顧客のために自分で考えて行動する
──岡村さんご自身もこれまで「B4B」を実践してこられたかと思いますが、実体験をお話しいただけますか。
そうですね。印象に残っているのは、カナダの自動車工場向けに鋼材を日本から輸出する仕事を日商岩井(現双日)で担当したときでしょうか。さまざまな種類の鋼材を、自動車の生産スケジュールに合わせてジャスト・イン・タイムで工場まで届けるのですが、これがなかなか難しいのです。お客さんの生産計画を聞き込んで、それに間に合うように製鉄所に掛け合い、運送会社の協力を得ながら輸送経路を確保します。いってみれば鋼材を調達する“工程”をまるごとお客さんからアウトソーシングさせてもらうイメージですね。こうすることで顧客は鋼材のことをまったく気にせず、自動車の生産という本業に専念できる。
ITも似た側面があると捉えていて、まずは顧客が本業のビジネスに専念でき、よりよい仕事ができるよう努める。その上で、どこまで顧客の仕事の成果にコミットできるかが、SIerの価値につながるのではないでしょうか。これが「B4B」の基本的な考え方です。
──鋼材を運ぶ難しさがよくイメージできないのですが、もう少しお話しいただけますか。
私がまだ30代の駆け出しの頃、北米の五大湖周辺は自動車産業の集積地で、そのカナダ側にある工場に鋼材を運ぶのですが、カナダの冬は寒い。東海岸からの水路が凍結している間は、西海岸のシアトルやバンクーバーの近くの港から鉄道で運ぶルートを確保。運賃とにらめっこしながら自分たちで運搬ルートを探し出します。西海岸からのルートも万能ではなくて、出荷元の日本が梅雨時期はコンテナ内に湿度が溜まりやすく、ロッキー山脈を越えるときに結露しやすくなってしまいます。
お客さんの大切な鋼材を痛めないよう、しかも運搬コストが最も安くなるルートを自分たちで考えることがポイントですね。人って不思議なもので、「じゃあ、おまえたちにすべて任せたぞ」と言われると、俄然、懸命になるものです。お客さんの仕事のために自分で考えて行動したカナダでの経験が、その後の私の仕事観に大きな影響を与えました。
──仕事を任されるようになるまでが大変そうですね。顧客との関係構築や、自分で考えて行動できる人材を育成するヒントにもなりそうです。
顧客の懐に飛び込んでいって、一緒に課題を解決する姿勢が評価につながるという点は、商社だろうが、SIerだろうが共通する部分だと思います。顧客が何をしたいのかをしっかり聞き込んで、解決するにはどうしたらいいのかを自分たちで考え、そのために必要な商材やサービスを目利きする。この一連の流れをしっかり身につけていくことが当社自身の成長にもつながると考えています。
新技術の獲得で積極的に協業する
──昨年末にクラウド会計ソフトのfreeeに一部出資したり、今年に入ってからは名古屋大学や札幌のエコモットと協業を相次いで発表しています。
名古屋大学とは情報セキュリティ分野での共同研究、エコモットとはIoT分野で協業していきます。またfreeeとは「サイト・リライアビリティー・エンジニアリング(SRE)」サービスの開発を進めています。SREとはクラウド主体のIT運用手法で、従来型のIT運用の手法と対比する文脈で語られることが多い。freeeは最先端のクラウド型アプリーションを運用するSREの先駆者であり、当社では彼らがもつSREのノウハウを共同実証実験などを通じて獲得し、当社独自のSREアウトソーシングサービスの開発に生かしていきます。
──新しい技術を獲得することは、新サービスの開発だけでなく、人材育成にも役立ちそうですね。
先進的な技術に強かったり、当社にはないノウハウをもつ企業や団体との技術交流は、人材育成にも大いに役立ちます。こうした交流は今始まったわけではなく、例えば2006年にはOSS(オープンソースソフト)で先駆的な取り組みをしているサイオステクノロジー(当時はテンアートニ)と業務提携を行ったことが、OSSの知見をより多く身につけるきっかけとなりました。サイオステクノロジーとは、今でも協業関係にあり、OSSベースのクラウド基盤のOpenStackをはじめとする先端技術をビジネスに取り込んでいけるよう切磋琢磨しています。
──海外ビジネスについてもお話しいただけますか。
直近では北米とベトナム、インドネシアの3か国に拠点を置いています。北米はシリコンバレーをはじめとする最先端のITを入手する拠点として機能させ、ベトナムは販売とオフショア開発拠点、インドネシアは販売主体です。海外市場への進出では、残念ながらライバル他社より少し出遅れたところがありまして、多くの日系SIerが進出するタイ、マレーシア、シンガポールではなく、ベトナムとインドネシアを戦略的に選ぶとともに、ここでの経験をテコに海外ビジネスに一段と勢いをつけていきます。
今期(2018年3月期)は中期経営計画の最終年度にあたります。次の10年、20年をどうしていきたいのか、社内の意見をとりまとめて次期中計を策定したい。「自分で考える」大切さが私自身の原点でもありますので、ぜひとも社員みんなで課題をしっかり捉え、乗り越える術を自分たちで探し出して、一丸となってビジネスの拡大につなげていきたいですね。
まずは顧客が本業のビジネスに専念できるよう努める。
そのうえで、顧客の仕事の成果にできる限りコミットする。
これが「B4B」の基本的な考え方です。 <“KEY PERSON”の愛用品>名刺の交換は出会いの始まり 英ダンヒルの名刺入れ。岡村社長が日商岩井(現双日)に入社して間もない頃から約40年にわたって愛用している。名刺の交換は出会いの始まりでもある。この名刺入れを手にするたびに、「これまで出会ってきた人々を思い出す」と話す。

眼光紙背 ~取材を終えて~
海外駐在が通算約20年という国際派の岡村社長は「人との出会い」を何よりも貴重なものと捉えている。
駐在員時代は、どうしても滞在期間が限られていることから、滞在先で出会った人との別れも早い。それだけに違う国でばったりと会ったり、再び一緒に仕事ができたりするときの「よろこびはひとしお」だと話す。
米州やASEANでの長きにわたった駐在で多くの“出会いと別れ”を経験してきた岡村社長の愛用品は約40年にわたって使っているダンヒルの名刺入れ(17面参照)である。
ビジネスでは名刺交換が最初のとっかかりであり、長年愛用してきた名刺入れは、これまでの出会いの思い出が詰まっているのだという。
「人と人の信頼関係の上にビジネスは成り立つ」といい、よきビジネスパートナーとして良質な人間関係を貴重なものとして大切にしている。(寶)
プロフィール
岡村昌一
(おかむら まさかず)
1951年、大阪市生まれ。75年、早稲田大学政治経済学部卒業。同年、日商岩井(現双日)入社。88年、日商岩井カナダ会社インガソール店長。00年、日商岩井米国会社金属事業グループエグゼクティブ。04年、メタルワン営業戦略部中国室長代行。07年、同社執行役員アジア統括。09年、同社南米統括。13年7月、日商エレクトロニクス取締役会長。15年4月、代表取締役社長CEO就任。
会社紹介
日商エレクトロニクスは双日グループの商社系SIerである。2016年3月期の連結売上高は404億円、連結従業員数は約860人。今年度(18年3月期)が中期経営計画の最終年度であり、次期中計期間中にあたる19年に設立50周年を迎える。