シマンテック日本法人は、徐々に成長しているとはいえグローバルの成長率には追いついていない。今年4月、トップに就いた加賀山進社長は、その原因を「豊富な製品群を抱えているにもかかわらず、パートナーが売りにくい仕組みになっているからだ」と分析する。「新商材の売り先、新しいマーケットはメーカー自らが開拓すべき」と、顧客に直接提案する仕組みの構築、社員の意識改革に動き出した。
社長就任要請に難色 “雇われママ”に復帰
──社長就任を打診された時、最初は引き受けるつもりはなかったようですね。
加賀山 外資系企業の日本法人社長って、トップといっても所詮は“雇われママ”ですよね(笑)。社長は社長でも、本社が海外にある会社と、日本に所在する会社では経営環境が全く違う。モノ言う海外の株主が、海の向こうからきつく経営責任を追及してきます。非常に立場が厳しいし、それゆえにかなりの激務……。この世界にもう一度戻ることに抵抗があったんです。
シマンテックの社長に就く直前は、そういった理由もあって経営コンサルティング会社をつくって一人で経営していたんです。日本IBMを辞めてから、外資系IT企業の日本法人社長をずっと続けてきましたからね。正直にいって少し休みたかった。
このままゆっくり仕事するか、今の仕事を本格的にやって顧客を増やすか。お客さんが増えれば忙しくなるからそれも嫌だなぁとか、しばらくするといろんなことを考え始めて、ぐずぐずしてたんですね。ただ、今やっている仕事は60歳を過ぎてもできる、もう一度あの世界に復帰して業界に貢献しよう、という気持ちがだんだん湧いてきて。それで引き受けました。
──社長就任から5か月が経ちました。ご自身の選択は正しかった、と?
加賀山 今は本当に毎日が楽しい。朝起きると「さぁ仕事!」という気持ちになるんですよ。本音をいえば、楽しそうに装っていた時期はありましたけど…(笑)、最近数年の間では経験できなかった感覚なんです。
IT業界にずっと身を置いていながらこんなことを言うのは恥ずかしいのですが、就任以前はシマンテックがどんな会社か詳しく知らなかったんです。就任後、米本社に合計で3週間ほど行って幹部の話を聞いて、この会社は経営陣、戦略、プロダクトが非常にしっかりしていると実感しました。
成長のポテンシャルがあり、明確なビジョンもある。やらなければならないこと、やれば成長できるポイントが、快晴の空のように一点の曇りもなく見えている。それが楽しさの理由かなと。ベリタスソフトウェアと合併した時は、やはり統合作業が大変だったようで、「お前は良い時期にきた」なんて本社の幹部には言われましたけどね。
──セキュリティ会社を選んだのは、今後の成長を見越した部分もありましたか。
加賀山 シマンテックは、マイクロソフト、オラクル、SAPに次ぐ世界第4位のソフトメーカーですが、売上高規模は1位に比べ約10分の1、3位と比較すれば半分以下です。ただ、私は1位になれると感じていますよ。他社さんのカテゴリはどうでもよいですが、OSもDBもERPもすでにサチュレート(飽和)していますよね。シマンテックのカテゴリはまさにこれから。売上規模の差はマーケット規模の差であって、まだまだ市場が膨らむ分野にいるシマンテックは、飽和市場にいる上位3社に追いつき、追い越すチャンスが十分にあると思います。
グローバル成長に劣る日本 新市場は自ら開拓していく
──情報セキュリティ市場は確かに有望だと思います。実際、シマンテックもグローバルでは毎年十数%の高水準で売り上げを伸ばしていますね。ただ、日本は世界に比べて成長率が低い。
加賀山 確かに、日本の成長率は4─5%で世界に比べて劣っています。米本社が時速45マイルぐらいで走っているとすれば、日本は35マイル程度でしょう。ただ、米本社のストラテジーにしっかり沿った形で舵を切れば必ず成長できる。
──世界並みに成長するための、米本社にあって日本法人にない要素とは? 日本法人に潜む問題点をどう分析しましたか。
加賀山 シマンテックは今、200種類以上ものプロダクトを販売しています。非常に豊富。それなのに、売上高の約90%はわずか10個ほどのプロダクト販売額で占めている状況なんです。
──多彩なプロダクトを持つ強みを生かしきれていないことが原因だと。
加賀山 新しく出てくる商品をパートナーが売りにくい仕組みになっているんです。だから、いつまで経っても特定のプロダクトに依存してしまい成長力が弱い。
商品というのは、主に3つのステージをたどると思うんですね。最初はごく一部のユーザー企業が購入するファーストステージ。その後に売り手も買い手も商品を認めて一気に火がつく第2段階。そしてコモディティ化する最終ステージです。
最初のフェーズにある商品は、誰も売りたがりません。マーケットから引き合いが強いわけではないし、新プロダクトだから「売った後の顧客対応は大丈夫か?」などとサポートも不安。儲かるかといえば、手間がかかるからそうでもない。これではパートナーも売る意欲が湧いてきません。なかには、「シマンテックがそこまでいうならやりましょう」と言ってくれるパートナーがいますよ。いますけど、きっと真剣ではない。だけど、それはごく自然な行動だと思います。
最初のステージから第2フェーズに入るには、シマンテックが仕掛けを用意する必要があるのに、それをパートナーに任せてしまっていた。第1と第2ステージの間にある「溝」に商品が落ちてしまっているんです。
──豊富な製品が逆に複雑さを招いて、分かりにくくなっている。「選択と集中」ができていないという見方もできますが……。
加賀山 それは違う。確かにシマンテックの商品はここ数年間で急拡大しているのです。複雑な印象を与えるのも無理はない。でも、それは一貫した戦略のもとにラインアップを増やしているんです。シマンテックは、セキュリティとアベイラビリティ(可用性)分野に特化しています。つまり、「情報を安全に管理する」ことに集中しているのです。すべての製品はこれに通じる。だから、ポートフォリオに合わない製品がもしあれば、たとえ損失があっても売却します。
──では、(商品を)溝に落とさないための仕掛けとは?
