XML専業として、今年で創業10周年を迎えたインフォテリア。次の10年に向けて掲げたのがSaaSのけん引だ。SaaSについては、近年盛り上がりを見せているものの、各企業とも様子見の状況が続いている。平野社長は、ネットからソフトウェアが提供されるという今後の大きな潮流を見据え、「早期にエコシステムの転換を図らなければ乗り遅れる」と警鐘を鳴らす。
安藤章司●聞き手 鍋島蓉子●文 ミワタダシ●写真
来年は一時収束するも 止まらぬSaaSの拡大
──XML専業の企業として10周年を迎えられました。SaaSビジネスにおいて絶好のポジションにつけておられるので、既存のEAIビジネスだけではもったいないように思います。御社のSaaS関連の売り上げはまだわずかですが、大化けするように感じます。
平野 中期経営計画で掲げたのは、三つあります。一つは、既存の「ASTERIA(アステリア)」ビジネス。導入実績は約500社ですが、開拓の余地はまだある。二つ目はSaaSのけん引です。SaaSに対してはかなりの投資を行っていて、国内では当社ほど多額に投資しているところはないのではないかと思っています。三つ目は海外展開です。
当社は10年前、XMLが非常に重要な技術になると確信していました。次に主眼に置くのは「SaaS」です。だから昨年、専業の子会社「インフォテリア・オンライン」を立ち上げました。今後、世の中にSaaSベンダーが増えていけば、当然ながらSaaS同士をつなぐニーズが増加する。もっと重要なのは既存システムとSaaSをつなぐニーズです。そこで鍵となるのがアステリアのSaaS版である「ASTERIA On Demand(アステリア オン・デマンド)」です。
──メイド・イン・ジャパン・ソフトウェア・コンソーシアム(MIJS)に参加していますね。MIJSでは09年からサービスを始めるとのことで、活発な活動をされています。インフォテリアは当然、彼らを支える基盤を提供することになると思いますが、進捗状況は。
平野 その点に関して私がコメントするのは妥当ではありません。ただ、SaaSに対する温度差は激しい。プラットフォームが変わることに対して、危機感があまりにも乏しすぎます。かつてDOSからWindowsに変わる時と同じことが起こっています。Windowsにプラットフォームが変わった時、多くのベンダーが脱落しました。
正直、メディアによる報道とベンダーの実情には乖離があって、実際の導入状況は当社の売上高にも現れている通りです。今はお祭り騒ぎなので、各ベンダーは、とりあえず手を挙げているといったところですね。
来年は追い討ちをかけるように「SaaS、大したことなかったね」「夢物語だったね」という記事がメディアで踊るのでしょう。その実、ネットからソフトが提供されるという潮流は止められない。一度取り残されてしまえば、流れに乗ることは不可能です。
──ソフトベンダーに話を聞くと、SaaSに対してはむしろ期待しているようです。ただ、先に進めない最大の理由の一つに既存のビジネスパートナーとの間にエコシステムが成立していることが挙げられます。SaaSに移行するときに既存のエコシステムを壊さざるを得ない。相当痛みを伴いますよね。
平野 確かに伴いますね。ただ、遅いほど痛みは激しくなります。今、アステリアの売り上げが伸びている時に早めに転換を図ると、この痛みは和らぎます。世の中がインストールシステムはもういいという時になって転換しようとすると、自分自身がうまく方向転換できない。フォロワー(追従者)になるほど厳しい状況が待っています。当社はパッケージベンダーですから、企業システムがどう変わるかを見据えて準備し、早めにユーザー、パートナーの意見を取り入れて少しずつ作っていくので、「エコシステムの破壊」とは言われません。
──売上高の誤差の範囲に過ぎないSaaSビジネスですが、2-3年後、サービス型のエコシステムをどのような形で構築しますか。富士通やNECなどのメーカーは、実際SaaSのエコシステムを作ろうとしていますが、メーカーや通信キャリア系に取り込まれると、アステリアは一つのモジュールでしかなくなる。
平野 モジュールという位置付けもありだとは思いますが、それだけではないですね。プラットフォームを提供するベンダーがISVを集めてデパートを作っても、デパート以上になれません。テナントがすべて統一したユーザーインタフェースかというと、そんなうまい話はない。そのなかにあってユーザーは、必要とするソフトを組み合わせて使うことになります。当社はそこにSaaS同士の連携の仕組みを提供します。ただ、API(アプリケーション・プログラム・インタフェース)があれば、つなぐことができますから、その用途だけだと極端な話、アステリアは要りません。
アステリアの本領は「過去」と「現在」をつなぐことです。インストール版、ホストのデータ、クライアント/サーバのデータ、ウェブシステムなど、すべてをつなぐのがアステリアの提供している「価値」です。SaaSだって進化します。全部統一されているなら必要ありませんが、普通はばらばらです。ノンコーディングで、グラフィカルに線を引くだけでつなぐことのできるツールとして、アステリアは価値があります。今は国内展開ですが、ネット上では国境が関係なくなりますし、「つなぐ」幅が広がります。
