コンシューマー向けのPC直販から始まったエプソンダイレクトだが、現在は法人向けの比率を大幅に高め、ビジネスのありようが大きく変化している。今年4月に新社長に就いた一杉卓志氏は、新型コロナ禍で浮き彫りとなった社会課題に対し、強みである“小回り”や“対応力”を生かして、解決策を提案していく姿勢を示す。2023年の設立30周年を目前に控える中、BTOベンダーだからこそ発揮できる価値をさらに高め、新たなステージへ進む。
(取材・文/藤岡 堯 写真/大星直輝)
──社長に就いた現在の心境をお聞かせください。
社長としての使命感もあり、ワクワク感もあり、という状況です。ただ、新型コロナウイルスやウクライナ情勢、上海のロックダウンなどで輸入系が滞ったり、コストが急激に高まったりと、ゆっくり考える間も無くいろいろなことが起きていますので、それに手を打っているという感じです。これまでエプソン販売から社長に就いた例はないということで、そういう意味でも緊張感みたいなものがあります。
汎用PCを「専用機」に
──新型コロナを契機にPC市場は大きく変わっています。環境をどう受け止めていますか。
そのうちにデジタル化するだろうと思っていたものが、(コロナ禍で)すぐにやらなきゃいけないという形になり、一般的にはテレワークやGIGAスクール構想などを受け、PC需要は高まっています。ただ、われわれはそこに注力しているわけでなく、窓口業務などの省人化に使うPCに需要があるとみていて、実際に引き合いもあります。
例えば、コンビニエンスストアのレジに置かれた決済用の端末が挙げられます。利用者からはタッチパネルを備えた専用機に見えますが、実際は一般的なPCとタッチパネルディスプレイを組み合わせたものです。専用機そのものを作っているわけではなく、PCを専用機へのニーズに近づけて提供しています。
お客様からは、本体だけではなく、ケーブルコネクターの配置など、さまざまな要望があり、それに合わせて開発しています。大手のベンダーさんでは、数の理屈もあって手掛けにくい部分ですので、そこが支持されていると思います。社内では「小回りが利く」と言っていますが、本当に細かいところで、お客様の要望にできるだけ近づけたものにしています。
──提供するのは汎用的なPCだけれども、組み合わせによって顧客の用途に特化した製品を作るということですね。具体的にターゲットとしている業種などはありますか。
セイコーエプソンは「Epson 25 Renewed」というビジョンを掲げています。目指すのは社会課題を解決し、心豊かな生活を実現することです。その社会課題解決のお手伝いができる領域で取り組んでいきたいです。最近の話題で言えば、小売業の人手不足や医療事務の負担軽減などの課題に、われわれの価値が届けば、グループ全体が目指す姿に貢献できるのではないかと考えます。
小売業については、先ほどコンビニエンスストアの例を挙げました。医療機関で言えば、今は予約受付システムに使われるPCに需要があるとみています。従来は窓口で番号札をもらっていたものが、インターネット上で予約できるシステムが広がっています。これから開業するお医者さんには、患者のウイルス感染防止や自分たちの労働力を確保したいという観点から、そういった装置を最初から備えたいというニーズがあります。
ただ、特にクリニックや個人での医療機関では専用機を使うとコストが高くなってしまう。そこでPCという選択になります。われわれが直接売るわけではなく、そういう(予約受付の)システムを作っているSIerの皆さんと一緒に取り組んでいきます。
──そのような取り組みは、エッジコンピューティングとも親和性があるように思います。
エッジの需要は確実にありますし、5Gが広がればさらに高まると考えています。AI技術が発達すれば、エッジ側で処理しなければならないことも増えるでしょうし、それで解放される人間の力が今後の産業を支えていくことになると思います。当社も試験的に導入している事例があります。
エッジの専用機と同じ耐久性や性能を持たせることはできませんが、コスト優先だったり、求める性能がそこまで高くなかったりすることが現実としてあり、そういったところに納入しているケースも出てきています。多岐にわたるニーズに対して、小回りのよさや対応力を強みとして、お客様に価値を提供できるのではないでしょうか。
長く使ってもらう手段を増やす
──一般用途で利用されるPCのビジネスはどう考えていますか
われわれのスタートは国内の個人向けPCを直接販売する形でしたが、しばらくして法人向けにターゲットを切り替えました。ですので、オフィスで使うようなお客様に対しても、もちろん取り組んでいます。そういったものはエプソン販売の商流の中で案件を広げたり、ウェブの商流でも選んでいただいたりと、マルチなチャネルで引き合いをいただいています。
