日本メーカーの海外進出を支援する
──ソフトバンクグループは、モバイル通信を中心に、グローバル事業を加速させています。新会社の設立で、流通事業も世界に向けて本格的に動き出すことになる。ソフトバンク コマース&サービスに商品を提供するメーカー、商品を調達するIT販社にとって、グローバル化したソフトバンク コマース&サービスと組むメリットを教えてください。 溝口 メーカーは、海外進出するきっかけを得られます。海外に進出する、したいと思うITベンダーは増えています。ただ、残念ながら、成功した企業はほとんどない。自力で海外ビジネスを手がけるのは理想ですが、そのためには時間もお金も必要。世界でも売れる商品が日本にはたくさんあるのに、世界市場で販売できないのはもったいない。そこでブライトスターと手を組んだ私たちが、お役に立ちます。一方で、IT販社にとっては、まだ日本に入ってきていない商品を私たちを通じて知り、エンドユーザーに提案することができるはずです。
──ソフトバンクBBの流通事業とブライトスターの売上高を単純合算すると約9000億円。いつまでに、どの水準まで伸ばすつもりですか。 溝口 それをお伝えする段階ではありません。お互いの強みと弱みを知って、シナジーを追求することが先決です。
──今回の事業体制変更で、ソフトバンク コマース&サービスは、ブライトスターの傘下に入るかたちになりました。溝口社長の思うように経営できますか。 溝口 心配には及びません。ブライトスターの経営陣5人のうち3人はソフトバンクグループで、会長は孫。そもそも、ブライトスターの親会社はソフトバンクですから。私の英語はなかなか通じませんが(笑)、マルセロ(マルセロ・クラウレ=ブライトスターの創業者兼CEO)とは同じ流通事業者だからか、肌が合います。
──新会社の組織体制は? 溝口 ビジネスは順調に伸びているので、再編する必要がありません。ソフトバンクBB時代の事業体制を変えずに進めます。ただ、海外企業との強力な連携体制ができたので、若手の社員に海外の空気を感じてもらえるような仕組みをつくるつもりです。
ディストリビュータの付加価値を変える
──ソフトバンクの流通事業は、時代の変化に合わせて取り扱う製品を変えてきました。今後は、日本だけでなく世界を舞台に戦うことになる。溝口社長は、どの分野で勝負しますか。今後は、何が売れるとみておられるのでしょうか。 溝口 モバイルです。スマートフォンやタブレット端末といったデバイスは、当然世界で売れていくでしょう。注目しているのはその周り。周辺機器やアクセサリ、ソフトウェア、サービスには、非常に大きな可能性を感じています。
パソコンが個人にも法人にも一気に普及した頃、周辺機器やソフト、サプライメーカーが続々と登場してマーケットが急激に大きくなりました。私は、あの時(パソコン普及期)以上の盛り上がりをみせると感じています。それを今度は世界で味わうことができる。またとないチャンスがあるとみています。
──クラウドの登場で、流通事業者の影は薄くなるといわれて久しいですが……。 溝口 そう。もう100年くらい、そういわれているんじゃないかって思うほど、頻繁に耳にします。でも、消滅してはいませんよね。むしろ、私たちは業績を伸ばしている。結局、クラウドが普及しても、メーカーとユーザー企業をつなぐ役割は、必要だということです。
ソフトウェアのライセンスビジネスが始まった頃もディストリビュータの存在価値を否定する声がありました。ライセンスなので、メーカーとユーザーが直接やりとりすればいい、と。ただ、複雑なライセンス形態を理解して、正しく流通させるにはメーカーとユーザーだけでは無理で、やはりディストリビュータが必要だった。
30年前には高付加価値だったものを今でも追い求めていたら、ディストリビュータは不要でしょう。時代に合わせて、提供する価値を変え続けていけば、ディストリビュータは不滅です。
──孫さんは、株主総会で「大ボラを吹く」と前置きして、不可能に思える目標をぶち上げて、その目標を達成し、株主を魅了してきました。溝口社長の大ボラを聞かせてください。 溝口 う~ん、孫とは性格が違いますから……。気の利いたことは言えませんが、新会社設立にあたって強く思うのは、社員がいつもわくわくして挑戦できる環境をつくりたいということです。社員の「やりたい」という意志を、実現できるように導いてあげたい。
──たとえていえば、どのような会社を築いていくつもりですか。 溝口 ソフトバンクグループのなかでNo.1のチャレンジ企業になる。
──いいですね、そのフレーズ。見出しにぴったりです。 溝口 ソフトバンクのDNAは変革です。「強いものが生き残るのではなく、変化に最も適応できるものが生き残る」というダーウィンの進化論のように、過去の成功体験を壊し続け、常に新しいチャレンジをして変わり続ける。そんな会社をつくります。

‘ソフトバンクは経営のスピードが速い。並の速度では許されない。過去の成功体験を壊して変化し続ける。それが、私たちのDNAです。’<“KEY PERSON”の愛用品>思い出が詰まったドットプリンタのヘッド セイコーエプソンに在籍していた頃からもっているドットプリンタのヘッド。「ビジネスの基本を学び、自分の礎を築いた」エプソン時代に先輩から教えてもらったこと、若い時の経験を忘れないように、今は文鎮として愛用している。
眼光紙背 ~取材を終えて~
インタビューで、溝口社長が企業経営で大切にするポイントを教えてくれた。「先見性」と「スピード」だという。「商売で勝つためには、伸びる市場を誰よりも早く見つける力と、決めたら迷わず突き進む突破力が大事。リスクを伴うが、先駆者が得られる利益は大きい。デファクト(スタンダード)を勝ち取れるかどうかかが勝負」。
この持論の背景には、セイコーエプソン時代の苦い経験がある。「エプソンはシリアルプリンタでデファクトになったが、その後、ページプリンタではヒューレット・パッカード(HP)にやられた。先行したHPに追いつくことができず、悔しい思いをした」。溝口社長がソフトバンクグループに魅力を感じて移籍した理由、そして、なぜスピードを大切にするのかがわかる気がした。
ソフトバンクBBの社員に聞いたことがある。「なるはや(なるべく早く)」は、ソフトバンクでは数時間以内のことだとか。高速経営を、現場が全速力で支えているのだろう。(鈎)
プロフィール
溝口 泰雄
溝口 泰雄(みぞぐち やすお)
1956年7月11日、長野県生まれ。同志社大学商学部卒業後、81年に諏訪精工舎(現セイコーエプソン)に入社。93年、日本IBMに移籍。00年、ソフトバンク・コマース(現ソフトバンクBB)に移り、01年に取締役に就いた。06年からソフトバンクBBのコマース&サービス統括。07年、取締役常務執行役員。14年4月1日、ソフトバンクBBのコマース&サービス事業部門が分社・独立して誕生したソフトバンク コマース&サービスの代表取締役社長兼CEOに就任した。
会社紹介
ソフトバンクBBからIT流通事業(コマース&サービス事業)部門が分社・独立し、2014年4月1日に誕生した。コマース&サービス事業部門の年商は約2700億円(2013年3月期)。ソフトバンクが携帯電話の卸売事業を展開する米大手のブライトスターを買収したことに伴い、同社の傘下に入るかたちで事業を展開する。