2019年に発足した時田体制における具体的な変革の形が鮮明になった20年。新型コロナ禍という大きなアクシデントとともに歩んだ1年を経て、富士通はどこに向かうのか。今年6月に在任3年目を迎える時田隆仁社長に、再成長へのビジョンと戦略を聞いた。
過度に悲観せず
ポジティブな側面にも目を向ける
――2020年は大変な1年でしたが、富士通グループにも大きな変化がありました。7月には、富士通の社会における存在意義を「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」と定めて、全社員の行動指針「FUJITSU Way」も12年ぶりに改正されましたよね。新型コロナ禍を乗り越えるための取り組みだったのでしょうか。
FUJITSU Wayの改正などは、新型コロナ禍とは関係なく準備してきたことです。ただ、イノベーションによって社会課題の解決に主体的に貢献していくという我々のメッセージが、より重要な意味を持つ環境になったのは間違いないですね。コロナ禍は不幸な出来事ではありましたが、平時では難しいドラスティックな変革が可能になったというポジティブな側面にも目を向けるべきだと考えています。
――20年度(21年3月期)第2四半期の決算発表時点では、コロナの影響を加味しても営業利益は前年度比微増の見込みとのことでした。これは楽観的過ぎるということはないですか。
最終的な着地点は第3四半期、第4四半期の蓋を開けてみないと分からない、鮮明には見えてこないというのが率直なところですよ。ただ、お客様や市場を見ると、そんなに悲観的に考えなくてもいいとは思っています。富士通はラージアカウントのお客様に支えられている部分が大きいですが、昨夏はそうしたお客様にプロジェクトの延期や検討の中断といった動きがありました。これが徐々に復活してきています。
――そうした動きの中には、従来型のIT投資だけでなく、デジタルトランスフォーメーション(DX)のための新しい投資が加速しそうな兆しもあるのでしょうか。
コロナ禍により、日本社会のデジタル化の遅れがさまざまな場面で浮き彫りになったと指摘されています。ただ、それを一朝一夕で解決できるかというとそんなわけはないですよね。そう簡単にデジタル化やDXが加速するということはないです。ただ、製造業のお客様を中心に、いわゆるレガシーシステムを最新のERPパッケージに変えていこうという計画が数年前から進んでいたりという動きはあって、それが加速しつつあります。
一方で、中小企業や地方、そしてまさに今大変な状況になっている医療機関などは、それどころではないというお客様もいらっしゃるので、決して楽観しているわけでもありません。
――いずれにしても、先が見えない状況はまだまだ続いています。
当社自身が、事業構造そのものにレジリエンス(変化対応力)を備えていかなければなりません。富士通の事業の中心はSIビジネスですが、例えば銀行の大きな基幹システムの再構築があると売り上げが一気に上がって、なくなると下がるとか、それでいいのかということです。市場の需要に応じて業績が大きな波を描くビジネスモデルは変える必要があります。
20年には当社のサービスや技術をサブスクリプションモデルでも提供できるようにする「FUJITSU Hybrid IT Service」を発表しましたが、これもその取り組みの一環です。
――そういう流れと関連があるのでしょうか、外資系ベンダーやコンサルでよく使われていた「オファリング」という言葉が国産の大手ベンダー、SIerを中心によく聞かれるようになりました。
まあ、「提案」という意味ですよ(笑)。
――イシュー別の標準化された提案ということだと思いますが、富士通がオファリング構築に力を入れるのも、レジリエンス向上策の一つですか。
そうです。グローバルでは、お客様も必ずしもカスタムメイドがいいとは思っていない。グローバルに標準化されて常にアップデートされるサービスを求めている。そこには日本市場との感覚や価値観の違いがありましたが、コロナ禍を経て、随分状況は変わったと思います。富士通というブランドの統一されたコンセプトや価値観を基に標準化したサービスメニューを、オファリングという形で提供していくということです。
――昨年10月には、富士通自身のDXに本格的に着手したという発表もありました。
その時に、グローバル・シングルERPを実現する「One ERPプロジェクト」なども発表しました。大きなチャレンジですが、これらをしっかりやり遂げて、ファクトやリアルなデータを基にした未来予測型の経営に変えていきます。日本で例がないというだけでグローバルの巨大企業はとっくにやっていることですし、過去のデータをExcelシートにまとめて「来年はこうかもしれない」とか言っている経営ではもはや、やっていけないのは自明です。お客様のリファレンスになるという意味でも重要な取り組みだと思っています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「ストーリーの共有」はできつつある
IT企業からDX企業へ――。昨年10月に富士通が自社のデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めるプロジェクト「Fujitsu Transformation(フジトラ)」を本格的に始動させることを発表した際に、時田隆仁社長が口にした言葉だ。富士通をどこに導こうとしているのか、端的に表現したメッセージと言えよう。
DX企業になるためには、壊さなければならない壁がある。その最たるものが従来の企業風土・文化だ。「部門間の縦割りなどに起因する硬直化した社内カルチャーや“ミニ富士通”の乱立といった課題は、きちんとマネジメントしてこなかった経営側が反省すべき点」と話すが、そうはいっても富士通のような大企業を完全にフラットな組織で運営していくのは現実的ではない。「組織間の横ぐしを通すようなオープンなコミュニケーションができる風土が重要で、それを邪魔している制度がないのか、そこを徹底的に潰している」
昨年10月には、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にしていくこと」を富士通の存在意義として改めて掲げた。変革の完成系など存在しない。停滞は許されない市場環境だが、変わり続けるエネルギーを生み出すにはその目的が揺るぎないことが重要だ。「変わり続けるためのストーリーは共有できつつある」と手応えを語る。
プロフィール
時田隆仁
(ときた たかひと)
1962年、東京都生まれ。88年、東京工業大学工学部卒業後、富士通に入社。システムエンジニアとして金融系のプロジェクトに数多く携わり、2014年に金融システム事業本部長に就任。15年に執行役員、17年にグローバルデリバリーグループ副グループ長、19年1月に常務・グローバルデリバリーグループ長に就任。19年3月、田中達也前社長の後任に指名され、6月から現職を務める。同年10月からはCDXO(チーフDXオフィサー)職も兼務している。
会社紹介
1935年、富士電機製造(現・富士電機)の通信機器部門を分離して設立。60年代からコンピューターの製造を本格化し、日本を代表する電機メーカー、ITベンダーに成長した。近年はグループの抜本的な再編を進め、準大手から中堅・中小の民需、地方自治体、医療、教育の各分野を担当する事業部門や主要子会社を統合。2020年10月に富士通Japanを発足させた。19年度(20年3月期)の連結売上高は3兆8577億9700万円、営業利益は2114億8300万円。20年度の売上高は3兆6100億円(前年比6.4%減)、営業利益2120億円(0.2%増)を見込む。