2014年に国内でビジネスをスタートした日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(日本TCS)は、世界と日本の知見を融合したソリューションを提供し、企業の変革を支援している。発足時から日本TCSの経営に参画し、19年から社長を務める垣原弘道氏は「日本企業はもっと成長できる」とみている。国内ビジネスのボリューム拡大と認知度の向上を目指す垣原社長に、今後の戦略などを聞いた。
日本でのレベルは着実に向上
プロダクトアウトな仕事をしない
――14年の日本TCS発足時から現在までの国内でのビジネスの状況を教えてください。
グローバルの市場の中で、日本は優先市場に位置づけられています。グローバルのITサービス市場でトップ3に入っているタタ コンサルタンシー サービシズ(TCS)ほどのブランドや量的なキャパシティはまだ国内ではありませんが、この何年かで、間違いなくわれわれらしい仕事ができるようになってきたと手応えを感じています。全てが順調というわけではありませんが、業績は成長を続けており、いろいろな挑戦をしながら着実にレベルは上がっています。
――日本を優先市場としているのはなぜですか。
ビジネス面のポテンシャルがあるからです。日本企業はもっと成長できますし、改革の余地もあります。日本企業は、すでに世界のプレイヤーと競争する環境になっています。日本企業が世界で戦っていくためには、われわれのように国内市場からグローバル市場まで一気通貫にサポートできるIT企業の役割が重要だと考えています。TCSでは通常、地域統括者が各国の市場を見ていますが、日本だけは社長直轄となっており、日本に最大限の協力をするように、というメッセージも社内から出ています。特定国向けのデリバリーセンターがあるのも日本だけです。
――日本の顧客からは、どのようなことを期待されていると感じていますか。
日本らしさだけを追求したり、今までのやり方で対応したりすることについて、閉そく感や限界を感じているお客様がいらっしゃいます。そういうお客様からは、もう少しグローバル水準の合理性やスピード、あるいは標準化といったことを取り入れたいというニーズがあります。われわれは日本の会社として日本らしさを持っていることに加え、グローバルで一体となってサービスを提供しており、こういった部分に興味を持ってもらっていると感じていますし、これからもニーズはあるとみています。
――先ほどTCSがグローバルでトップ3に入っているというお話がありました。他社と比較した場合のTCSの特徴についてはどのように捉えていますか。
20年3月期のグローバルITサービス企業の中で、TCSの収益は世界4位、当期純利益と時価総額は3位、従業員数は2位となっています。ランキングに入っている他社の状況を見ると、IBMはハードウェアからITサービスに展開した会社で、アクセンチュアはコンサルティングから移ってきています。一方、TCSは、ITやソフトウェアからスタートし、会社の規模を拡大しているため、ITサービスでは決して他社に引けを取らないと思っています。
もう一つは、TCSがプロダクトアウト的な仕事をしない会社であることに他社との違いがあります。他社はある程度パッケージを揃えていると思いますが、TCSは基本的にパッケージニュートラルで、お客様次第というポジションをとっています。お客様にとって何が一番か、という考え方が起点となっています。ビジネスの要求や環境が変化する中で、やりたいことがはっきりしなければ、どのパッケージがいいかは本来分かりません。お客様がほしいものが何かをしっかり確認し、それにふさわしい技術を一緒に選び、お客様本位で揃えていくことが、とても大事なアプローチだと思っています。
――国内の市場では、日本TCSは三菱商事系のIT企業という印象もあると思いますが、同社との関係について現状をお聞かせください。
三菱商事とは継続して良好な関係を築いており、パートナーであり、お客様であるということは変わりません。ただ、多くのお客様とのご縁が拡大していることもあり、三菱商事グループを支えることだけがわれわれの仕事ではないと思っています。TCSのリソースなどを活用し、多くのお客様のグローバルへの展開を支援できることは、国内の商社系IT企業との大きな違いだと思っています。
技術は変革を実現する手段
豊富な人材を武器にIT以外の支援も
――事業環境が急速に変化する中、企業がビジネス変革を実現するために必要な行動指針と技術的要素を集約した概念として「Business4.0」を提唱されていますが、詳しくご説明いただけますか。
Business4.0は、TCSの考えるフレームワークです。AI(人工知能)やクラウドといったDX(デジタルトランスフォーメーション)のキーとなる技術は、あくまでも変革を実現するための手段だと捉えています。重要なのは、目的志向や適応力、レジリエンス(回復力)といったキーワードで、ビジネスの変化をしっかりと設計し、必要な手段を講じていくということをうたっています。
