07年の年間販売台数シェアでキヤノンにトップを奪われましたが、この点を踏まえて…。
碓井 国内市場に限っていえば、市場自体が今後伸びるかといえばそうではない。家庭にはほとんど行き渡っている状況でしょう。買い替え需要を創造できるような魅力的な商品を開発しなければ衰退してしまいます。とくに、日本はその傾向が強い。
コンシューマ向けのプリンタでは、もう新たなアイデアをパッと展開できる技術・機能はそうそうありません。スキャナが付き、コピー、Fax機能が付加され……。そうなると大事になってくるのは、基本性能を向上させること。もっと印刷スピードを早くとか、もっとキレイにとか。プリンタの電源を入れてから印刷するまでの時間も長いですよね。これも改善する。筺体のサイズ自体も小さいほうが良いに決まっている。
まったく基本的なことと思われるかもしれませんが、実現するのは容易ではない。時間もお金もかかるんです。エプソンは売上高の6%を毎年研究開発費に投じ、その3分の2は新製品開発にあてています。コンシューマ向け製品では、年内には見た目と使いやすさをかなり意識した魅力ある商品を出せますので、期待していてください。
──法人向けは? エプソンはほかのプリンタメーカーに比べて法人分野が弱い。革新的な製品は個人向け以上に必要と思われます。
碓井 インクジェットの技術を法人向け製品でもかなり強く押し出していこうと思っています。インクジェットの出口はずっとコンシューマ製品だった感がありますが、ビジネスや産業分野でもそれをもっと横展開して品揃えを強化する。
──仕事で使うプリンタとして、インクジェットは今のところ主流ではありません。
碓井 マクロのトレンドとして、今後はインクジェットにかなり傾倒するとみています。環境性能とランニングコスト、利便性など総合するとインクジェットが本流になる。(レーザーなど)今の中心技術を凌駕して構造自体を変えられるポテンシャルがあると思っているし、それが求められている。ここに成長の足がかりが必ずあると思っています。
──インクジェットで法人市場を開拓すると?
碓井 エプソンはこれまで個々の独創的な発想と地道な努力で革新的な技術・製品を提供してきました。ただ、それを法人ユーザーにたくさん使ってもらっていたかといえば、少し違っていたかもしれません。家庭のユーザーに喜んでもらうことに集中して、それ以上のことが出来なかったといえばそうなのかもしれないけど、それを変えなければならない。コンシューマにフォーカスしていたインクジェットの技術をビジネスや産業分野へ派生させ、ビジネスを広げます。
──そのニーズをつかむ術は。
碓井 私を含めて、つくる側は自らがコンシューマなので、自分たちが欲しいものを搭載すれば、コンシューマは喜んでくれる。だけど、ビジネスや産業分野になるとそうはいかない。自社ではレーザープリンタの開発・販売で培った経験と知識があるにしても、ニーズをしっかりつかんでいるかといえば弱い。つかんでいるようでつかんでいません。多様な業種・業態をもつ顧客の、プリントニーズを熟知しているような企業と組んで、一緒にやらないといけないと思っています。今年4月のノーリツ鋼機さんとの協業はその良い例です。さまざまな顧客の業務にあったプリンタをニーズを知ったうえで提供します。
My favorite 手巻き式の腕時計。ぜんまいを一杯に巻いても数日しか動かないため、竜頭を回すのが日課になっている。面倒なように思えるが、「ねじを巻くことで愛着が湧く」とか。「電池で動く自動式では面白みがない。手間がかかる作業が、機械いじりの感覚を持たせてくれる」そうである
眼光紙背 ~取材を終えて~
中期計画の目標に到達しない現在の状況を、真摯に受け止めているような印象を受けるものの、それに引きずられているようにも見えない。低迷する理由を質問したら丁寧な答えが返ってくるが、「過去は過去。その先を見ている」と言われているようだった。
インタビューで一番熱気を帯びた話題は、インクジェットのポテンシャルだった。コンシューマ向け製品で培った技術を、法人市場でも横展開できるという絶対の自信をもっているのだろう。
記者は、現会長の花岡氏が社長に就任した際にもインタビューしている。その時の取材メモを読み返すと、「先取り」という言葉が多いことに気がついた。碓井社長は、「今後を表すキャッチフレーズは?」との問いに「究めて極める」と答えた。言葉こそ違うものの、独創性ある商品作りを重視する姿勢は両者に共通している。低迷を打破する魅力ある新商品はきっと出てくるはずだ。(鈎)
プロフィール
碓井 稔
(うすい みのる)1955年4月22日、長野県生まれ。79年3月、東京大学工学部卒業。同年11月、信州精器(現セイコーエプソン)入社。2002年6月、取締役。07年10月、常務取締役。08年6月25日、代表取締役社長に就任。
会社紹介
セイコーエプソンの主な事業は、(1)プリンタやプロジェクタ、PCなどの「情報関連機器」(2)半導体や水晶デバイス、小型ディスプレイの「電子デバイス」(3)時計などの精密機器の3部門。
今年度(2009年3月期)は、06年度からスタートした3か年中期経営計画「創造と挑戦1000」の最終年度。中計発表当初の業績目標は、最終年度に売上高1兆6700億円、経常利益1000億円以上だったが、苦戦を強いられている。今年度は、売上高は1兆3000億円(中計目標1兆6700億円)、経常利益が700億円(同1000億円以上)と、中計当初の計画値よりもバーを下げた計画を立てた。
グループ会社は国内外合計で109社で連結従業員数は約8万9000人(08年3月末時点)。国別の売上高(昨年度実績)比率は日本が31.8%、欧州が25.5%、アジア・オセアニア州が22.3%、米州が20.4%。