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クラウドはまだ始まったばかり
アマゾン ウェブ サービス ジャパン 代表取締役社長
長崎忠雄
取材・文/本多和幸 撮影/大星直輝
2021/11/26 09:00
週刊BCN 2021年11月22日vol.1900掲載
「イノベーションのための技術」を再認識
――この2年間でAWSやクラウドに対するマーケットの見方はどう変わったでしょうか。日本のお客様のクラウドに対する意識、導入スピードが劇的に変わったと思います。もともとクラウドはイノベーションのための技術で、低コストでトライ&エラーを繰り返して、成功の確率を高めていくわけです。新型コロナ禍に直面して、従来のやり方では2年、3年とかかる変革やイノベーションに取り組まなければならなくなったお客様がクラウドを使う流れが一気に広がりました。
AWSそのものがアマゾン・ドット・コムのイノベーションの過程で生まれたものです。テクノロジーとカルチャー、二つの面で日本のお客様を支援してきた実感があります。
――カルチャーの観点からの支援とはどのようなものでしょうか。
イノベーションって簡単じゃないんですよ。リスクを取らないといけませんし、うまくいくかどうか分からないことをやり続けなきゃいけない。なかなか日本の企業はそういう組織ができていないですし、既に成功しているビジネスがあるほど変えられないじゃないですか。
我々のテクノロジーがいくら優れていても、お客様に自ら変わりたいというモチベーションがなければ、導入してもなかなか成功に導けません。ですから、お客様が変わるためのヒントとして、AWSが日頃経営でやっていること、お客様の支持をずっと捉え続けるために取り組んでいることなどをワークショップで共有する、といった活動もやっています。ご要望も本当に増えていますね。
――AWS自身が変わったことも多いのでは。
大阪リージョンのフルリージョン化という、日本のお客様からかねて強い要望があったことを実現できたことは大変嬉しいですし、多くのお客様に感謝していただいています。
社内施策という観点では、昨年3月にいち早くリモートワークに移行しました。我々が先頭に立って、リモートでもスピードを落とさずにビジネスができるということを証明できたと思っています。米国の当社幹部やサービスチームと日本のお客様をつなぐ機会も格段に増えましたので、これもリモート中心になったことによる大きなメリットの一つです。
――オフィスは縮小していきますか。
そういう方針ではないです。クラウドの市場はこれからさらに大きく広がっていきます。当社はあらゆる部門で人材採用を積極的にやっています。新しく入った人材との一体感を醸成するにはリアルな場が必要ですし、イノベーティブなことをやろうという場合にもリモートでのコミュニケーションでは不十分なことがあります。お客様とのコミュニケーションもそうですね。必要に応じた選択肢を提供していきます。
――大阪にフルリージョンを立ち上げたことのビジネス上の効果についてはどう見ておられますか。
まずシンプルに西日本地区のお客様が東京ではなく大阪リージョンを選べるようになりましたので、そうした引き合いは非常に増えています。
また、クラウドへの移行があらゆるワークロードで進んでいますが、ミッションクリティカルになればなるほど物理的に距離が離れたところにDRの拠点を置きたいわけで、そうしたニーズも多いです。AWSは一つのリージョンが複数のアベイラビリティゾーンで構成されていますので、単独でも堅牢性は非常に高いのですが、法規制があるために離れた複数の拠点を必要としているお客様はたくさんいらっしゃいます。
――競合のクラウドベンダーからは、「ミッションクリティカルシステムのクラウド化についてはAWSよりも当社のサービスが適している」というセールストークが頻繁に聞かれます。
他社が言っていることは把握していませんが、我々はこの業界で十数年、パイオニアとしてやってきました。エンタープライズ企業における事例の多さとサービスの多さは群を抜いていると評価していただいています。これは簡単に積み上げられるものではないですね。
――日本におけるクラウド活用やデジタル化、DXの遅れを指摘する声も一層高まった感があります。
日本が米国と決定的に違うのは、デベロッパーの数だと思います。今まではそれでよかったとしても、クラウドの時代はそれが足かせになる可能性があります。米国では例えば、一般的な金融機関がIT人材を大量に採用して、エンタープライズサービスを自分たちでつくるテクノロジー企業に変わる動きも目立っています。日本は人材の流動性も低いですし、そもそも数が少ない。これは向こう数年でボディブローのように効いてくると思います。
――AWSジャパンとしてその課題解決に貢献できることはありますか。
クラウド人材やイノベーティブなことができる人材を育てられるようなトレーニングプログラムとサーティフィケーションを拡充しています。パートナーに対しては無償のプログラムも用意しています。また、日本独自の施策として、パートナー経由でお客様の内製化を支援するプログラムを立ち上げました。既に15社のパートナーに賛同していただき、これらの活動を通して日本の次世代の人材育成に取り組んでいます。

