ネットブックで世界的なヒットを飛ばした台湾アスーステックコンピュータ。ノートパソコンメーカーとしての認知度の高まりを足がかりに、悲願だった自社ブランドでの世界戦略を一気に加速させる。経済危機の混乱期のなか“危機は転機”と位置づけ、攻めの経営を推進。同社に大きなビジネスチャンスをもたらしたネットブック開発の陣頭指揮をとった台湾本社・沈振来CEOに話を聞いた。
安藤章司●取材/文 李復盛●写真
イノベーションが大切
──ネットブックで世界的なヒットを飛ばしました。日本でも“5万円パソコン”として定着しています。開発では陣頭指揮をとられたそうですが…。
沈 われわれ電機業界の構造的な問題なのですが、電子機器や半導体は断続的に価格が下がりますし、部材が余ると在庫調整圧力で収益が圧迫される。だったら最新の高価なスペックばかりを求めないで、手頃な価格でユーザーニーズを満たす製品をつくったらいいじゃないかと考えたわけです。2006年末から設計に着手し、翌年にはインターネット接続用の端末として十分な機能を備えたネットブック「Eee PC」の投入にこぎ着けました。
──2008年秋の世界同時不況に突入しても、ネットブックは粘り強く踏ん張っていますね。
沈 今回の急激な経済危機によって、われわれパソコン産業も大きな打撃を受けています。販売は鈍るし、部材は余り気味になるということで、厳しい状況は他の産業と変わりません。ですが、これを打開する方法の一つがネットブックのような新しいコンセプトではないでしょうか。部材の価格が安くなったのなら、安いパソコンを出せばいい──。そうすれば数をさばけますので、規模のメリットを生かしやすい。“危機を転機にする”発想ですよ。
──ネットブックは直近でどれほど出荷されているのですか。
沈 08年度(08年12月期)、ノートパソコン型の世界出荷台数は1000万台余りですが、うち半数をネットブックが占めています。マザーボードも2200万枚余りと堅調に推移しています。ネットブックは07年からスタートして、およそ2年で年間約500万台の出荷まで到達していますから、急成長したといってもいいでしょう。
ただし、世界同時不況の影響で昨年第4四半期(08年10─12月期)は、主力事業の部分で赤字になってしまいました。急激な事業環境の変化に対応できなかったことや、為替損失なども重なったことが原因。主力事業の売り上げや出荷台数は伸びましたが、利益面では落第点でした。今期(09年12月期)に入ってサプライチェーンの改善や為替のリスクヘッジなどの手を打ったことで、利益率が継続的に上向いています。売り上げ面では、単価が安くなっていることから主力事業で前年度比およそ10%増の見込みです。
──インテルやマイクロソフトなどキーコンポーネントを提供する会社も、ネットブックには前向きです。
沈 インテルが今後力を入れるという低消費電力のCULVプロセッサは、パソコンの新しい可能性を引き出してくれると思っています。ネットブックは、「薄い」「軽い」「電池の持ちがよい」の三つが売れるポイントになりますが、手ごろな価格の省エネ型CPUによって、ネット接続デバイスの可能性がより広がります。今後はネットブックを含むほぼすべてのノート型製品の電池の持ちを10時間以上にしていくことで、顧客のニーズに応えていきます。
──自社ブランド商品を開発する事業部門とOEMの製造部門を分けるなど、生産・開発体制で大きな変革をされていますね。
沈 昨年からこの二つの事業部門を明確に分けています。自社ブランド事業が目指す方向性と、OEMとは、やはりどうしてもベクトルが違ってきてしまいますから、しっかり区別したほうがいいと判断しました。OEMは、生産規模や効率性、納入価格、スピードが重視されるわけですが、自社ブランドは、どちらかといえば、マーケティングやイノベーション性が勝敗を分ける。もちろん、自社ブランドでも規模のメリットや効率性は重要ですが、それ以上にブランド価値を高めるためのイノベーションがとても大切なのです。
部材の価格が安くなったのなら、安いパソコンを出せばいい。“危機を転機にする”発想ですよ。
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