業務系コンサルの拡充がカギ
──これまでも産業を拡大させる取り組みは行ってきたわけですよね。金融・証券系のIT投資は復活する兆しがみえるなかで、果たして産業を伸ばせますか。
嶋本 今回の経済危機で、証券業界に事業基盤を依存する不安定さを痛感しましたし、こうした危機感は社内で共有されています。カギになるのは、当社の強みである戦略コンサルティングと、SIerの本業であるシステム構築の連携です。戦略コンサルティングでは、産業分野を含めた幅広い業種の有力企業を顧客にもっています。ここの顧客のIT投資をいかに取り込めるかが、産業分野でビジネスを拡大させるうえで欠かせません。
コンサルティングは、戦略系、業務系、IT系の主に三つに分けられるのですね。当社は戦略系とIT系には強いけれども、業務系が少し手薄だったように思います。業務系は顧客のなかに深く入り込まないと分からないところもあり、ややもすれば敬遠していたのかもしれません。戦略コンサルから入って、ITへ橋渡しするのには、業務コンサルを強くするしかありませんので、重点的に取り組みます。戦略コンサルティングから業務、ITへとスムーズにつなげていくために、有望顧客には担当役員を張り付け、円滑な移行を推進していく考えです。
──産業系の顧客との接点はあったものの、これをうまくSIにつなげられなかったということですか。
嶋本 そう指摘されても仕方ありませんね。例えば、戦略系のコンサルティングで3000万円の大型案件を受注したとしても、その後の数十億円、100億円超えのSI・アウトソーシング案件に結びつけられるかどうかがポイントになります。証券など深く入り込んでいる業種は、場合によっては顧客よりも業務を熟知していますが、産業系はそういうわけにはいきません。当社は、証券業では野村證券、流通サービス業ではセブン&アイ・ホールディングスという優良顧客をもたせてもらっていますが、産業分野ではまだこうした“業界の核”となる顧客が少ない。まずは、業界ごとの有力顧客と強固なパートナーシップを組み、顧客の業務に深く関われるよう、全力を挙げて取り組みます。
──グローバル進出はどうでしょう。 嶋本 アジア、とりわけ中国への進出を加速させます。多くの日系企業が進出していますし、中国の地場のIT投資も力強い。こうした新しい市場を開拓できるのか、勝算があるかないかという問題ではなく、踏み出していかないと話にならない。中国に“第二のNRI”をつくる意気込みで、現地での人材採用と育成を積極的に行います。
今年4月からは中国の政府系シンクタンク「中国国際経済交流センター」との共同研究を始めましたし、コンサルティングを中心とする現地法人NRI上海では、中国のユビキタスネットワーク戦略を推進する標準化委員会にも参加しています。この委員会への参加は日系企業としては初めで、外資系企業でもノキア、シスコシステムズに次いで3番目。ここでも、コンサルティングで接点を増やしつつ、SI・アウトソーシング系のビジネスとの両立を探っていきます。
──「ビジョン2015」を実現するのは、容易なことではなさそうです。
嶋本 少なくとも、過去の成功体験にもとづく延長線上ではダメだと思っています。旧野村総合研究所と旧の野村コンピュータシステムとが1988年に合併したときが“第二の創業”だとすれば、「ビジョン2015」は“第三の創業”です。第2の創業期では、コンサルティングとSI・アウトソーシングの両部門が、お互いに迷惑をかけないようにする“共生”の関係だとすれば、第3の創業期では“共創”、つまり共に創意工夫をしてビジネスを伸ばさなければなりません。これまでのNRIでは十分にできなかった新しい手法を確立させ、新生NRIを共に創り出す──。こうした意気込みでビジネスに臨めば、きっとうまくいきますよ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「乾坤一擲」は、野村総合研究所でよく使われる言葉だ。旧野村総合研究所と、旧野村コンピュータシステムが1988年に合併。「乾坤」に両社の「研」と「コン」をかけ、互いの強みを生かしたビジネスで勝負をかける意味をもつ。
嶋本正社長は、「成長軌道に戻すには、産業分野で幅広い有力顧客をもつ戦略コンサルティングとIT・アウトソーシングの連携が不可欠」と表明している。まさに研究所とコンピュータシステムの相乗効果を狙った“乾坤一擲”の初心を忘れるなというメッセージである。
自身はコンピュータの出身。合併直後、価値観や文化の違うコンサルティングの人たちと一緒に仕事をした時の驚きは、「今でも忘れない」と話す。この時に感じた「コンサルと情報システムを連携させることの可能性の大きさは、わたしの“原体験”として、現在につながっている」そうである。(寶)
プロフィール
嶋本 正
(しまもと ただし)1954年、和歌山県生まれ。76年、京都大学工学部卒業。同年、野村コンピュータシステム入社。88年、合併により野村総合研究所技術部に配属。01年、取締役情報技術本部長兼システム技術一部長。02年、執行役員情報技術本部長。04年、常務執行役員情報技術本部長。08年、専務執行役員事業部門統括。08年、代表取締役兼専務執行役員事業部門統括。10年4月1日、代表取締役社長に就任。
会社紹介
野村総合研究所(NRI)の2010年3月期の連結売上高は、前年度比0.4%減の3400億円、営業利益は同11.5%減の440億円の見通し。第3四半期まで(09年4~12月期)の累計売上高の業種別構成比は、証券業など金融サービス業が69.3%、流通業13.0%、その他産業などで17.7%を占める。流通・産業分野でのビジネス拡大に力を入れることで、金融分野への過度な依存度の軽減を進める。