三位一体で日本ならではの変革モデルを
――内製化を進めることがキーですか。先ほどご紹介したような内製化モデルは一つの理想ではありますが、日本が全く同じことをする必要はなく、独自のモデルがあると思っています。日本はパートナーがユーザー企業のIT導入・運用を支援してきました。これからは導入と運用ではなくて、お客様のイノベーションに伴走するという位置づけで、内製化できない部分をクラウドを駆使して支援することがパートナーの役割になると思います。繰り返しますが、日本は人材が圧倒的に足りないですから、それをユーザー企業とITベンダーが取り合っていても市場は広がりません。
既に興味深い事例も出てきています。今まで情報システムの内製はほとんどせずにパートナーに任せていた歴史のある重厚長大な製造業の会社が、事業環境の変化により従来のコアコンピタンスが生きなくなりました。そこでAWSのプロフェッショナルサービスと提携して自社で内製化するだけでなく、出入りのパートナーとも連携しながらアジャイルな開発環境をつくり、イノベーションのための体制を整えたんです。歴史のある大規模なお客様の変革ができたのであれば、ほかの日本のお客様ができない理由がないと、我々もすごく勇気をもらった事例でした。お客様、パートナー、AWSが三位一体となった新しい日本ならではのモデルをどんどんつくっていきたいと思っています。
――パートナープログラムもそれを踏まえて変わっていく可能性がありますか。
あり得ます。最近ですとNECや富士通のモビリティ事業、クラスメソッドと戦略的協業契約を結びました。これは一つの象徴的な動きです。従来のパートナープログラムのように、技術者を育ててください、事例をたくさんつくってください、というレベルを超えて、市場の課題を解決するためにお互いの強みを生かすための投資をしていく協業の形です。今後は業種特化やソリューションカットで新しいパートナーとの関係が生まれるんじゃないかと思っています。
――社長になられて今年で10年目です。
AWSに入るときに、北海道から沖縄まで、あらゆる企業や個人が「クラウドがあったからイノベーションを起こすことができた」と言える世界がすぐにやってくると思っていました。残念ながら、今でもそこまでは至っていないですね。IT支出全体に占めるクラウドの比率は5~6%くらいです。そう考えるとまだまだクラウドって始まったばかりです。
お客様やパートナー、そして私たちのチームにも言っているんですが、クラウドは導入して終わりではなく、その後にお客様との本当の関係が始まります。サービスは常に進化していきますし、それをファインチューンすることでメリットを得ていただくことができる。ITとの付き合い方を変えるためのマインドチェンジが必要です。
この10年、米国などでスタートアップがクラウドを駆使してあっという間に駆け上がっていくありさまを見てきました。クラウドを使うことでイノベーションの成功の確率が高まるというモデルを日本に根付かせたい。まだまだ道半ばだと思っています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
米AWSは21年12月期の売上高が6兆円を超えようかという勢いで、この規模になっても30%~40%程度の成長率を維持している。日本市場でもクラウド市場のリーダーとしての存在感は大きく、日本政府の共通クラウド基盤「ガバメントクラウド」のインフラとしても選定された。それでも長崎社長の言葉の端々には一種の飢餓感が滲む。クラウドのポテンシャルを存分に生かして日本を変えていくという大きな目標にはまだ遠いということなのだろう。
今年7月、AWSの創業者で長年CEOを務めたアンディ・ジャシー氏がジェフ・ベゾス氏の後を継いでアマゾン・ドット・コムのCEOに就き、アダム・セリプスキー氏がAWSのCEOに就任。長崎社長は「アダムはタブローのCEOからAWSに復帰した形だが、もともとアンディと創業時から一緒にやってきた、いわば右腕。私が11年に入社した時もかなり直接やり取りしたし、日本の文化をものすごくリスペクトしている非常に謙虚なリーダー。私も非常に馬が合う」と評する。グローバルの経営体制変更も追い風にして、社長就任10年を経た新章に踏み出す。
プロフィール
長崎忠雄
(ながさき ただお)
米国カリフォルニア州立大学ヘイワード校(現イーストベイ校)卒業、理学士号を取得。数社を経て、2006年にF5ネットワークスジャパンの代表取締役社長兼米国本社副社長に就任。11年にアマゾン データ サービス ジャパン(現アマゾン ウェブ サービス ジャパン)入社。12年2月より代表取締役社長。
会社紹介
【アマゾン ウェブ サービス ジャパン】米アマゾン・ドット・コム傘下でクラウドサービス「Amazon Web Services」を提供する米アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の日本法人。2010年8月設立。IaaSを皮切りにクラウド市場の開拓と成長をけん引してきた。米AWSの20年12月期売上高は454億ドルで、21年12月期は第1四半期、第2四半期とも売上高が前年同期比30%以上の成長率を継続している。東京リージョン設立は11年3月で、10年後の21年3月には大阪リージョンを標準リージョンとして開設した。
