圧倒的な知名度を誇るコンテンツ制作ツールや、PDFなどのドキュメントシステムに続いて、デジタルマーケティングソリューション「Experience Cloud」を第3の事業の柱に育てたアドビ。日本法人では4月、EMCジャパンのCOOなどを務め、日本のIT業界にも精通するジェームズ・マクリディ氏が新社長に就任した。マーケティングの世界においても、パートナービジネスにおいても、成功のカギは「パーソナライズ」にあるという。
家族ぐるみの付き合いから社長就任
――前社長の佐分利ユージンさんとは、プライベートでもご友人だったとか。
ユージンさんとは、東京で息子が通っていたアメリカンフットボールチームで知り合いました。毎週一緒に、チームのコーチをしていたんです。
――アドビ システムズの社長就任は、佐分利さんから直接依頼されたと聞いています。ハードウェアを中心としたITインフラの世界から、ソフトウェアの世界へ移るのは大きな決断だったのでは。
Dell EMCには20年以上勤務し、今でも素晴らしい会社と感じていますが、個人としてもとてもリスペクトしているユージンさんを通じて、アドビのもつ素晴らしいソリューションを知り、アドビの人々や文化が大変魅力的であると感じました。今当社のビジネスが非常に好調なのは、適切な製品やソリューションを、適切な市場に対して、適切なタイミングで導入できていることの証しだと考えていますが、それに加えて感銘を受けているのは、イノベーションを継続しなければならないという「危機感」をもって、研究開発や投資を行っていることです。特にExperience Cloudは素晴らしい成長を遂げている製品です。
――日本企業によるデジタルマーケティングの導入・活用度合いは、まだまだ欧米に比べ遅れているというイメージもありますが……。
日本におけるデジタルマーケティング市場には、まだまだそれだけ大きな可能性がある、とみています。日本は非常にユニークな国で、すでに高度なデジタル技術が普及しており、スマートフォン所有率も高い。さらに、日本の大企業が、事業のデジタルトランスフォーメーションに投資をする機会も増えており、ここでも当社には大きなビジネスチャンスがあると考えています。
アドビの考えるデジタル変革
――ITによって事業モデルを変革するデジタルトランスフォーメーションの機運に対して、アドビのソリューションはどのように関係していくのでしょうか。
一つのトレンドとして、現代の消費者は「製品」ではなく、「体験」にこそお金を支払うという点が挙げられます。昔は製品が提供する機能自体が、他の製品に対する差別化要素だったわけですが、今では、パーソナライズされた体験を提供してくれる、あるいは顧客ごとに最適な接し方をしてくれる、つまり「自分が特別なお客様として扱われている」と感じられるブランドに、お金や時間が費やされる傾向にあります。Experience Cloudを導入すれば、例えば消費者のオンラインでの行動をより正確に把握し、顧客ごとにパーソナライズされた、最適なマーケティング施策を実施することが可能になります。
――日本でもECは普及していますが、商取引全体に占める比率でいうと、まだそれほど高くありません。
他国と比べた場合の日本市場の特性として、オンラインで店舗や商品について調べた後、(ECではなく)実店舗に足を運んで商品を購入する消費者は多いという点が挙げられると思います。しかし、統一されたプラットフォームであるExperience Cloudは、そのような消費者の顧客体験も高められるのが特徴です。また、今年ECシステムの米マジェントコマースを買収しましたが、これは発表直後から大きな反響をいただいています。B2Cの小売業だけでなく、B2Bで製品を提供している製造業のお客様からも関心が寄せられています。
――広告業界の人々や、マーケティングのトレンドに詳しい人は、アドビの技術によるデジタル変革というストーリーを理解できると思います。しかし、デジタルトランスフォーメーションの実現にあたっては、経営層や基幹システムの担当者も巻き込んでいく必要があるのではないでしょうか。
今アドビではそれら「エンタープライズ」のお客様との間で、よりパーソナライズされた関係構築を図っているところです。Experience Cloud事業では昨年、「デジタルストラテジーグループ」(DSG)を創設しました。DSGとは、お客様一社一社で異なる事業や目標を十分理解し、お客様のデジタル戦略はどうあるべきかを定義する、コンサルティングサービスを提供する部隊で、今年もさらに組織の強化を図っています。
また、日本ではわれわれの事業拡大にとって、パートナーが大変大きな役割を担っていただいていることは、私の日本でのビジネス経験上でも強く感じているところです。実際に、DSGやパートナーコミュニティーへの継続的な投資によって、エンタープライズ顧客との関係を拡大したことで、日本国内でのExperience Cloudの売り上げは前年同期の2倍になっています。
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