加賀山 シマンテックが直接顧客にアプローチし、マーケットをつくるんです。パートナーと違って、シマンテックはメーカーですから、開発部隊もサポート部門も、SEも営業もいる。商品を売るには、まず最初に導入とサポート体制を強固にすることが先決で、パートナーよりも社内にリソースがあるシマンテックのほうが売りやすい。物理的に最初のステージでは、メーカーが顧客に出向くべきなんです。各部門が緊密な連携を取って顧客にアプローチし、先進案件を勝ち取る。そして、そのノウハウをパートナーに提供していく。
これまではウイルス対策しか売っていないところを、新商材を絡めてスパム対策やアーカイブ製品、機密漏えい対策製品もセットにして売れるモデル、ストーリーをつくることができれば、必ずパートナーさんは目を向けてくれます。そうすれば、溝に落ちていた製品を表舞台に引っ張り上げることができる。
これまでシマンテックは第1ステージの商品を自ら売るという覚悟が足りなかった。儲かる儲からない問わず、やるしかない。それがメーカーの責任だと思っています。
My favorite スマートフォン「BlackBerry」。メールチェックなどビジネスの場で活躍している。以前は別のモバイル機器を使っていたが、使いにくくて買い換えた。「本能的に操作できる」点が気に入っている
眼光紙背 ~取材を終えて~
理論肌で情熱家。そんな印象を受けた。日本が弱い理由とその打開策を聞けば、冷静に理路整然と話す。その一方で、今売り出し中のプロダクトに話題が移れば、声のトーンと表情が変わり熱くなる。
著名なトップの経営哲学を学ぶことが好きなようで、米GEの元CEOジャック・ウェルチ氏やトリンプ元社長の吉越浩一郎氏などの教訓を自分の考えと合わせて、自らの経営に生かしている。ちなみに、社員に強く訴えている行動規範は、「考えが変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる」。
日本法人の社長は加賀山さんで4人目。記者はその全員にインタビューしたことになるが、加賀山さんは前任の3氏とは全く違う雰囲気の持ち主だった。会社のイメージが変わるとひしひしと感じた。
加賀山さんは今、社員の意識改革を進めている最中。品が良くてスマート──、そんな印象があるシマンテックのイメージが変わるかもしれない。(鈎)
プロフィール
加賀山 進
(かがやま すすむ)1952年10月15日、神奈川県横浜市生まれ。75年3月、東京工業大学理学部物理学科卒業。同年4月、日本IBM入社。00年、理事(マーケティング担当)。02年、日本ピープルソフトに移籍し代表取締役社長。03年、取締役会長。04年、ジェトロニクスに移り取締役を経て代表取締役社長。07年、退任。08年4月1日、シマンテック代表取締役社長に就任。米本社の日本担当バイスプレジデントを兼務する。
会社紹介
シマンテックの米本社は1982年設立のセキュリティソフト最大手。世界40か国以上で事業展開し約1万7500人の社員がいる。05年に米ベリタスソフトウェアを買収したことで企業規模は急拡大し、米マイクロソフト、米オラクル、独SAPに次ぐ世界第4位のソフトメーカーに成長した。昨年度(2008年3月期)の売上高は58億7400万ドル(GAAPベース)。
主力商品は、ウイルスなど不正プログラム・アクセス対策ソフトやストレージ、バックアップツール。最近では情報漏えい対策ソフトなど新分野の商品開拓にも積極的。
日本法人は1994年設立で社員数は約470人。ワールドワイドでは企業向け事業がけん引役で全収益の70%を占めるが、日本は異質で、企業向けの比率は50%。企業向けビジネスの拡大を世界戦略に置いているものの、コンシューマ向けビジネスの比率が日本では依然として高い。「BCNランキング」のセキュリティソフト部門では、7年連続販売本数トップを維持する。