バブル崩壊が日本をIT後進国に押しやった
──内山さんは、およそ30年もの間、IT産業を観察してきておられます。とくに企業のIT事情には詳しいとうかがっています。現在の日本企業のIT利用状況をどのように感じていますか。 内山 日本のユーザー企業は、諸外国に比べてかなり遅れを取ってしまいました。それは、バブルの崩壊に起因していると、私は思っています。バブルが崩壊する前、日本のユーザー企業はITの導入に積極的で、決して米国に引けを取っていなかった。しかし、バブル崩壊後、ITに費やすことができるお金や人、時間は徐々に減ってきた。2000年代に入ると「個人情報保護法」に対応するためのセキュリティ投資や、「日本版SOX法」に対応するための投資、いわゆる「守り」のお金が増加してしまって、ビジネスを伸ばすための投資がより少なくなってしまった。それもあって、米国にどんどん水を空けられてしまったのです。
私の分析では、バブル崩壊前、世界のIT産業規模のなかで、日本が占める割合は14%ありました。ですが、今は5%ほどです。アジアという一地域の小国としかみられていません。
──そんな深刻な日本のユーザー向けに、ITRは何を提案していますか。 内山 米国では、三歩先あるいは五歩先を見据えて、システムをダイナミックに刷新しようとしていますが、今の日本のユーザー企業にそれを実現する力は、残念ながらありません。局所的に徐々に改善していくことが求められます。ITRは、その局所改善の方法を提案しながら、それらをつなぎ合わせると全体が最適化されているというロードマップを作成して提供しています。
それと、投資対効果をしっかりとみせるようにしています。私も経営者ですから、効果がはっきりしないものに投資はしないという企業トップの気持ちはよくわかります。ユーザー企業にはIT投資の意思決定ができる情報を提供することを重視しています。定量データや事例、「将来はこうなる」という明確なビジョンを示しています。
もう一つが、ITベンダーに依存しないようにするための情報を提供すること。日本の情報システム部門は小さいですから、どうしてもSIerに頼りがちです。そうなると、ユーザーが自分の思うようにできないケースがある。たとえマンパワーが乏しくても、ユーザー企業がベンダーをコントロールするようにすることが重要です。そのための支援を私たちは情報の提供で行っています。
ユーザーもベンダーも世界で戦えるか
──ITベンダーについていえば、日本のITベンダーは世界に比べてどの程度の力をもっているとみていますか。 内山 少しきつい言い方をすれば、これまで日本のユーザー企業がITベンダーに厳しく要求してこなかったから、ITベンダーは「ぬるま湯」に浸かってしまったと思います。
今後の勝負は、ユーザーもベンダーも世界で戦っていけるかです。私の観点でいえば、現時点で世界に出て活躍することができるSIerは、NTTデータくらいでしょう。
──日本のITベンダーは、今後どうするべきか。内山さんの考えを聞かせてください。 内山 まず絶対条件として、ユーザー企業と直接取引できるプライムベンダーであること。下請け開発プロジェクトは、今後はもっと仕事が減って、利幅が小さくなります。下請けしかやっていないITベンダーの生き残りは、難しいでしょう。
プライムベンダーであることを前提にして、考えられる選択肢は三つあります。一つは世界に進出すること。日本のITサービス力は、決して弱いとは思えません。飽和した日本のマーケットよりも、これから成長する海外に視野を広げてチャレンジすることに価値があります。
二つ目の選択肢は、ユーザー企業の特定業務・業種を極めることです。絞られた領域であったとしても、ユーザーの業務を知りつくしたうえで、それに適したITを提案できれば、受け入れられる可能性が高まります。
そして、最後がオープンソースソフトウェア(OSS)です。ソフトメーカーのパッケージを活用したSIは、競合会社との差異化を見出しにくく、利益が確保できなくなるおそれがあります。極端なことをいえば、技術力のあるユーザー企業は、SIerに頼まなくてもソフトメーカーから直接購入して導入するケースが増える。そんななかで、成長の可能性があるのがOSSです。OSSは、ユーザー企業が自らの力だけで扱うには、ハードルの高いテクノロジーです。ユーザー企業は、OSSにはまだITベンダーの力を借りたいと思っていますし、ITベンダーは技術力で差異化することもできる。武器になる可能性は十分にあります。
──内山さんは、業界発展のためにボランティアの一環として「内山塾」という人材育成プロジェクトを進めています。もう5年になりますね。 内山 先ほどもお話ししたように、今後生き残っていくためには、ユーザー企業もITベンダーも国際競争力をもつこと。私は、日本の企業に世界の舞台で活躍してもらいたいんです。そのためには、将来を担う若い人材を育てることが大切です。内山塾では、買う側と売る側のスキルを身につける自己研鑽の場で、すでに卒業生は320人を超えています。いつか、内山塾の卒業生たちが、IT業界をけん引するような状況になれば幸せですね。
・FAVORITE TOOL 「BURBERRY」のビジネスバッグ。「とくにこだわりはないんだけど、気がついたらずっと『BURBERRY』」とか。写真のバッグは6代目。ちなみにパソコンは持ち歩かない。会社の外では仕事しない主義で「オフィスから出たら仕事を忘れる。オフタイムは、特別なことがない限り、電話に出ないしメールも見ない」という。
眼光紙背 ~取材を終えて~
代表取締役でプリンシパル・アナリストの内山悟志さんは、質問に対して一つひとつゆっくりと答える。専門用語をあまり使わず、誰にもわかるように丁寧に説明する。ITRのトップでありながら、今でもアナリストとしての講演依頼が後を絶たない理由がよくわかった。柔らかい雰囲気と、丁寧な語り口は、内山さんの持ち味だろう。
ITRの企業規模は、実はそれほど大きくはない。来年で設立して20年を迎えるが、社員は20人ほど。内山さんのネームバリューとスキル、ITRのユニークなサービスを考えれば、規模がもっと大きくてもいいのではないか、と記者は思っていた。およそ1時間のインタビューを終えて感じたことは、勝手な思い込みであることを承知でいえば、「自社の規模拡大にはあまり関心がないのではないか」。インタビューのなかで、内山さんが最も楽しそうに話したことは、内山塾についてだった。IT業界を観察し続けて約30年。内山さんは、企業の経営者という枠を越えて、業界の発展を考えているように感じた。(鈎)
プロフィール
内山 悟志
内山 悟志(うちやま さとし)
1959年6月、長崎県生まれ。富山大学大学院理学研究科修士課程修了。外資系企業の情報システム部門でSE業務に従事した後、1989年に調査会社のデータクエスト・ジャパンに移籍。IT産業の調査・分析、ITベンダーの戦略策定に携わる。94年に独立して、情報技術研究所(現ITR)を設立し、代表取締役に就任。プリンシパル・アナリストを兼務する。主な著書に「TCO経営革新」(生産性出版)、「名前だけのITコンサルなんていらない」(翔泳社)がある。
会社紹介
IT調査会社のITRは、1994年に情報技術研究所として設立(97年に現社名に変更)された。調査・分析レポートを発行するほか、データをもとにしてユーザー企業にコンサルティングサービスを提供する。ガートナーやメタグループ、フォレスター リサーチといった米国のIT調査会社と業務提携。米国のIT事情を取り入れた調査・分析、コンサルティングサービスを提供する。