20年の上期ごろから、デスクトップのノートへの置き換えが進みましたが、それが一周して、ノートでは実現できない高速性や大量のデータ処理能力を求める方向へ回帰する動きが出てきました。それを踏まえると、一定のニーズはまだあるのではないかと考えます。
ただ、低価格化も進んでいますので、その中でわれわれが出せる価値は何かと考えると、先ほど申し上げた特定業務の部分になるかと思っています。もちろん一般向けもやらないわけではなく、一定の支持をいただける強みを生かしながら進めていきたいです。
高い評価を受けているのはサポートの部分です。「1246」(「1日修理」「最短2日で出荷」「4億通りのBTO」「最長6年保守」)とアピールしていますが、BTOの一貫性の中で出せるパフォーマンスが非常に支持されています。そこから派生して、さらに長期に保証したり、ものを安定的に供給したりなど、BTOの延長で選択肢をより柔軟に増やしていくことも重要と考えます。
昔はOSの切り替え時に機械的にデマンドが発生し、われわれもその回転の中に入っていたわけですが、それがお客様にとって価値を与えられているかどうかと言えば、甚だ疑問です。現在はお客様にいかに長く使ってもらえるかを、価値の中心において検討しています。
リプレースではなく、一つの機種を保守延長していただいても、その間はずっとお客様であることに変わりはありません。ですので、長く使っていただくための手段をどれだけ持てるかが重要なのではと考え、昨年あたりから取り組んでいます。
PC単体だけでは難しくても、PCの中に入っているもの、あるいは周辺機器と合わせていくこともできるので、SIerや販売店の皆さんと一緒にお客様に提供することも考えられます。そういうやり方はパートナーシップの強化にもなるため、いろいろな方々との共創でビジネスを広げていきたいところです。
──社内の課題もお聞かせください。
仕組みと人材の強化ですね。この両輪が回ることで、組織力が強くなると思っています。仕組みというのは、極端に言えば、ある仕組みに基づいて動けば、勝手にビジネスが回る、または問題が露呈されるということです。それがなければ勘や経験、度胸というものに頼ることになります。
合わせて、価値観と行動を変革していきたいと考えています。新しい商品や施策を生み出すには、思考の枠を広げることが必要です。他流試合ではないですが、外部の人と話して課題感や世界観を体感させてみたり、何でもいいからやりたいことを考えて、同じ志のある人と一緒に企画を立てさせたりするなど、実体験を通して価値観を変える試みをいくつかしています。
組織力強化へ布石打つ
──来年には設立30周年を迎えます。
多くのお客様、取引先様、またOB、OGの皆さんのお力があってのことです。これまでの知見、基礎体力をしっかりと棚卸し、それを基にして、どう30周年を迎え、さらにその先へどう進むかを考えなければなりません。
キーとなるのは、やはり組織力の強化です。これをなくして今後の10年は戦えません。今はそのための布石を打ってるところです。次のステージに向かうタイミングで、30周年の節目を迎え、スタートが切れるようにできればいいなと思います。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「今の姿は皆さんが持っていらっしゃるエプソンダイレクトの印象とは、ちょっと異なる部分があるかもしれませんね」
取材の中で一杉社長はこう話していた。ウェブ直販のイメージが強いが、法人向けPCの多くは親会社であるエプソン販売の商流で提供され、直販の割合を上回っているという。
30年にわたるビジネスにおいて、その時々に応じた変化を遂げ、現在の姿がある。強みとしている“小回り”や“対応力”は、プロダクトやサービスの供給のあり方にとどまらず、さまざまな事業環境に合わせて生き残ってきた会社の姿そのものにも重なって見える。
30周年、そして次の時代に向けて、一杉社長が課題として掲げるのは組織力の強化だ。顧客のニーズや社会課題が複雑、多様、高度化する中で、求められる役割に応え、成長していくためには組織の変革が不可欠なのだろう。
節目を経て、さらにその先へ。エプソンダイレクトはどのように変わっていくのだろうか。
プロフィール
一杉卓志
(ひとすぎ たかし)
1976年生まれ、長野市出身。99年、東京経済大学経済学部卒業後、エプソン販売入社。ビジネス営業企画部長、販売推進本部副本部長、スマートチャージSBU副本部長を経て、2020年4月にエプソンダイレクト取締役。22年4月から現職。
会社紹介
【エプソンダイレクト】エプソン販売が100%出資する完全子会社。PCや情報関連機器の企画・開発・製造・ダイレクト販売を手掛ける。1993年に国内におけるDOS/V PCの直接販売を行う会社として設立。2022年4月現在の従業員数は約170人。