日本市場に特化したビジネスモデル
──御社のアウトソーシング事業の強みは、どういった点にあるのでしょうか。 グエン 日本市場向けに特化していることが一番ですね。当社は、00年から13年間をかけて積極的に投資を行ってきました。人材面では、従業員向けの日本語の教育のほか、持ち株会社のFPTコーポレーションが運営しているFPT大学では、学生の段階から日本向けのIT技術者を育成しています。欧米では、案件を受注する前に技術仕様が確定しているケースが多いですが、日本の場合は、案件が動き始めてから、頻繁に仕様が変更されます。当社では、こうした技術仕様の変更にも柔軟に対応できるようにしているのです。
また、当社は東南アジアで初めてCMMI5(能力成熟度モデル統合)を取得した企業で、高い品質を提供することができます。
近年では、クラウドやビッグデータ、ソーシャルなどがITのトレンドになっていますが、こうした新しい技術への需要にも応えられるように、技術者を育成しています。開発言語などに関するトレーニングを全社員に対して施しているのです。
──日本語の習得や、技術力の向上はアウトソーシング事業を手がける他のベトナムの企業も取り組んでいることですが、御社ならではの特徴といえばどんなところですか。 グエン 一つは、従業員が若いことです。ベトナムは若者が人口の約6割を占めていて、平均年齢は約28歳ですが、当社の従業員の平均年齢はそれよりも若い26.8歳です。課長以下は20代がほとんどで、部長職でも30代が中心です。従業員みんなが会社をファミリーと考えていて、部下と上司の関係がすごくいい。だからこそ、仕事をスムーズにこなすことができるのです。
もう一つは、日本の伝統や文化を積極的に学ぶ企業風土を形成していることです。書道、茶道、アニメ、それによさこいなど、日本の文化を学ぶ部活動を積極的に進めていて、ほとんどの従業員が参加しています。ハノイ市の本社には和室があるほどです。この企業文化は、お客様から「独特だね」といわれることが多いですね。
──日系IT企業で、とくに結びつきの強い企業はありますか。また、その企業とどのような事業を推進しておられますか。 グエン 日本で事業を開始した当時からNTTアイティとおつき合いさせていただいてきて、現在でも当社にとっての大事なお客様です。また、現在、最も取引のボリュームが大きいのは、日立グループです。03年から取引をさせていただいていて、当社の従業員の約1000人が日立グループ関連のプロジェクトに携わっています。
日本でおつき合いのあるIT企業の数は、現在、100社に到達しています。近年は、お客様が海外に進出される際のシステム構築などの面でお手伝いさせていただくケースが増えています。当社は東南アジアでは最も大きなソフト開発企業ですし、欧米や豪州など、海外9か国に拠点を設けています。こうした拠点を生かして、ソフト開発のアウトソーシングだけでなく、日本のお客様のそばを離れずに、海外で一緒にITサービスを展開していきたいと考えています。
──12年の9月に日本と中国が政治的に衝突して以来、投資を東南アジアにシフトする日系IT企業が増えています。御社にもそうした影響はありますか。 グエン かねてからチャイナリスクといわれてきましたが、確かに最近ではそうした動きによって、情報漏えい対策として、高いセキュリティが求められるソフト開発案件をベトナムに移している企業はあります。例えば、ハードウェアの生産は中国で行い、ソフトウェア開発はベトナムに移すといった具合です。実際に、最近、中国で10年以上ソフト開発をアウトソーシングしていた企業と、当社は長期的な契約を結んでいます。
ベトナムの総力をあげて日本を開拓
──ベトナム国内でアウトソーシング事業を手がける企業が増えています。御社としては競合が増えることになりますが、意識している企業はありますか。 グエン 実は、競合とはまったく考えていません。むしろ、ベトナムのソフト開発企業が一丸となって、日本からの案件を獲得できるように当社が引っ張っていこうとしています。例えば、今年2月には、日本で開かれたベトナムのIT関連イベントに複数のベトナムの企業と参加して、日系IT企業に対してアピールしました。日本のアウトソーシング市場は当社だけではカバーし切れませんので、ベトナムの企業と協力して進めていって、ベトナムの経済発展に貢献したいと考えています。
──売上高1億ドルが大きな区切りだとは思いますが、今後の目標ついて教えてください。 グエン おっしゃる通り、1億ドルが今年度の売上目標です。上半期が終了して、ここまでは目標数値を達成できている状況です。下期もある程度はみえていますので、達成できると思います。
ただ、売上高だけが目標ではありません。これからも日本のお客様と一緒にビジネスを推進していきたいと考えていますので、従業員の質の向上に努め、納期などの要求にも確実に応えられるようにしたい。また、引き続き人員も増強していきます。昨年度末から上半期にかけて500人ほど拡充しましたが、年度末に向けて、もう500人ほど増やしていく予定です。
・FAVORITE TOOL 日本や欧米などの9か国に拠点を構えていて、出張する機会が多いグエン社長は、iPhoneを使って仕事上の連絡を取っている。また、Salesforce.comを導入しており、iPhone上から経営状況をリアルタイムに把握できるようにしている。
眼光紙背 ~取材を終えて~
今、オフショア開発先としてベトナムが注目されているが、グエン社長は「中国との差異化は難しく、日系IT企業にとって、ベトナムはあくまで『チャイナプラスワン』の位置づけ。オフショア開発の相手国として、中国にとって代わることは困難だ」とみている。実際、日系IT企業のオフショア開発の相手国は、中国が約8割を占めている。これまで中国を相手にオフショア開発を手がけてきた日系IT企業が、自社の業務ノウハウを熟知した現地パートナーから発注先を簡単に乗り換えるとは考えにくい。
ベトナムでは、日系IT企業の発注先がFPTソフトウェア1社に集中している状況にある。その影響もあってか、FPTソフトウェアを除いて、ベトナムで対日オフショア開発を手がける企業は、従業員数300人程度が最大規模というのが現状だ。ただ、ベトナムのIT産業が発展するためには、1社が成長しているだけでは効果が薄い。その意味で、競合と捉えず、ソフト開発企業の総力を挙げて案件を獲得しようとするグエン社長の姿勢は理にかなっているといえる。(道)
プロフィール
グエン・タン・ラム
グエン・タン・ラム(Nguyen Thanh Lam)
1995年にドレスデン技術大学の情報学士号、99年にミュンヘン大学の経営学士号を取得。00年、FPTソフトウェアに入社し、ハノイ市、ホーチミン市、日本などの拠点で、ソフトウェアプロジェクトマネージャーなどの重責を果たした。04年にFPTソフトウェアホーチミン支社の副支社長、09年にFPTジャパン代表取締役社長、10年にFPTソフトウェアホーチミン支社の支社長、11年にFPTソフトウェア副社長を歴任し、12年1月1日、代表取締役社長に就任。
会社紹介
1999年1月13日設立。ベトナム最大手のソフトウェアアウトソーシング会社で、約5000人(13年7月現在)の従業員を抱える。12年度(12年12月期)の売上高は、前年度比31%増の8150万USドル。ベトナムのほか、日本、米、仏、独など9か国に子会社・営業所を構える。グローバル比率は日本が57%を占め、米国が約20%、ヨーロッパが約10%、残りがその他地域となっている。