宮城県石巻市(亀山紘市長)では、ICT(情報通信技術)を活用してエネルギー供給など都市機能を管理する「スマートシティ」が本格的に形成されつつある。市は、スマートシティ関連の製品・サービスを提供する日本IBM(マーティン・イェッター社長)の支援を受け、2015年度をめどに、全国に先駆けてスマートシティの商業モデルをつくることを目標に掲げている。昨年、マスタープランを策定し、エネルギー管理システムなど、国の補助金制度を利用してスマートシティを支えるIT基盤を構築していく。全国各地で実証実験ベースでスマートシティのプロジェクトが進められているが、日本IBMの力を借りて、スマートシティをITベンダーも事業として成り立つかたちで立ち上げるという点で、石巻市の取り組みは注目に値する。(ゼンフ ミシャ)
石巻市は、2012年に策定した「スマートコミュニティ・マスタープラン」で、災害公営住宅に安定的にエネルギーを供給するためのインフラ整備、防災活動を手がける公共施設向けの分散電源の統合管理、エネルギー管理システムのプラットフォームを活用して新たな行政サービスを提供する事業の立ち上げなどのICT活用を決定した。現在、これらの実現に向けて動いている。経済産業省が展開する「スマートコミュニティ導入促進事業費補助金」を利用して、複数のITベンダーとともに、2015年度末までに情報システムの基盤を構築する。東日本大震災によって、556km2のうち13.2%が浸水し、2万2357棟の住宅が全壊した石巻市を、本格的なスマートシティとして再建しようとしている。
石巻市のスマートシティづくりを裏で支えているのは、日本IBMの積極的な取り組みだ。同社は、今年2月、石巻市役所から数分の場所にオフィスを新設した。営業やエンジニアなど数人の社員を常駐させ、市と緊密に連携する体制を築いている。石巻市は日本IBMの全面的なバックアップを受け、「全国に先駆けてスマートシティの商業モデルをつくる」(震災復興部協働プロジェクト推進課の鷹見慶一郎課長補佐)ことを進めている。
日本IBMは、震災直後から石巻市を支えてきた。現在も、企業や団体が参加している石巻復興協働プロジェクトのコーディネート役を担っており、「市で300ほど動いているプロジェクトやワーキンググループの統合管理を手伝っている」(日本IBM東北復興支援事業部の後藤浩幸担当部長)という。2012年3月、米IBMが石巻市を、グローバルで総額5000万米ドルを投資する都市向けの支援プログラム「Smarter Cities Challenge」の対象に選出した。日本IBMは、そのプログラムの予算を石巻市向けのサポートに振り向けている。国の補助金を申請するための資料作成も日本IBMのスタッフが手がけ、技術の提供だけでなく、事務的な仕事に関しても石巻市にリソースやノウハウを提供しているのだ。
スマートシティは、IT予算の少ない自治体を対象とする事業であることから、いかに工夫して国の補助金を手に入れるかが、商業化を実現するうえでのポイントとなる。
日本IBMの石巻市への手厚いサポートが功を奏しているのは、仙台空港に近い亘理郡亘理町での取り組みをみれば、明らかになる。津波によって大きな被害を受けた亘理町では、NECが、仮設住宅の地デジ対応テレビに健康管理などのコンテンツを配信する仕組みを無償でテスト提供している。簡単に情報の受信ができ、コミュニティ生活が活性化しているので、住民の間で人気を集めている。しかし、亘理町企画財政課の吉田充彦参事は「長く使うかどうかは、国の補助金が出るか出ないかによって見極めたい」と、継続的な採用に慎重な姿勢をみせる。
一方、石巻市の事例は、自治体と日本IBMをはじめとするITベンダーがうまく絡み合って、win-winの関係を築く意味で、全国で注目されるスマートシティづくりのモデルケースとなりそうだ。石巻市は、ICT活用によって震災に強い街を実現するだけでなく、新しい行政サービスの展開によって、喫緊の課題である人口の流出に歯止めをかけることも可能になる。日本IBMにとってのメリットも大きい。同社は、石巻市での取り組みを他社にない経験として、アジア新興国と比べて本格的な立ち上げが遅れている日本でも、スマートシティのビジネス化に取り組んでいく。
表層深層
中国やインドと比べてスマートシティが日本でなかなか普及しないのは、日本の都市インフラが高いレベルで整っているからだ。ICTを活用して都市インフラを改善しなければ経済成長に影響が出る新興国と異なり、日本ではスマートシティへの取り組みは自治体にとって必要不可欠なものではない。
しかし、東日本大震災でダメージを受け、復興に力を入れている東北は違う。東北では、石巻市に限らず、市街の再建や人口流出を止めることを課題としている自治体が多い。日本IBMが中心になって進めている石巻スマートシティの商業化モデルを、東北のほかの自治体にも横展開することができる。
スマートシティの展開にあたって欠かせないのは、補助金を活用することだ。国は、現在スマートシティの導入を促進するプログラムを展開しているが、これだけでは予算が限られてしまう。マーケティングなど、IT部門以外の予算を狙う企業向けの展開に学んで、スマートシティに関しても幅広い分野の補助金を申請することが有効になるだろう。
スマートシティでは、新たな行政サービスの提供が可能になるので、例えば、福祉関連の補助金を申請することが考えられる。ポイントは、自治体とベンダーの密な連携だ。お互いのノウハウや人脈を活用しながら斬新なアイデアを出せば、日本でのスマートシティの普及はそれほど遠くない日に実現するだろう。