ウイングアーク1stは、オンラインで帳票をやりとりできるサービス「invoiceAgent(インボイスエージェント)」を立ち上げた。帳票作成ツールや文書管理ソフトといった主力事業と並ぶ事業の柱に育てていく。invoiceAgentは、注文書や請求書を紙に印刷することなく、デジタルデータのままを取引先に送付できるサービス。この基盤を応用して電子契約や電子伝票といったサービスを追加開発し、シリーズ化していく予定だ。田中潤社長は、「紙やPDF、電子データなど媒体を選ばずに帳票を効率よく運用できるプラットフォームづくりに力を入れる」と述べ、紙とデジタルのハイブリッド戦略によってユーザー企業の業務効率の向上を支援していく。
帳票、文書管理に続く第3の柱
――この6月、新ブランド「invoiceAgent(インボイスエージェント)」を立ち上げました。これまでの帳票系のソフトと何が違うのか教えてください。
invoiceAgentは企業間での帳票をやりとりする基盤サービスです。当社の主力商材は、皆さんよくご存じの帳票作成ツールや文書管理ソフトですが、invoiceAgentはこれらに続く第3の商品の柱として投入しました。
帳票作成の当社製品「SVF」は、国内ユーザー社数2万8000社余り、シェア7割近くをいただいている主力商品です。文書管理の「SPA」と合わせて「帳票・文書管理ソリューション」事業に分類していますが、基本的にユーザー企業の社内向けのシステムでした。今回新しく投入したinvoiceAgentは、企業間で帳票をやりとりするための基盤サービスであり、ペーパーレス化を一段と推進していくものです。
注文書や納品書、請求書など企業間ではさまざまな伝票がやりとりされていますが、現状、その多くは“紙”です。社内ではPCを使ってデジタルデータの帳票を作成しているのに、取引先には紙に印刷してアナログデータとして渡し、受け取った取引先は紙を見ながらPCに入力するデジアナ変換が繰り返されるのは非効率です。invoiceAgentはデジタルデータのままオンラインで安全に帳票を交換できるようにすることで、デジアナ変換をなくします。
――企業間やりとりなら従来のEDI(電子データ交換)と何が違うのですか。
EDIは受発注に特化しているのに対して、invoiceAgentは帳票全般に対応しているのが違いとして挙げられます。また、EDIは人間に優しくありません。決してEDIが果たしている役割を否定するわけではありませんが、EDIは機械による自動化を主眼としていますので、機械に優しい反面、人間には優しくない。この点が帳票がなくならない大きな理由でもあります。世界中で帳票が使われていますが、特に日本の帳票は緻密に設計されていて、いろいろな情報を1枚の帳票に詰め込む傾向があります。慣れた人ならば帳票1枚を見るだけで、パッとその内容が分かります。判子が押してあれば見栄えもいいですしね。
であるならば、これまで慣れ親しんできた帳票をそのまま企業間でやりとりできるようになり、人間による簡単なチェックで、お互いのERPなどの基幹業務システムにデータがデジアナ変換なしにスッと収まるようになる、これが理想的ではないでしょうか。
段階的なデジタル移行を支援
――なるほど、確かに納品書や請求書は慣れ親しんでいますので、これだけ電子化が進んだ今でも残っているわけですね。残っているどころかなくなる気配もありません。
人間に優しく、効率化のために機械にも優しくするには、帳票のいいところとデジタルのいいところを組み合わせればよいわけです。取引先によって「どうしても紙でほしい」ところもあれば、「PDFでもいい」ところもある。中には「ファックスで送って、そのあと原本を郵送してほしい」などいろいろ要望あります。電子帳簿保存法をはじめ法整備が進んだ今でも、取引先とのやりとりを全て電子化している企業はほとんどないと思います。
当社では、こうした現状を踏まえて、帳票を作成したあと、デジタルデータで送るのか、PDFで送るのか、紙に印刷して郵送するのかを選べるよう設計しました。取引先も当社のSVFやSPAを使っていただいているのであれば、invoiceAgentを介して同一環境でデジタルデータをやりとりでき、データを一元的に管理可能です。ERPなどの基幹業務システムへの転記も自動化できるでしょう。そうでない場合はPDFや紙の郵送といった選択が行える仕組みです。PDFや紙であれば、invoiceAgentやSVF、SPAを一切使っていない取引先でも受け取れる自由度があり、あくまでも実態に寄り添った運用ができる設計にしました。
就労人口が減っていく流れは止められない現状がある以上、業務の効率化、デジタル化は避けて通れません。ただ、一気に完全デジタル化するのは現実問題として難しいため、人間にやさしい帳票の良さを残しながら、段階的にデジタルへの移行を支援していきます。
――invoiceAgentはシリーズ化の予定があると聞いていますが、どのような段取りを考えていますか。