「イノベーションのための技術」を再認識
――この2年間でAWSやクラウドに対するマーケットの見方はどう変わったでしょうか。日本のお客様のクラウドに対する意識、導入スピードが劇的に変わったと思います。もともとクラウドはイノベーションのための技術で、低コストでトライ&エラーを繰り返して、成功の確率を高めていくわけです。新型コロナ禍に直面して、従来のやり方では2年、3年とかかる変革やイノベーションに取り組まなければならなくなったお客様がクラウドを使う流れが一気に広がりました。
AWSそのものがアマゾン・ドット・コムのイノベーションの過程で生まれたものです。テクノロジーとカルチャー、二つの面で日本のお客様を支援してきた実感があります。
――カルチャーの観点からの支援とはどのようなものでしょうか。
イノベーションって簡単じゃないんですよ。リスクを取らないといけませんし、うまくいくかどうか分からないことをやり続けなきゃいけない。なかなか日本の企業はそういう組織ができていないですし、既に成功しているビジネスがあるほど変えられないじゃないですか。
我々のテクノロジーがいくら優れていても、お客様に自ら変わりたいというモチベーションがなければ、導入してもなかなか成功に導けません。ですから、お客様が変わるためのヒントとして、AWSが日頃経営でやっていること、お客様の支持をずっと捉え続けるために取り組んでいることなどをワークショップで共有する、といった活動もやっています。ご要望も本当に増えていますね。
――AWS自身が変わったことも多いのでは。
大阪リージョンのフルリージョン化という、日本のお客様からかねて強い要望があったことを実現できたことは大変嬉しいですし、多くのお客様に感謝していただいています。
社内施策という観点では、昨年3月にいち早くリモートワークに移行しました。我々が先頭に立って、リモートでもスピードを落とさずにビジネスができるということを証明できたと思っています。米国の当社幹部やサービスチームと日本のお客様をつなぐ機会も格段に増えましたので、これもリモート中心になったことによる大きなメリットの一つです。
――オフィスは縮小していきますか。
そういう方針ではないです。クラウドの市場はこれからさらに大きく広がっていきます。当社はあらゆる部門で人材採用を積極的にやっています。新しく入った人材との一体感を醸成するにはリアルな場が必要ですし、イノベーティブなことをやろうという場合にもリモートでのコミュニケーションでは不十分なことがあります。お客様とのコミュニケーションもそうですね。必要に応じた選択肢を提供していきます。
――大阪にフルリージョンを立ち上げたことのビジネス上の効果についてはどう見ておられますか。
まずシンプルに西日本地区のお客様が東京ではなく大阪リージョンを選べるようになりましたので、そうした引き合いは非常に増えています。
また、クラウドへの移行があらゆるワークロードで進んでいますが、ミッションクリティカルになればなるほど物理的に距離が離れたところにDRの拠点を置きたいわけで、そうしたニーズも多いです。AWSは一つのリージョンが複数のアベイラビリティゾーンで構成されていますので、単独でも堅牢性は非常に高いのですが、法規制があるために離れた複数の拠点を必要としているお客様はたくさんいらっしゃいます。
――競合のクラウドベンダーからは、「ミッションクリティカルシステムのクラウド化についてはAWSよりも当社のサービスが適している」というセールストークが頻繁に聞かれます。
他社が言っていることは把握していませんが、我々はこの業界で十数年、パイオニアとしてやってきました。エンタープライズ企業における事例の多さとサービスの多さは群を抜いていると評価していただいています。これは簡単に積み上げられるものではないですね。
――日本におけるクラウド活用やデジタル化、DXの遅れを指摘する声も一層高まった感があります。
日本が米国と決定的に違うのは、デベロッパーの数だと思います。今まではそれでよかったとしても、クラウドの時代はそれが足かせになる可能性があります。米国では例えば、一般的な金融機関がIT人材を大量に採用して、エンタープライズサービスを自分たちでつくるテクノロジー企業に変わる動きも目立っています。日本は人材の流動性も低いですし、そもそも数が少ない。これは向こう数年でボディブローのように効いてくると思います。
――AWSジャパンとしてその課題解決に貢献できることはありますか。
クラウド人材やイノベーティブなことができる人材を育てられるようなトレーニングプログラムとサーティフィケーションを拡充しています。パートナーに対しては無償のプログラムも用意しています。また、日本独自の施策として、パートナー経由でお客様の内製化を支援するプログラムを立ち上げました。既に15社のパートナーに賛同していただき、これらの活動を通して日本の次世代の人材育成に取り組んでいます。
- ユーザー企業、パートナー、AWS 三位一体で日本ならではの変革モデルをつくる
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