ITベンダーは社員の教育をもっと重視すべき
──三つ目のポイントは? 組織体制の見直しですか。 イェッター もう一つは、社員の教育です。これにはかなりエネルギーを使いました。成長をドライブするための日本IBMのスタッフを、大型イベント施設に集めて、日本IBMのスタッフとしての行動規範から、リーダーとして身につけるべきスキル、競争に勝つ方法などを伝えるイベントを頻繁に開き、徹底的に教えます。規模は1500人だったり、4000人だったりと、かなり大きなものです。遠隔地からモバイル端末を通じて学ぶ環境も増強して、トレーニングする機会をたくさん設けました。
──三つのフォーカスポイントのなかでも、イェッター社長の言葉に最も力がこもっているのは「教育」のような気がします。 イェッター IT産業は、他産業よりも社員の教育に力を入れるべき。「終身学習」をもっと考える必要があると思っています。なぜなら、他産業に比べて動きが激しいので、学ばなければならないことが多いからです。新しい技術が出てきてもすぐに陳腐化してしまい、ニーズの移り変わりも速い。しかも、その速度は年々増しています。これまでは、大きな転換が5年くらいのサイクルでしたが、今は1~2年でやってくるといっても過言ではありません。そんな状況なのに、競争は日増しに激しくなっている。進化するテクノロジーと移り変わるニーズをキャッチアップして、臨機応変に戦う術を変えていくためには、常に学んでいなければなりません。
──イェッター社長は欧州や中東、米国のIBMの事情もよくご存じです。そこまで力を入れるのは、他国のIBMスタッフに比べて日本は劣っているということですか。 イェッター いや、そうではありません。むしろ、日本のトレーニング内容は、他国のそれよりも充実しています。新しい教育プランを日本IBMが先行して推進し、効果があるものは、他国に移植することだってあるぐらいですから。
チャネル政策についてはかなりの時間をかけて決断した
──昨年度のポイントを聞かせていただきましたが、私が感じた2013年で最も大きい日本IBMのトピックスは、間接販売(チャネルビジネス)の見直しです。VAD(付加価値ディストリビュータ)をイグアスなどの3社に絞り、多くのパートナーはこの3社から商品を流通する仕組みに変える方針を固めたことには驚きました。 イェッター チャネル政策については、相当の時間をかけて熟慮し、決断しました。
──日本はチャネルビジネスが盛んで、他の国にはない独特の流通構造をもっています。これまでの日本IBMはその流れを捉えて、外資系でありながらもドメスティックな経営手法を重視してきた。その結果、多くのパートナーを獲得し、日本の競合ベンダーに負けない強固な販売網を築いたのだと私は認識しています。それが2014年以降は大幅に変わり、グローバル共通のやり方が日本に移植されることになります。パートナーのなかには、すでに日本IBMと直接触れ合う機会が減って、不満を漏らす企業も少なからずいますが……。 イェッター 日本IBMが複数のパートナーと直接関係をもつべきかどうかについては、懸命に考えました。考えに考えたうえでの結論です。そして、これだけは自信をもって断言できます。今回のチャネルビジネスの見直しは、パートナーの皆さんにとって、これまで以上に価値を提供することができる仕組みであると。パートナーのなかには、表面上、日本IBMとの関係が薄くなると感じる方がいらっしゃるかもしれませんが、決してそうではありません。
『週刊BCN』の主な読者が、SIerやディストリビュータの皆さんということですので、私のメッセージを届けさせてください。
これまで日本IBMと協業していただいているパートナーの皆さんに心から感謝の気持ちを申し上げたい。そして、日本IBMは今後も継続してチャネルビジネスを推進しますし、パートナーを支援し続けます。首都圏だけでなく、日本全国レベルでサポートしていきます。
──2014年はパートナーの支援に関する投資を増やすつもりですか。 イェッター はい。パートナーの数やビジネスが増えれば、当然、増額します。
──チャネル体制の見直しの成果が出るのは、2014年ですね。動向を見守っていきます。最後に、来年の主な投資先を教えてください。 イェッター 基本的には、2013年に進めた施策を継続・強化します。教育、クラウドを中心とする成長領域、組織体制の強化を進めます。人員も増強するつもりです。私たちは常に新しい人材を欲していますから。

‘チャネルビジネスの見直しはかなりの時間をかけて考えた結果です。パートナーにこれまで以上の価値を提供できる仕組みだと思っています。’<“KEY PERSON”の愛用品>肌身離さずの三つのアイテム ビジネスに不可欠な万年筆とノート、名刺入れ。万年筆はIBM本社に在籍していた時にプレゼントしてもらったもの。ノートは四半期が終わるたびに買い替えている。中を見せてもらったら、大量の数字が小さい字でびっしり。
眼光紙背 ~取材を終えて~
イェッター社長への単独インタビューは、今回が初めてだった。表情をほとんど変えず、目をそらさずに、ゆっくり淡々と話す人である。穏やかな人柄という印象をもった。そんな雰囲気の持ち主が力強く語ったのは、社員の教育だった。
日本IBMを辞めて、他社に移籍したり独立したりした人が私の周囲には多いが、共通して口にするのが「若い時にIBMに籍を置いていてよかった」。社会人としての振る舞い方、仕事の取り組み方といった基本を身につけることができたという。
IBMが常にIT業界のリーダーである理由は、先を読む力と決断力。そんな経営陣の手腕がIBMの強さの源のように思っていたが、今回のインタビューを通じて、それらに加えて、現場を育て上げる意識が高く、そこに投資と時間を惜しんでいないことが実を結んでいると強く感じた。思い切った人員整理を断行するが、その一方では籍を置くスタッフには手厚い教育を施す。その姿勢がIBMを支えているのだろう。(鈎)
プロフィール
マーティン・イェッター
マーティン・イェッター(Martin Jetter)
ドイツ生まれ。シュトゥットガルト大学工学部を卒業し、同大学機械工学修士課程修了。1986年、ドイツIBMに入社。アプリケーション・エンジニアとしてソフト開発に従事。99年、米IBMに移り、会長兼CEO補佐に就任。00年、ドイツIBMに戻り、プロダクト・デザイン・マネジメント担当ゼネラル・マネージャー。04年、IBM中東ヨーロッパでグローバル・ビジネス・サービス事業を担当。11年、米IBMに移籍。コーポレート・ストラテジー担当バイス・プレジデント兼エンタープライズ・イニシアチブ担当ゼネラル・マネージャーを務める。12年4月、日本IBM取締役。同年5月、代表取締役社長に就任。
会社紹介
米IBMの日本法人として1937年に設立。2012年度(12年12月期)の業績は、売上高が前年度比2.1%減の8499億3400万円、当期純利益は54.7%増の422億900万円(13年度はまだ発表されてない)。企業ビジョンは、ITの活用で豊かな社会を創造するという意味の「Smarter Planet」。米本社は1911年設立。12年度の売上高は約10兆7600億円。