GMOグローバルサイン・ホールディングスの電子印鑑サービス「電子印鑑GMOサイン」のユーザー数が急増している。昨年度(2020年12月期)は前年度比で37倍以上にあたる14万社に増えた。今年に入ってからも月に1万社ペースでユーザー数が増え、この3月には自治体での第1号採用も決まった。コロナ禍における「ハンコ出社」を減らす目的で電子印鑑を取り入れる需要が大幅に高まったことが背景にあるとともに、同社の主力事業であるサーバー認証やIT基盤技術の応用が電子印鑑サービスの競争力を支えた。事業の成長に大きな手応えを感じているという青山満社長に話を聞いた。
サーバー証明書の技術を応用
――電子印鑑のサービスが絶好調ですね。どういった経緯でユーザー数を増やしたのでしょうか。
端的に言えばコロナ禍で会社への出勤に制限がかかり、取引先とオンラインで契約業務を済ませなければならなくなったからです。当社の電子印鑑サービス「電子印鑑GMOサイン」のユーザー数はコロナ禍以前の19年末には約3700社でしたが、1年後の20年末には一気に14万社以上に増えました。今年2月時点の集計では16万社を超えています。
今年3月には、新潟県三条市に自治体として初めて電子印鑑GMOサインをご採用いただたきました。自治体は民間企業以上にハンコを押す業務が多いので、こうした点に課題意識をもっている複数の自治体と実証実験を進めています。将来的には人口ベースで80%の自治体でご採用いただく目標を掲げています。
――まさにうなぎ上りでユーザー数が増えていますが、ライバル他社に比べて電子印鑑GMOサインの強みはどのようなところにあるのでしょうか。
当社グループは、接続先のウェブサイトが本物であると証明するSSLサーバー証明書を発行するサービスを手がけています。ネットで買い物をしようと思って訪れたウェブサイトが、本物を装った偽物で金品を騙し取られることを防ぐための証明書ですが、実はこの技術を応用することで、電子的な書類が本物であることを認証することができるんです。当社のサーバー認証は世界的に見ても老舗であり、積み上げてきた実績があります。この信頼に足る技術基盤をベースにしている点が強みとなっています。
――電子印鑑GMOサインは、いつ頃からサービスを始めたのでしょうか。
06年にサーバー認証サービスを手がけているベルギーのグローバルサイン(現GMOグローバルサイン)をグループに迎え入れ、当社グループ自身が“認証局”となってサービスを始めました。電子的な書類に対する認証サービスは、その後、10年近く経った15年からです。
認証局サービスを始めたタイミングで、すでに書類に対しても第三者の立場から本物であることを証明できる技術的基盤を獲得したと認識していました。ただ、当時は電子的に契約を行うための法整備が不十分で、大きな需要もありませんでしたのでサービス化を見送った経緯があります。
その後、法整備が整うと同時に、電子契約の認証サービスを始める会社が出始めたこともあって、満を持して書類に対する認証サービスに当社も参入しました。参入当時のサービス名称は「GMO電子契約サービスAgree」でしたが、正直、「電子契約」という言葉は馴染みが薄く、難しいイメージがあったのは否めませんでした。
「難しい」イメージを払拭
――そうこうしているうちにコロナ禍に見舞われ、世界規模で契約業務のオンライン化需要が高まったというわけですね。
コロナ禍によって、電子契約への移行時期は少なくとも5年は前倒しになったと見ています。国内では、ハンコを押すためだけに出社する「ハンコ出社」が話題になりましたよね。契約書や請求書、注文書などハンコを押さなければならない書類は意外と多くて、これをなんとかしなければならないと全国規模で課題意識が高まりました。
そこで当社は、当社は国内でコロナ禍が深刻化した20年4月に、従来の「GMO電子契約サービスAgree」のサービス名称を「GMO電子印鑑Agree」に変更。さらに今年2月に「電子印鑑GMOサイン」へと変えました。
「電子契約は難しい」というイメージを払拭するため、サービス名称に「印鑑」の言葉を入れ、「ハンコ=印鑑を電子化するサービス」だと分かりやすく伝える努力をしたわけです。ハンコだけでなく、手書きの署名(サイン)にも対応していることを明示的に表すために、今の電子印鑑GMOサインに落ち着きました。
――なるほど、電子的な認証をするに当たって、実際は印鑑や署名は必要ないにも関わらず、これまでの長年の業務に寄り添うかたちで名称を変えたと。
そうです。電子契約においては、印影や署名そのものに何か効力があるわけではないのですが、従来の紙の契約書と同じような見た目を再現するとともに、サービス名称にも印鑑とサイン(署名)を入れて、より馴染みやすくしました。
――電子印鑑GMOサインの海外展開はどうお考えですか。
すでにグローバルサインのブランドで始めています。もともとサーバー認証の認証局サービスはベルギーの会社をグループに迎え入れて本格化したものですので、スタートの時点でグローバルでサービスを始めていました。この認証サービスを電子的な書類に応用するだけですので、技術的には国境は関係ありません。
