米IBM(ジニー・ロメッティCEO)は、米ネバダ州ラスベガスで開いたビジネス・パートナー(BP)向け年次イベントで、BPに提供する「報奨金プログラム」の倍増計画や、新しいバイヤー(買い手)の開拓、クラウド・サービス事業者向け施策の強化など、新戦略を明らかにした。現体制下の中期経営計画を実行するために、企業のITシステム担当部門に加え、新しい窓口となる顧客層やクラウド・サービスを提供するプレーヤーを獲得し、同社の「新時代のコンピューティング」で市場拡大を目指す。米国とは異なるIT市場環境や「商流」が存在する日本だが、今回の戦略に対応するために、日本IBM(マーティン・イェッター社長)や国内BPは変革を迫られそうだ。(谷畑良胤)
新戦略は、2月25日から4日間、米IBMが開いた年次イベント「IBM PartnerWorld Leadership Conference 2013(PWLC)」で、同社幹部らがセッションや単独取材を通じて明らかにした。同社が2008年秋に打ち出した「Smarter Planet(スマーター・プラネット)」戦略は、今年で5年目。前CEOからこの戦略を引き継いだロメッティCEOは、2015年までに株価(米国市場)を20ドル(現在約13ドル)に引き上げ、ソフト販売を売上高の半分にすることなどを掲げている。そのうえで、コンピューティングの進化にとどまらず、「ITに直接関係のない」新たな顧客層や成長市場の開拓、BPに対する報奨金や教育プログラムの強化に向けて、大規模な投資をする方針だ。
同社が成長分野と位置づけているのは、「ビジネスアナリティクス」「クラウド」「モバイル」「ソーシャル」の4分野だ。この分野で、「顧客のビジネスを変革するITの新しい価値を、前例のないやり方で追求する」と、グローバル・ビジネス・パートナー担当のマーク・ヘネシー ゼネラルマネージャーは宣言した。
そのためには、垂直統合型システム「PureSystems」や高度な自然言語処理を実現するPower搭載の「Watson(ワトソン)」ベースの新サーバー製品などを中核に、製品ポートフォリオを抜本的に見直すほか、ユーザー企業内の「新しい価値を求める新たな担当責任者」(同)を掘り起こし、BPと共同で市場占有率を高める。また、マネージド・サービス・プロバイダ(MSP)と呼ぶ、クラウドサービス事業者に対し、同社の新時代のITインフラを提供し、MSPと共同でユーザー企業を拡大する。
「新たな顧客層」としては、これら成長分野に加え、企業内で市場戦略を構築するCMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)やCFO(チーフ・ファイナンシャル・オフィサー)など、ITシステム担当者以外の幹部を想定している。この層のリード(見込み客)獲得策を推進し、BPに対してそれを提供する。これについて、流通卸の責任者であるブルーノ・デ・レオ シニアバイスプレジデントは「これからのコンピューティングは、バックオフィス業務の効率化にとどまらず、ビジネスの第一線へと適用が広がる。CMOなどが新しい顧客層として拡大すれば、BPの重要性は増す」と、企業内でITに従事していなくても、経営やマーケティング視点でITを使う顧客層にアプローチすることを強調した。そのためにIBMは、高性能なITインフラだけを提供するのではなく、ソフトやクラウドサービスなどを含めて「IBM製品をクロスセル」することを推奨するために、報奨金プログラム「ソフトウェア・バリュー・インセンティブ(SVI)」を見直す。指定する領域(スペシャリティ)でクロスセルを実現したBPには、従来の倍以上の報奨金を支払うほか、世界共通の技術認定を拡大して、クロスセルを効率化する「インベスト・イン・ユア・スキルズ」という技術指向の教育施策を展開する。
一方、MSPに関しては、データセンター(DC)事業者など、DCを所有してクラウドサービスなどを提供するMSPプレーヤーを増やす方針が打ち出された。MSPとしては、DC事業者や通信キャリア、ISP(インターネット・サービス・プロバイダ)、DC所有のシステムインテグレータ(SIer)などを想定。IBMはMSPプレーヤーに対して、垂直統合型システムなどのITインフラをサブスクリプション・モデルで預かる仕組みや、クラウドサービスの拡大策などで支援する。
とくに、同社が企業規模で注力している「中堅市場」に対して有効とし、中堅市場担当のエドワード・アブラムス バイスプレジデントは、BCNの単独取材に「世界的な中堅市場の伸び率を、2015年までに期待値を含めて2~3倍にする」とコメントした。日本IBM幹部によれば、国内にMSPの対象社は、数千社に上るという。BPにとっては、このMPSがシステムの販売先になり、協業先にもなる。

米ラスベガスで開催されたIBMの年次イベントには、世界70か国から約1500人が集まった(会場となったシーザーズ・パレスにて)表層深層
米IBMが打ち出した今回の戦略は、企業のITシステム導入の決定権をもっているITシステム部門だけでなく、CMOをはじめ各種業務執行者にコンタクトするターゲットを拡大する点がポイントだ。
各企業が市場拡大するための戦略は、サプライチェーンや購買などに関して現場を知悉している執行役員が練っている。従来は、ITシステム部門が“原案”をつくり、各部門へ適用した。だが、このアプローチ方法ではIT市場全体の拡大が見込めないと判断したのだろう。
同社のいう「新しいバイヤー」の獲得にIBMが直接関わり、そのバイヤーのリード(見込み客)をビジネス・パートナー(BP)に提供する。そのBPに、「前例のないやり方で顧客に付加価値を与える」ため、クラウドサービスを含めて、ビッグデータなどに関連する新時代のITインフラを提供する。このエコシステムの骨組みが完成したという印象を受けた。
米IBM幹部からは、「Our“Shared Agenda”」という言葉がよく聞かれた。BPと一緒に顧客が抱えるアジェンダ(課題)やパートナー自体がもつ課題を共有していく考えだ。IBMの方針に従い、ハードとソフトをクロスセルできたベンダーには、従来以上の報奨金を払う。
当然、この戦略は日本市場にも浸透させていくことになる。しかし、日本IBMが抱えるBPは、ハード指向が主流。米本社の方針に従って、日本IBMは、大幅にパートナー戦略の練り直しが求められそうだ。