何度でも海外進出に挑戦 通用するまで試行続ける
──中期経営計画で三つ目としてグローバル進出を掲げています。各ベンダーも同様に海外進出を目指していますが、どうしたら日本発のソフトが海外で成功できるのかと、今も侃々諤々の議論が続いています。
平野 ただ話しているだけの人が多すぎます。まず行動してみるべきです。当社は2000年に米国のボストンに進出して撤退し、今はサンフランシスコのシリコンバレーに子会社を持っています。もともと営業拠点にしようと思って設立しましたが、リサーチして自社直販が難しいことを知りました。そこでパートナーによる間接販売に変更し、子会社は開発拠点に変身させました。インフォテリアは世界中で通用するソフトを作る会社として創業しましたから、何回でも(笑)、インフォテリアがある限り海外に進出します。
──世界8か所に拠点を持っておられますが、この拠点でローカライズしてソフトを展開するのですか。
平野 言語を現地で直す必要はないので、8か所の拠点には、たまたま優秀で信頼の置ける人間がいたというだけのことです。たとえるなら第3、第4、第5開発チームといったところで、Skype(スカイプ)などで話し合ってソフト開発しています。インストールソフトは国境、商習慣に阻まれてどうしても進出が難しいですが、ネットサービスなら、物理的な障壁は関係ありません。オンライン付箋サービス「lino(リノ)」を3か国語展開していますし、アステリア オン・デマンドも簡単に多国語展開できます。今はどのようなビジネス展開の仕方が受け入れられるか試行し、そのノウハウをアステリア オン・デマンドに盛り込みます。これは、今後10年で非常に大きな意味をもってくることになります。
──現状では御社は既存のパートナービジネスの比率が高いですが、3年後、サービスビジネスはどの程度の成長が見込めそうですか。
平野 子会社のインフォテリア・オンラインの事業のみで、設立から3年(2011年3月期)で10億円まで伸ばすと公表しています。連結でいうと、期限は設定していませんが、できるだけ早い段階で半々を目指します。
──今後の成長性も大いに期待できるようですが、あえて課題を挙げるならば。
平野 「時間との戦い」です。私自身、世界が変わると確信しています。ですが、それがいつなのか、事業マインドで考える際はそれがとても大事な要素です。3年後、5年後、7年後なのかで全く数字が変わりますから。
My favorite ビジネスで使える緑色の靴を探し出すのに苦労した。この靴との出会いは2年前。靴屋を探し回ってやっと緑色のビジネスシューズを見つけた。シャツもパンツもハンカチも靴下も車もコーポレートカラーの緑。緑じゃないのは奥さんの名前だけ、とか
眼光紙背 ~取材を終えて~
コーポレートカラーを大事にすることは、かつて平野社長が在籍したロータスで教えられたことだ。平野社長は、「これまではコーポレートカラーが『赤(情熱)』と『青(冷静)』の企業が時代を作ってきたが、次は『緑(自律・分散・協調)』が作る」と力強く語る。
SaaSと、既存ビジネスとの狭間で、思い悩むベンダーは多い。「日本の場合、こういう話にどうやって乗っていくのかという話が多いのです。しかし、国内には、ソフトウェアベンダーがたくさんありますから、流れだって作れるんです。でもやっぱり、日本企業は様子見が多い」と、もどかしさを隠さない。外資系のベンダーも「日本市場で導入を進めるには実績、前例が必要」というように、日本国内ではこぞって皆が横目で周囲をうかがう姿が目に浮かぶ。
「国内では当社ほどSaaSに投資しているところはない」。このまま市場をけん引し「緑」の時代がやってくることを期待したい。(環)
プロフィール
平野 洋一郎
(ひらの よういちろう)1963年熊本県生まれ。熊本大学工学部中退。1983年キャリーラボを設立し、日本語ワードプロセッサを開発。1987年、ロータス(現日本IBM)に入社。ロータス戦略企画本部副本部長として、表計算ソフト「ロータス1-2-3 R2.1J」(DOS版)から、グループウェア「ロータスノーツ/ドミノ」まで、製品企画とマーケティングを統括。1998年インフォテリアを創業し現職。
会社紹介
1998年に創業した国内初のXML専業ソフトウェア開発企業で、今年10周年を迎えた。主力製品のEAI「ASTERIA(アステリア)」は約500社へ導入、国内シェアナンバーワンの実績を持つ。直近では、「ASTERIA WARP(ワープ)」のほか、シンプルで小規模な連携向けの製品「ASTERIA WARP Lite」、拠点間の安全確実なファイル交換を実現するサービス「ASTERIA DataCaster(データキャスター)」、SaaS型データ連携サービス「ASTERIA On Demand(オン・デマンド)」などをラインアップしている。また、マスタデータ管理製品群「ASTERIA MDM One」を発売した。昨年にはSaaS専業の子会社「インフォテリア・オンライン」を設立。07年、東証マザーズ上場。昨年度(08年3月期)の売上高は9億500万円。