ただ、書類の認証は受発注などの契約に関する事柄ですので、その国や地域の法整備がしっかりできていることが前提となります。従って法整備が進んでいる欧米市場がまずは主なターゲットとなります。北米は先行するドキュサインにどう勝つのかという対策を考えなければなりませんが、欧州については当社認証局サービスがベルギー発祥ということもあり地の利がある。欧州は国内同様に高いシェアを獲得できる可能性が高いと手応えを感じています。
チャンスと幸運を掴み取る
――青山社長は実質的な「創業者」だとうかがっていますが、これまでの経緯もお話しいただけますか。
電話関連のサービスを提供していたアイルという会社があり、私はそこで「レンタルサーバー」の事業を立ち上げる契約で入社しました。若い人はもう知らないかも知れませんが、90年代はダイヤルQ2やパーティーラインなど電話を使ったサービスが人気だったのですが、それらがインターネットに取って代わられる過渡期でした。当社もレンタルサーバー事業に軸足を移すことに成功し、私は97年に社長に就いて今に至っています。アイルの創業者ではありませんが、レンタルサーバー事業の「創業者」ではあります(笑)。
レンタルサーバー事業に関連して、SSLサーバー証明書の仕入れ販売を手がけていましたが、05年に東証マザーズに上場して調達した資金を元手に、自らが認証局となってサービスを始めました。今から思えば、レンタルサーバー事業の強化のためにGMOインターネットと資本提携をして、東証マザーズに上場して資金を手に入れ、偶然にもそのタイミングでグローバルサインをM&Aでグループに迎え入れるチャンスに巡り会ったという一連の流れは、とても幸運でした。
――GMOグローバルサイン・HDと言えば、クラウド・ホスティング事業を思い浮かべる人も少なくないほど、今でも存在感ある事業となっていますね。今後のビジネス展開はどうお考えですか。
レンタルサーバー時代から培ってきた強固なIT基盤技術は、お話しした電子印鑑、電子契約サービスを支える基盤の技術的な裏付けにもなっています。まずは、伸び盛りの電子印鑑GMOサイン事業への投資を拡大させます。開発人員を数倍に増やし、販売管理、受発注、ワークフローなどさまざまな業務アプリケーションと連携して、より使いやすくなるよう磨きをかけるとともに、海外展開も積極的に進めていきます。
次の段階としてIoT分野の認証サービスへの進出も視野に入れています。例えば、自動車でネットにつながったり、自動運転を行ったりする「CASE」の分野では、重要な役割を果たすデバイスが悪意ある誰かに乗っ取られていないかを証明する需要が出てきます。認証サービスがIoTの分野へ広がるタイミングを見極めながら、新しい領域へ果敢に進出し、ビジネスをさらに成長させていきます。
Favorite Goods
「一泊二日の出張程度なら、持ち物は簡素な財布とスマホだけで足りる」と話す。お気に入りの財布のなかには、キャッシュレス決済用のカードと運転免許証、わずかな現金のみ。ほぼ手ぶらで出かけるのが青山流の旅の装いだ。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「あって便利な会社」の
レベルでは淘汰される
青山満社長の経営観は、「“あって便利な会社”ではなく“なくてはならない会社”になる」ことだ。
ビジネスマンとして駆け出しの頃、当時、海外で流行っていたスノーボードを米国から輸入してネットで販売していた。しかし、国内のスノボ市場が育ってくると大手資本が参入。自分たちの居場所がなくなってしまった。これがきっかけで、ネット通販に欠かせないレンタルサーバーやホスティング事業を立ち上げる。
サーバー運営で欠かせないSSLサーバー証明書も仕入れ販売していたが、結局は自社で手がけない限り他社との差別化は難しい。株式上場で得た資金や、海外でのM&A機会など、いくつかの幸運が重なって証明書を発行する認証局になることに成功した。コロナ禍の1年余りで急成長した電子印鑑のサービスも、この認証局サービスの技術を応用したものだ。
「あって便利な会社」レベルでは、競争のなかですぐに埋もれて淘汰されてしまう。数ある類似サービスの一つではなく、「社会経済の基盤として深く根づいたビジネス」を展開することで、「なくてはならない会社」として力強く成長していく。
プロフィール
青山 満
(あおやま みつる)
1967年、福井県生まれ。89年、東海大学卒業後、航空機器制御コンピューターの開発エンジニアとして就職。その後、独立して米国でスノーボード販売事業を立ち上げる。95年、アイル(現GMOグローバルサイン・ホールディングス)入社。97年、代表取締役社長に就任。
会社紹介
GMOグローバルサイン・ホールディングスの今年度(2021年12月期)連結売上高は前年度比6.7%増の142億円、営業利益は「電子印鑑GMOサイン」など成長事業に投資をするため同25.7%減の10億円を見込む。グループ従業員数は約1000人。海外の主要な現地法人は欧米・アジアの10カ国に展開している。