例えば米国にHumana(ヒュマナ)という保険会社があります。歴史があり、比較的高齢の加入者を抱えていた同社は、今後の成長を目指す際、ITやデジタルではなく、「顧客の健康を20%増進する」と、目的を再定義するところから改革をスタートしました。その後、TCSのデジタル技術を活用して、加入者本人に行動データが集まり、健康についてアドバイスできる仕組みを構築しました。その結果、加入者の健康状態が良くなって保険会社としてのリスクが減った上、若い顧客を獲得することに成功し、ポートフォリオがぐっと変わりました。TCSがBusiness4.0で目指しているのは、こういう変革です。
日本では、TCSのBusiness 4.0と非常に近い考え方である「Building4.0」と銘打ち競争力強化を目指している竹中工務店のパートナーとなり、改革のお手伝いをしています。大きな改革をするために、グローバルのプラクティスや技術を取り入れたいと考えているお客様には、Business 4.0はフィットするモデルだと思っています。
――TCSの技術的な強みについてはどのように認識されていますか。
TCSはグローバルで46万人の人員を抱え、売り上げの9割はインド以外となっています。特に欧米を中心としたグローバルの大手企業に受け入れていただけるサービスを提供できており、テクノロジーの品揃えの良さとカバーできる範囲が非常に大きいことは強みだと認識しています。売り上げの一部にエンジニアリングがあり、豊富な理系人材を武器にIT以外のお手伝いができることも、他社にはないユニークな特徴です。日本では、東京電力ホールディングスの子会社である東京電力フュエル&パワーとともに、AIによる火力発電所運営の最適モデルの開発・導入を進めています。ほかには、日産自動車の車体やソフトウェアの開発、教育を支援しています。
――IT業界では他社との連携強化を進める動きが目立っていますが、TCSとしてはどのような取り組みを展開していますか。
TCSだけで全ての技術を賄えるとは思っていませんし、世にある技術に対しては極めて謙虚な姿勢を取っています。特にスタートアップ企業は、競争相手ではなく、コラボレートする相手だと思っていますので、日本を含めた世界中のスタートアップ企業約2000社をスクリーニングし、優れた技術を認定しています。多くのIT企業はスタートアップ企業に投資をしていますが、TCSは中立性を担保するために投資をしておりませんので、しがらみなく本当にいい技術をお客様に提供することができます。
――最後に今後の目標を聞かせてください。
TCSはグローバルで確固たるポジションを得ています。その勢いを借りて、国内では日本TCSらしいポジションをしっかり確保し、ビジネスボリュームの拡大と認知度の向上について、一段ステージを上げていきたいと考えています。定量的な目標は公表していませんが、大企業やグローバル展開している会社を中心に、われわれが提供する価値をしっかりと認めていただけるようにしていきたいです。
Favorite Goods
趣味で数十年続けているマウンテンバイクの工具セット。自宅には十数台を保有しており、過去には自転車整備の学校に通ったこともある。仕事と一緒で「やるなら本気で」が信条だ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
顧客企業の社員のつもりで
働いている
2014年の発足時から日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ(日本TCS)の経営に携わっている垣原弘道社長は、自社の強みについて「産業界の知識があり、ITに対する深い理解もある。こういった部分がお客様から評価されている」と語る。
世界トップクラスのITサービス企業となったインドのタタ コンサルタンシー サービシズは、グローバルで各産業界の変革を支援しており、さらに大手ITベンダーの運用も支えている。垣原社長は「フロントもバックも含めて、いろいろな側面からお客様を支えるビジネスを展開している」とし、これが「われわれ独自の価値になっている」と話す。
日本TCSは現在、世界企業番付「フォーチュン・グローバル500」に入っている日本企業53社のうち、過半数と何らかの形で取引をしている。インドにある日本向けのデリバリーセンターでは、顧客企業のポスターを掲示したり、社是を掲げたりして、各担当者が顧客企業の社員のつもりで働いているという。
グローバルで優先市場となっている日本では、企業の意識も変わりつつあり、日本TCSにとっては追い風になる可能性がある。垣原社長は「日本では、変化や改革を望んでいる企業からずいぶん声をかけていただけるようになってきた。われわれにとってはチャンスだと思っている」と力を込めた。
プロフィール
垣原弘道
(かきはら ひろみち)
1982年、慶應義塾大学経済学部卒。同年、三菱商事入社。石油化学プラントのエンジニアリングビジネスからキャリアをスタートし、同社機械グループCIOやシグマクシス代表取締役COO、三菱商事ITサービス事業本部長、アイ・ティ・フロンティア代表取締役執行役員副社長などを歴任。2014年の日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ発足時から同社取締役副社長を務め、19年9月から現職。
会社紹介
インドのタタ コンサルタンシー サービシズと三菱商事の合弁会社。2014年に設立し、ITサービスやコンサルティング、ビジネスソリューションを提供。東京を本社とし、大阪と名古屋に拠点を置く。インドには日本の顧客向け専用のデリバリーセンターを設置している。従業員数は約3200人。