高度IT技術者の育成がカギ
──不況が底を打ち、景気回復の局面から始まる競争を制して生き残るには、具体的にどうすべきだとお考えですか。
浜口 自らの強み、得意分野を伸ばす経営戦略と、これに基づく人材育成がカギです。奇策があるわけではなく、基本に忠実に行動するしかありません。仕事が減って人材を確保しやすいという短絡的な見方がありますが、わたしは人材は今後も不足し続けると思っています。
情報サービス産業において、他社との差別化ができ、強みを伸ばしていくのは高度な技術力を持つ人材にほかなりません。「プログラムが書けます」程度の技術者の余剰感は強まっても、顧客の経営課題を解決できる高度IT技術者は常に不足しています。この部分の人材を集中的に育成していく必要があります。目先の売り上げや利益に目を奪われるのでなく、不況だからこそ高度IT技術者の育成に取り組むべきです。
──4月から、システムの完成度合いに応じて売り上げや利益を計上する工事進行基準が大手SIerの多くに適用されます。“成り行き管理”的なものは排除され、これまで以上にプロジェクト管理(PM)の能力が求められそうです。
浜口 PMも高度IT技術者の重要な一角です。プロジェクトがどこまで完成しているのかの見定めは、粗利益の適正管理に直結します。また、プロジェクトの計画そのものがしっかりしていなければ、進行の管理もままならない。極端な例ですが、一昔前にあったある公共団体のシステム一式を1円で落札し、受注後に中身を詰めるようなやり方は、もう通用しない。計画ありきで物事が進み、完成度合いに応じて売り上げや利益を計上するやり方は、ソフトウェアエンジニアリングの習熟度を高めるという観点からも評価できます。計画があって、進ちょく管理をしっかりやるのがエンジニアリングの基本。成り行き管理的なソフト開発の陋習(ろうしゅう)を撲滅するのに恰好の機会です。
──浜口さんは、以前から技術者の報酬体系をもっと柔軟にすべきと主張されていますね。
浜口 これから社会へ出ようという優秀な学生が、IT業界を避けるようではこの業界の将来はない。「3K」「5K」などと毛嫌いされるのではなく、「成功すれば大きな報酬を得られる」「自分の能力を生かせる」魅力ある業界にしなければなりません。
例えば、顧客との受注契約において、構築した情報システムによって一定の成功を得られれば、その度合いに応じて報酬を得られる成果報酬型の適用比率を増やし、このプロジェクトに参加した社員の報酬も同じように連動されることなどが考えられます。
──成功報酬型でプロジェクトを受注するのはIBMやアクセンチュアなど外資系ITベンダーでよくみられます。一方、国内ではメーカー系で一部やりましたが、うまくいきませんでした。
浜口 低い目標を立てて達成した人が評価され、チャレンジングな目標を達成できなかった人が評価されないというのは、おかしな評価制度です。あくまでも顧客企業の成功に基準を置くべきで、外資系はこうした報酬制度をうまく活用することで、優秀な人材を集める力を高めていますね。どうも、日本は他人の成功を妬む傾向があって、横並びに居心地のよさを感じてしまう。確かにプロジェクトはチームで遂行するものですが、すべての構成員が同じ仕事をしているわけではない。それぞれの役割に応じて報酬が違うのは自然なことです。海外のトップSIerを見ると、高い報酬を得る“ヒーロー(人材)像”をつくりだそうと努力しています。若者のリクルートに役立ちますし、社内での人材育成や活発な競争につながる。
不況の今、高度なIT技術者を育てられるかどうかで、景気回復後の成長に大きな差が出る。このことに間違いはありません。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「景気は必ず回復する」――。経済が好況と不況を繰り返すのは歴史が証明している。今回の不況も、「本当の底這いは1年、長くても2年」と、浜口友一会長は予測する。見方を変えれば、1~2年後には、再び成長に向けた熾烈な競争が始まるということだ。
高度IT技術者は不況の今でも「常に不足」しており、景気回復時に伸びるには「高度人材の育成に力を入れるべき」だと唱える。折しも、情報処理推進機構(IPA)の情報処理技術者試験が今年4月からITスキル標準(ITSS)と連動するようになった。技術者のすそ野を広げ、ITSSに基づいたキャリアパスを形成する環境整備がさらに進展する。
人材育成の観点から見れば、1~2年の期間は短すぎる。「人を育てるのに奇策はなく、基本に忠実に行動するしかない」。不況下だからこそ、目先の業績にとらわれない経営戦略が強く求められる。(寶)
プロフィール
浜口 友一
(はまぐち ともかず)1944年、徳島県生まれ。67年、京都大学工学部電気工学科卒業。同年、日本電信電話公社入社。95年、NTTデータ通信(現NTTデータ)取締役産業システム事業本部第一産業システム事業部長。96年、取締役経営企画部長。97年、常務取締役公共システム事業本部長。01年、NTTデータ副社長。03年、社長。07年、取締役相談役(現職)。同年、情報サービス産業協会(JISA)会長に就任。経済産業省産業構造審議会情報経済分科会「情報サービス・ソフトウェア小委員会」、同省商務情報政策局「高度情報化における情報システム・ソフトウェア信頼性及びセキュリティに関する研究会」。内閣官房IT担当室「IT戦略の今後の在り方に関する専門調査会」などの委員を務める。
会社紹介
情報サービス産業協会(JISA)は、主要SIerで組織される業界団体。正会員、賛助会員を合わせて700社余りが参加する。人材育成やソフトウェアエンジニアリングの推進、取引慣行の近代化など、情報サービス産業に共通した課題の解決や、政府に対する助言や意見表明などに取り組む。