パーソナルデータは有用な経営資源
──現政権は成長戦略の柱として「世界最高水準のIT社会実現」を掲げており、新たなIT戦略案もすでに取りまとめました。マイナンバーによる行政の効率化や新産業創出のほかに、ビッグデータ、オープンデータの利活用なども注目されていますが、経産省としてとくに強調したい点は? 三又 新戦略の目玉の一つが、民間企業におけるパーソナルデータの利活用について、標準化や指針類の作成、審査・認証・助言機関の設置といった施策の方向性を打ち出したことです。
海外では、消費者のパーソナルデータをはじめとするさまざまなデータを企業が新たな経営資源として活用して、新ビジネスの創出につなげる動きが活発になっていますが、日本の企業は従来型の販売・財務データの分析にとどまっている例が圧倒的に多い。これは、日本の企業が、パーソナルデータを活用することについて、プライバシーや個人情報保護の観点からビジネス上のリスクだと考えているからです。
しかし、パーソナルデータが有用な経営資源であることは間違いないわけで、経済産業省では、その利活用を進めるうえでの課題を抽出し、解決策を検討してきました。その成果が新IT戦略にも反映されたかたちです。これは、マイナンバーと民間サービスの連携にも関連してくる重要な施策です。
──検討の内容をもう少し詳しく教えていただけますか。 三又 これまで議論してきたのは、主にパーソナルデータの収集に関して、企業に求められる取り組みについてです。消費者側が、インターネットなどを通じて収集される情報項目や利用目的に対して、納得、受容する必要がありますので、そのための制度設計を検討したということです。
もちろん、これから議論しなければならない課題はまだまだたくさんあって、データ管理・分析のプロセスで、匿名化技術をどう位置づけるかなどは難しい問題です。ただ、最終的に最も大事なことは、パーソナルデータを利活用したオプトアウト(ユーザーの許可を得ずに、広告・宣伝メールを送る行為で、現在は禁止されている)を可能にすることです。これがクリアされるだけで、ビジネスのポテンシャルは飛躍的に高まると考えています。
ベンダーロックインに縛られるな
──情報サービス産業の発展という意味では、あらゆるデータを連携させることで新しいビジネスを生み出していくことに活路を見出すべきと考えておられるということでしょうか。 三又 そうですね。消費者のパーソナルデータも含めて、たくさんのデータを収集できるビジネス形態の企業には大いに期待しています。
ただし、海外では、Googleやアマゾンなど、プラットフォーマー型の企業が巨大ビジネスを展開しているわけですが、日本のマーケットで現象面だけ真似ようと思ってもうまくいかないでしょう。社会構造、雇用のあり方、個人のキャリア形成の仕方、企業と大学の関係など、違いがあまりに大きい。日本らしいやり方を模索する必要があります。
──「日本らしいやり方」とは、具体的にはどのようなイメージですか。 三又 いろいろ要素はありますが、例えば製造業にアドバンテージがあるのは確かでしょう。しかし近年、付加価値をどう発揮するかという点で世界の市場に後れを取っている傾向があります。ここにサービス業なども巻き込んで、ITの力で業種横断的なデータの連携・活用を実現して、新たな付加価値を注入していく。これは巨大なビジネスに発展していく可能性があります。
その際、誰がイニシアチブを取るかはケース・バイ・ケースでしょうが、いずれにしても、巨大企業が1社で革新的なビジネスモデルを提示するというよりは、各分野の既存のプレーヤーの連携をベースにして、いろいろな脱皮のしかたを考えていくのが日本では現実的だと思います。
──インターネットサービス企業などはともかく、ITベンダーはそうした潮流に乗ることができるでしょうか。 三又 国内のITベンダーについては、ベンダーロックインに自らのビジネスがロックインされてしまっているのではないかという懸念があります。システムという観点でみると、少数の大手ベンダーがテリトリーをつくって全体を支配している印象です。
しかし、ビッグデータの活用を考えてみても、潜在しているマーケットを掘り起こしていくためには、いろいろな立場の事業者が横断的につながってデータを収集・分析・活用していくスキームをつくることが大事です。ユーザーを閉じた世界に囲い込むビジネスモデルから早く脱却して、大きな時代の変革に乗り遅れないでほしい。
経産省では、ITベンダー、ユーザーなどが横のつながりをもって、一緒に一つのソリューションを検討し、新たな産業を創出する「IT融合」を一昨年から重点施策として推進しており、現在、医療、エネルギー、都市交通、農業などの分野で18の実証開発プロジェクトを行っています。
例えば医療の分野だと、アルツハイマーの原因を突き止める検証や、シフトレバーを握ったときに体温や脈で健康状態把握する技術の開発などが成果を出しつつあります。
何度も申し上げますが、日本は「強みの集合体」で世界と勝負すべきです。ITベンダーにとっても、業界内外を問わず、他者と「つながる」ことがキーポイントになるはずです。
・FAVORITE TOOL 名刺認識管理アプリケーション「CamCard」を活用している。iPhoneやiPadでスキャンすると、文字認識され、iCloud上で管理している連絡帳にデータが送信される。「名刺管理の悩みをテクノロジーが解決してくれた」と使い勝手には太鼓判を押す。愛用のiPhoneとiPadで、暇をみつけては過去の名刺も整理している。
眼光紙背 ~取材を終えて~
国のIT関連施策においては、主に関連産業の育成を担うのが経産省だが、三又課長は「10年くらい前から、経産省のIT施策は、情報サービス産業のためだけのものではなくなっている」と話す。IT利活用のすそ野を広げるために、ユーザーを意識した施策にシフトしており、「IT融合」もその一環というわけだ。「情報サービス産業が成熟化し、停滞するなかで、ユーザーを巻き込むことは、大きな変革のチャンスになる」と強調する。
既存のITベンダーに対しては、時代の変化に適応できていないのではという厳しい指摘も。「おもしろい人材がいるのはITの周辺」とも話す。ベンダー側の論理だけでは市場の成長は望めないということだろう。
一方で、2000年代中盤から、経産省に限らず、国のIT関連施策が迷走を重ねたのも確かだ。政府の新たなIT戦略も含め、現在の施策にはその反省が少なからず反映されている。あとはこれらがどのように実行されるか。産業界も受け身ではなく、積極的に要望を発信しながら見守っていく必要がある。(霞)
プロフィール
三又 裕生
三又 裕生(みつまた ひろき)
1964年、東京都生まれ。87年、東京大学法学部卒業、通商産業省(現経済産業省)入省。電子機器課などで勤務した後、ワシントン大学、ハーバード大学に留学。帰国後は大臣官房会計課企画調査官、経済産業政策局政策企画官、JETROニューヨークセンター産業調査員、原子力政策課長などを経て、2011年7月から現職。
会社紹介
経済産業省のIT関連施策の取りまとめを担い、「IT産業の競争力強化」「ITユーザーの競争力強化」「情報経済社会の環境整備」を施策の三本柱に据えている。マイナンバー制度やオープンデータについて府省間の議論をリードするとともに、ITベンダー、ユーザーが連携してデータ資産を活用する「IT融合」も重点施策として推進している。