2008年度(09年3月期)は業績が伸び悩むNEC。通期予想も厳しい見通しを立てているが、成長路線を築けているだろうか。「将来的なビジョンを達成させるために今がある」と矢野社長は力を込めて語る。これは、どのような市場環境下でも足下のビジネスが沈まない基盤作りを意味している。果たして揺るぎない成長路線は敷けるのだろうか。
長期的グループビジョン策定「人と地球にやさしい」企業に
──2008年度(09年3月期)中間期の業績は厳しい結果で、通期予想も減収減益を見込んでいます。足下を固めることや長期的な方向性は固まっているのですか。
矢野 長期的な方向性については、今年度早々にC&C宣言40周年にあたる2017年に向けて「NECグループ2017」を策定しました。そのなかでビジョンとして掲げたのは、「人と地球にやさしい情報社会をイノベーションで実現するグローバルリーディングカンパニー」を目指すというものです。このビジョンは、トップダウンで決めたのではなく、NECグループ内の若手社員30人程度が集まり、グループ各社の社員にヒアリングやアンケートを実施して固めていったものです。策定当時は今のような不景気の状況ではなかったのですが、どちらにしてもビジョンを打ち出しておいてよかった。社員が右往左往することなく、業務を遂行できると確信しています。
──「人と地球にやさしい…」とは漠然としていますね。
矢野 そんなことはありませんよ。情報が必要になってくる社会のなかで、最も重要なのは地球にやさしくなければならないということです。2025年までにCO2の排出量が現状の2倍になるという予測があるほどだから、環境問題には真剣に取り組まなければならない。もちろん、政府が現状の排出量を半減するための施策を打ち出してはいますが、一番の解決策はITを使うということ。例を挙げれば、社内にテレビ会議システムを導入すれば、支社や支店が点在する企業にとっては会議のために交通機関を使わなくて済む。在宅勤務制度を導入してIT化を図れば日常業務でもCO2削減につながります。ブレードサーバーや仮想化による「エコ」を訴えていくことはもちろんですが、情報社会のなかでは全体的な広い視野で考えなければならない。
また、「人にやさしい」という点では高齢者問題を無視することはできない。デジタルデバイド(情報格差)があってはならないのです。高齢者にもやさしい機器がなければダメ。高齢者が増えていくなかで、絶対に取り組まなければなりません。今のパソコンは勉強を要求する意味合いが強い。高齢者が怖がらずに安心して使える環境が必要なのです。
そのなかで、NECが貢献できることは「イノベーション」による革新的な製品・サービス提供です。また、こうした取り組みは、グローバルリーディングカンパニーとしての地位を築くことにつながります。
──社会問題解決に取り組むことに際して、このようなビジョンは必要です。しかし、「そうはいっても…」という見方も根強いように思えますが。
矢野 CO2削減は絶対に取り組まなければならず、高齢者問題については労働力人口が減るなかで日本のGDPが下がることにつながるため、ITの観点から高齢者に手厚く対処することは無視できない。つまり、ITが人と地球にやさしくなければならないのです。これは、日本に限らず世界的な課題になっています。ということは、こうした課題を解決できれば“日本発モデル”として日本企業がグローバルでますます通用するようになる。
ただ、すぐに実現できるわけではありません。かといって、手を打たないままで、切羽詰った段階で解決策を見い出そうとしても遅い。そういった意味でも、長期的なビジョンとして掲げたのです。「人と地球にやさしい情報社会」を実現するために、当社が果たす役割は大きいと考えています。
足下を固める製品は揃う 情報と通信の融合も強み
──将来的な構想は分かりましたが、足下も見なければなりませんよね。ビジョンを達成するために、直近では具体的にどのような製品やサービスを提供していくのですか。
矢野 企業のCO2削減策については、当社の低消費電力を実現したサーバー「エコセンター」がぴったりです。この製品は、グリーンIT関連で数々の賞を獲得しました。課題解決の製品として認められているということです。ソフトウェアもそうです。統合管理ソフト「WebSAM(ウェブサム)」は、仮想化環境のシステム運用をサポートします。ハードとソフトともにビジネスチャンスがあるということです。
