日本IBMは、販売店との直接取引を年内で終わらせる。年明けから、原則として主要VAD(付加価値ディストリビュータ)3社を経由して商材を卸す商流に切り替える。これによって主要VAD合計の売り上げは単純計算で倍増する見通しで、VADの規模を拡大させることでIBM製品のシェア拡大につなげるのが狙いだ。国内VADは米国などに比べて規模が小さく、日本IBMが本来想定していた付加価値機能を十分に果たしていない側面があった。これを改めることで、IBM商流の活性化につなげる。(安藤章司)
日本IBMの販売パートナー経由での販売は、いわゆる「IBM特約店」を通じて行われてきた。2000年代中頃から米国で実践してきた付加価値ディストリビューション方式を国内に導入。JBCCホールディングスグループのイグアスをはじめとするVAD会社が発足し、一部IBM特約店=販売パートナーがVAD経由で商品を仕入れる方式に切り替えてきた経緯がある。しかし、実際は有力販売パートナーを中心に、今でも日本IBMと直接取引を行っており、VADと重複した複雑な商流形態が温存されたままであった。
具体的には、日本IBMの販売パートナー200社余りのうち約20社が、日本IBMと直取引を行い、金額ベースでは日本IBMのパートナー事業の約半分を占めるといわれている。つまり、中小の販売パートナーがVAD経由でIBM商材を仕入れ、大手は直取引という形態が残されていた。「これでは国内でのVADは十分に育たず、結果としてパートナービジネスの拡大や、エンドユーザーの満足度向上につながらない」(日本IBMの入澤由典・パートナー事業担当執行役員)状態だった。
そこで、日本IBMは、2014年1月1日から同社連結子会社などの例外を除き、販売パートナーとの直取引を中止して、VAD経由での商流に完全に切り替える。これによってパートナービジネスの金額で約半分を占めてきた有力販売パートナーがVADの経由でIBMを商材を仕入れることになるため、単純計算ベースで主要VADの売上高は倍増することになる。
ハードウェアを扱う主要VADは、現在、イグアス、日本情報通信(NI+C)、トッパンエムアンドアイの3社で、トッパンエムアンドアイは10月1日付でVAD事業会社のグロスディーを設立し、NI+Cは年内をめどにVAD新会社を立ち上げる予定だ。トッパンエムアンドアイとNI+Cは、これまで自社の一事業部としてVAD事業部門を運営してきたが、そもそもSIerである両社はIBM販売パートナーとはライバル関係にある。ライバルの一事業部門から商品を仕入れるのは、大手になればなるほど困難であることから、独立させることで公平性を担保する。
NI+Cはこれまで日本IBMとの直取引パートナーの1社だったが、来年からは年内設立予定のVAD新会社経由で商材を仕入れる方式に改める。また、新たにVAD新会社と取引を始める販売パートナーが増えることが見込まれることになり、「VAD事業の売り上げは倍増する」(NI+Cの花井貢・取締役パートナー事業担当)見通しだ。
主要3VADのうち、どのVADから商品を引くのかは、販売パートナーが決める事柄であって、流動的な側面がある。例えば、従来はNI+Cから商材を引いてきた日本オフィス・システム(NOS)は、2012年に兼松エレクトロニクス(KEL)の連結子会社となり、しかもKELが東京日産コンピュータシステムとともに、トッパンエムアンドアイのグロスディー設立の出資会社となったので、必然的にグロスディーから商材を引くことになる。ほかにも「水面下で販売パートナーの誘致合戦が繰り広げられている」(VAD関係者)と、商流再編に伴う主要VADの勢力図が塗り替えられようとしている。
ただ、いくらVAD勢力図が変わろうとも、これだけでは「日本IBMのパートナー事業」というトータルな括りでみれば売り上げは増えない。VAD主要3社が今回の規模の拡大を足がかりに、販売パートナー支援能力を高めなければ、日本IBMの本来の狙いであるIBM商材のシェアを高めることにつなげられない。米国のVADの代表格とされるAvnet(アヴネット)は、ディストリビューション事業だけでも1兆円規模はあるとされ、日本と中国を除く世界主要市場に展開している。国内最大手IBMソリューションプロバイダのJBグループへの商材供給を行っているイグアスですら、VAD事業は数百億円規模なので、差は歴然としている。
イグアスの矢花達也社長は、「少なくとも1000億円以上の規模がなければ、ディストリビュータとはいえない」と断言。規模の拡大によって体力を高め、販売パートナー支援を一段と手厚くすることで競争力向上を狙う。VADは単なるディストリビューションではなく、販売パートナーのビジネスが伸びるようさまざまな付加価値を提供するものだ。VAD主要3社が競い合うことでパートナー支援が質・量ともに向上すれば、日本IBMのパートナー事業そのものの拡大が期待できる。
伝統的に弱い中小企業向け事業
上位VADへの集約も 競わせて伸ばすしたたかさ
日本IBMは中堅・中小企業向けのビジネスが伝統的に弱い。だからこそ「IBM特約店」なる制度をつくり全国販売網を構築してきた。「IBM特約店」で構成する販売パートナー会「愛徳会」のメンバーをみると、地方の名士が名を連ねており、日本IBMがいかに“ローカルキング”と呼ばれる実力者を味方につけてきたかを物語っている。
だが、国内市場の成熟化が進み、地方市場の伸び悩みが顕在化してくると、かつての特約店制度そのものが制度疲労を起こすようになる。そこでVAD方式を日本にも持ち込んだわけだが、日本IBMと直取引する有力特約店とVADが併存するかたちとなり、日本IBMのパートナー支援もどっちつかずの中途半端なものになっていた。今回のVAD商流への原則切り替えによって「世界のVAD支援プログラムを国内にも完全なかたちで適用できることになり、VADを軸としたパートナー事業へ重点的に投資できる」(入澤パートナー事業担当執行役員)と意気込む。
今後のポイントは、VAD主要3社がどう競い合うかにある。米国は大手3社程度に実質集約されているといい、限られた日本市場では「VADは2社で十分」(VAD関係幹部)という声も聞こえてくる。あるいは、より大きな資本をもつ事業者がVADへ参入する可能性もゼロではない。IBMからみれば、パソコンやスマートデバイス、業務アプリケーションなど、IBMがもっていない商材をVADに補完させつつ、VAD同士を競わせることでパートナー事業を伸ばすしたたかな戦略といえる。