SCSKは、全国13カ所ある開発拠点を駆使した“分散開発”を推し進めている。核になるのは全国に500カ所余りある分室で、いわゆる客先に常駐する従来の開発スタイルから分散開発へと重心を移している。並行して分室を“顧客との共創の拠点”と位置づけ、顧客とともに価値を創造していくデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進役としての機能を一段と強化していく。また、ローコード開発ツールなどを盛り込んだ開発プラットフォーム「S-Cred+(エスクレドプラス)」を駆使し、生産性の向上を加速させる考え。来年度(2024年3月期)から始まる次期中期経営計画の期間中に全体の3割にS-Cred+を適用していく方針だ。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
“共感経営”で実行力を高める
――今年4月の社長就任から半年余り、當麻さんは機会あるごとに“共感経営”を目指すとのメッセージを発しています。どのような狙いがあるのでしょうか。
会社として掲げている経営理念や、事業部門の展望について、従業員一人一人が腹落ちして“共感”しないと、本当の意味で浸透しません。絵に描いた餅では実行力も乏しいですよね。健やかで、健全な「ウェルビーング経営」を実践するには、従業員全員が“共感”できる環境を整える必要があります。従業員エンゲージメントを高めると言い方を変えることもできます。トップに就いてからは、役員や事業部門の責任者を交えて、共感経営を推し進めていく大切さをより深く理解してもらえるよう話し合いを続けています。
――共感経営の中長期的なスパンにおける重要さは理解できましたが、足元の売り上げや利益を上げるのに即効性はあるのでしょうか。
その質問に答える前に、私の抱いている課題感についてお話します。われわれSIerは顧客の求める情報システムの開発や構築を請け負ってきました。電気やガスと同様、わが国の社会経済を支えているという誇りと自負をもっています。そこに揺らぎはないのですが、それだけでは十分でないと考えているのも事実です。
電気やガスが止まるとクレームの嵐が巻き起こるように、情報システムが停まると叱責されます。正常に動いていて当たり前ですので当然のことですが、そればかりだとどうしても後ろ向きになってしまいます。怒られないよう保守的になり、新しいことをやろうとする気概が育たない、と私は感じています。
――つまり、従来の請け負い型の開発や構築では、どうしても減点主義になってしまい、従業員の皆さんが共感するどころか、新しいことをやろうとする意気込みも萎縮しかなねいということですか。
私たちは世界最先端のデジタル技術を売りにしているSIerですので、その技術を使って顧客のビジネスをもっと盛り上げていきたい。顧客の売り上げや利益を伸ばすのに役立ちたいと考えています。それが当社従業員のより一層のやりがいにつながりますし、モチベーションを高めます。この部分をもっと大きく育てていかないと従業員の共感は得られず、顧客の業容拡大に一段と役立つことも難しい。
「当社の売り上げや利益に即効性はあるのか」との問いですが、従業員のモチベーションが高まり、経営理念や事業部門の展望に共感しやすくなるのであれば即効性は十分にあると私は考えています。
常駐開発から分散開発へ軸足
――顧客のビジネスを伸ばすのに直接的に貢献するには、顧客と対等なビジネスパートナーとして目線を同じ高さにもっていく必要があると思いますが、具体的にはどのような取り組みをしていますか。
本年度(2023年3月期)までの3カ年中期経営計画でとくに力を入れているのが全国500カ所余りある「分室」の改革です。分室とは客先の事業所に隣接した拠点のことで、いわゆる客先常駐に近い存在です。顧客に密着して、顧客の困りごとや課題を聞き込み、システム開発や構築を請け負う仕事が多くを占め、全国の分室に当社の協力会社の社員の方も含めて約1万人が常駐しています。
分室改革では、これまでの分室の役割をより発展させるかたちで、顧客とともに新しい価値をつくりだす“共創”の拠点に変えていくものです。顧客の新規事業の立ち上げをデジタルの側面で支えたり、いっしょにアイデアを出したりと、これまでにない新しい価値を創り出すDXを顧客とともに推進する役割を分室が担えるようにします。
――実際のシステム開発はどこが担うのですか。
顧客の了承を得た上で、全国13カ所の開発拠点で開発するよう努めています。北海道や九州・沖縄といった地方拠点で開発人員を育成しており、顧客との共創ビジネスで必要になった開発を、地方の開発拠点で担う構図です。開発だけではなく、システムの動作検証やビジネス・プロセス・アウトソーシング(BPO)の拠点も12カ所展開しており、合計するとグループ会社や協力会社の社員の方を含めて約4700人まで拡充しています。