──ただ、グリーンITや仮想化などに関しては競合も製品やサービスを提供している。他社と比較しての優位性はあるのですか。
矢野 サーバーの観点からグリーンITや仮想化などを話しましたが、当社の優位性は何といってもコンピュータとネットワークをバランスよく手がけていることです。ネットワークの観点からも顧客が求めている製品やサービスを提供できる。競合他社はどちらかに集中しているため、当社と同水準のビジネスは行えないはずです。
今の時代は、すべてを網羅した提案が必要なのです。そういった点では、NECグループがITゼネコンといわれているだけに(笑)、ITシステムやネットワークインフラだけでなくファシリティを含めた提案も行える。以前から提唱していた「C&C」(コンピュータと通信の融合)を顧客は求めている。ということは「NECの時代が到来した」といっても過言ではありません。市場環境はどのような状況であろうと、バランスよく提供できれば必ず生き残れる。
──ITとネットワークをバランスよく手がけられるということで、一段と融合したビジネスを進めていくということですか。
矢野 その通りです。これこそが最も強みを発揮できる分野です。これを一番に理解してもらいたい。
なかでも、ウェブサービスの普及から、最近ではネットワークインフラに対する関心が高まっている状況でもあります。当社は、(回線を収容した)土管を持っている通信事業者とのつき合いが深い。深い分、NGN(次世代ネットワーク網)など新しい回線の仕組みを知っています。となれば、そのネットワーク網を使った新しいソリューションが提案できる。
──しかし、NGN関連で要のネットワーク事業は業績が厳しいですよね。
矢野 反省しなければなりません。実は、通信事業者向けネットワーク関連事業が予想以上に順調だったことから、“いけいけ・どんどん”の勢いで、つい投資し過ぎてしまった。開発面と販売面の両方で実施してしまったんです。しかし、今は少し投資を控えめにしている。だから、改善するのは間違いない。
──改めて確認しますが、掲げた「NECグループ2017」ビジョンにより業績増などの将来的な成長に結びつきますか。
矢野 必ず結びつきます。日本は、米国と比べてITを導入したわりには生産性が上がらないといわれています。これは、ベンダーサイドによる提案の仕方や顧客によるITの使い方などに問題があるからだと思います。その側面からみても、「人と地球にやさしい情報社会」の実現を念頭において、当社としては製品やサービスを提供していく。顧客にとっては当社の製品やサービスを導入することで、知らず識らずのうちに環境問題に対応し、なおかつ生産性が上がる。こうしたシナリオを、販売パートナーを含めて訴えていけば、絶対に需要は掘り起こせる。そういったサイクルが構築できれば当社も成長することにつながります。
谷畑良胤(本紙編集長)●聞き手 佐相彰彦●文 大星直輝●写真
眼光紙背 ~取材を終えて~
2008年に引き続き、09年も本紙新春号で登場。そこで、最初の質問として08年と同様「ビジネスの方向性」をぶつけた。08年は、「『R&D(研究開発)』『ネットワーク』『海外』をポイントに置く」との答え。「将来を見据えながら、ビジネスの方向性がしっかりと固まっている」と感じた。今回は、「『人と地球にやさしい情報社会をイノベーションで実現するグローバルリーディングカンパニー』を目指す」という、10年先を見据えたビジョンが返ってきた。では5年後は。「ビジョン達成の通過点」。「足下が見えていないのではないか」と、素朴な疑問が頭に浮かんできた。
しかし、NECはこれまで「C&C」など大きなビジョンを掲げて成長してきた。長い年月をかけて築きあげた実績があるからこそ、足下のビジネスも回復できるということだろう。直近の不況に惑わされないとの考えもある。そのための製品やサービスも揃っている。「社員を右往左往させない」という言葉が印象的だった。(郁)
プロフィール
矢野 薫
(やの かおる)1966年4月、NEC入社。85年11月、NEC AMERICAに出向。その後は、伝送事業本部長や取締役支配人、NEC USAプレジデントを経験する。99年6月、常務取締役に就任。NECネットワークスカンパニー社長や取締役専務などを経て、04年6月、代表取締役副社長に就任。執行役員制にともない、05年3月に代表取締役執行役員副社長。06年4月、代表取締役執行役員社長に就任し現在に至る。