今回投入した帳票交換に続いて、今年夏には電子契約サービスを始める予定です。その先には納品に関わる伝票を電子化し、物流や配送情報を可視化するサービスなどを想定しています。帳票交換はもともと「SVF TransPrint」という名称で提供していたもので、伊藤忠商事のグループ会社で食品卸大手の日本アクセスに先行的に採用いただいた実績もあります。コロナ禍で業務のペーパレス化が一段と進んだことを受けて、「TransPrint」の部分をSVFシリーズから独立させました。新しくinvoiceAgentブランドの一製品として配置し直してシリーズ化していきます。
帳票と分析、意思決定を連携
――コロナ禍は、オフィスに出勤して、帳票を複合機で印刷し、納品書や請求書を取引先に郵送するという、これまで「当たり前」だった常識を覆した感があります。帳票と複合機は密接な関係にありますが、どう見ていますか。
複合機は便利ですから、なくなることはないと思います。ただ、帳票のデジタル化、ペーパレス化の進展に伴って、長期的に見れば出力ボリュームは漸減していく可能性があります。むしろ出力よりも入力デバイスとしての複合機の価値が改めて認識され、紙で受け取った帳票を複合機を通じてデジタル化し、保管、活用されていく方向に向かうのではないでしょうか。
――御社の製品には、もう一つデータ活用系のラインアップがあります。
データ活用系の定番商品として、データ分析の「Dr.Sum(ドクターサム)」や蓄積されたデータを可視化するダッシュボード「MotionBoard(モーションボード)」があります。帳票から取り組んだデータを文書管理のSPAに蓄積し、これをDr.Sumで分析、MotionBoardで分かりやすくレポートする流れです。
もう一つ、意思決定支援の「DEJIREN(デジレン)」があり、これは分析、可視化したデータを基に「○○の在庫が規定値より少なくなっているので追加発注しますか?」などとユーザーに問いを投げかけるツールです。追加発注すると決めたら、あとはDEJIRENが帳票作成のSVFを使って発注書を作って取引先に送付します。デジタルで送れる相手であればinvoiceAgentを使い、郵送であれば紙に印刷するところまで自動化します。帳票系とデータ分析系はクルマの両輪のように連携して、帳票→データ→分析→可視化→意思決定支援→帳票と一気通貫で回していけるよう設計しています。
売り上げの基礎を支えている帳票系が全体の6割強を占め、4割弱がデータ分析系の製品です。これに新ブランドのinvoiceAgentの売り上げを上乗せして成長を加速させていく算段です。
――御社は今年3月に東証一部上場を果たし、再び上場会社になりましたが、紆余曲折があったようですね。
ご指摘の通り19年、20年、21年と毎年のように上場を公表しておきながら、株式市況が当社の理想ではなかったため延期を繰り返し、3度目の正直で上場できました。IT業界広しといえども2回も延期する例はそうそうあるものではないにもかかわらず、支持してくださる株主やビジネスパートナーの方々が増える傾向にあったことは大変有り難いことです。今後ともステークホルダーのみなさんに応援団になってもらえるよう、より良い製品やサービス開発に取り組み、ビジネスを伸ばしていきます。
Favorite Goods
立体成型フルカーボン製のボディを採用した「VAIO Z」。今年3月の株式上場のタイミングで新調した。VAIOシリーズの最初期からのヘビーユーザーで、「自宅で歴代VAIOの博物館ができるほど買い揃えてきた」という。
眼光紙背 ~取材を終えて~
機械を部下とする「全人類上司化計画」
「機械でできることは、最大限機械にやらせるべき」というのが、ウイングアーク1stの田中潤社長の基本的な考え方だ。社内では、某アニメ風に「全人類上司化計画」と名づけ、「働く人が全て上司の役割を担い、部下(=機械)を使うべき」と説く。上司が部下に仕事を割り当てるように、受発注の作業や納品書、請求書の作成、送付は全て部下たる機械が担う。
少子高齢化で就労人口が右肩下がりで減っていく中、人間は商品づくりや業務上求められる判断など、人間にしかできないことに時間を使うことで、「生産性を維持できるはずだ」と田中社長は話す。
ウイングアーク1stは直近3年間、株式上場の公表と延期を繰り返したが、実はその度に“応援団”は増えているという。1回目の上場チャレンジのときは伊藤忠商事が株主の一員として応援。2回目は名刺管理サービスのSansanが資本参加。3回目は東芝デジタルソリューションズが株主に加わった。「当社の事業戦略が支持されている証しでもあり、大変心強いものがあった」とし、ビジネスパートナーとともに「全人類上司化計画」を推進していく。
プロフィール
田中 潤
(たなか じゅん)
1976年、山形県生まれ、千葉県育ち。システム開発技術者として主に企業の業務システムやWebアプリケーションの開発に携わったのち、2004年、ウイングアークテクノロジーズ(現ウイングアーク1st)に入社。11年、CTO(最高技術責任者)。17年、COO(最高執行責任者)。18年、代表取締役社長に就任。現在に至る。
会社紹介
ウイングアーク1stの昨年度(2021年2月期)連結売上高は前年度比2.1%減の182億円、営業利益は同43.6%減の32億円。今年度(22年2月期)売上高は前年度比3.9%増の190億円、営業利益は同83.3%増の58億円を見込む。連結従業員数は約700人。