――「常駐開発」から「分散開発」へとかじを切っているわけですね。確かに環境が整った専門の開発拠点で、専門的な技能をもった高度IT人材によって集中的に開発したほうが効率がよさそうです。
顧客から「お願いしたことだけやってくれればいい」「あれこれ提案するのは、正直お節介だ」と言われるケースもなかにはありますので、従来型の請け負い開発の仕事を否定するつもりはありません。客先で開発をすることに価値を見いだしてくださる顧客も少なからずいます。ただ、当社としては「これからもいろいろお世話を焼きますよ」と顧客に向けて宣言することはやっていきたい。
現場で働いている従業員を見ていると、あれこれ提案しているときや、顧客といっしょになって新しいビジネスを立ち上げようとしているときは、生き生きと目が輝いていることが圧倒的に多い。もちろん新規事業は成功するとは限らないので緊張感はありますが、その分、やりがいもあるというものです。
独自開発の「S-Cred+」適用率を3割に
――確かにコロナ禍の期間を経てリモート開発が浸透した印象を受けます。開発はネット上に構築された仮想空間で行う分散開発が一層定着しそうです。
開発手法も大きく変えています。分散開発と並行して当社が独自に開発したローコード開発ツールや製造業向けテンプレート、ウェブアプリの開発フレームワークなどをひとまとめにしたモノづくり革新プラットフォームのS-Cred+を整備してきました。使い勝手のいいクラウド基盤や手軽なSaaSが増えて、顧客もベンダーに向けて「ほしいものをほしいときに、すぐ用意してくれ」と求めることが増えています。
顧客にとってシステム開発は業務変革や新規ビジネスの立ち上げといった目的を達成する手段であって、決してシステムを開発したいわけではありませんからね。開発しなくて手に入るのであれば、それに越したことはありません。当社のS-Cred+プラットフォームはそうした顧客の要望に応えるために、分室改革と並んで中計の重点分野として整備を進めています。
――S-Cred+を活用した案件は、どのくらいありますか。
中計が始まってから昨年度(22年3月期)までの2年間の累計で約130件です。次の中計期間中には新規に受注した案件を中心に全体の3割にS-Cred+を適用したいと考えています。
――手組みで開発した大規模システムの保守や改修プロジェクトを多く抱えるなかで、3割適用はかなりハードルが高いですね。
S-Cred+プラットフォームを使えば、当社が推進する分散開発にも有用ですし、マルチクラウドへの対応や他社SaaSとの連携も格段にやりやすくなります。顧客は求めるシステムを早く手に入れられますし、当社は生産性を大幅に高められる。とりわけ、DXの文脈における新規事業の立ち上げは、スピード勝負になりますので、S-Cred+の積極的な活用は顧客にとっても、当社にとっても優位性を高めるのに役立ちます。
――業績についてもお話していただけますか。
中計最終年度は、M&A込みで売上高5000億円を目標に掲げていましたが、現時点では4500億円を見込む一方、営業利益率は目標の12%の達成を視野に入れています。共感経営や分室を活用した顧客との共創ビジネスの一層の推進、M&Aの可能性の追求、さらには海外ビジネスを伸ばすことで、30年に年商1兆円に挑戦する構えです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
SCSKでは、SIビジネスを大きく二つに分けて捉えている。一つめはシステムの改修や更改を続けることでサービスを継続したり、業務を効率化したりする伝統的なSIビジネス。全国に配置する分室のメンバーが文字通り顧客に張りついて支えている重要な部分だ。
もう一つは顧客の新規事業の立ち上げをデジタル技術で支え、顧客とともに新しい価値を創造する領域。SCSKが「DX事業化」と呼ぶこのスタイルでは、分室は顧客との共創拠点として機能する。DX事業化に当たっては自動車をはじめとしたモビリティ、金融、健康などの重点分野の技術革新や人材育成などに累計100億円近くを本年度までの中計期間中に投じる予定だ。
DX事業化は住友商事とも連携して海外でも展開しているが、コロナ禍で往来の制限があったことから若干の遅れが見られる。次期中計では国内外でのDX事業化を一段と強力に推し進めていく方針だ。
プロフィール
當麻隆昭
(とうま たかあき)
1965年、奈良県生まれ。87年、近畿大学理工学部卒業。同年、住商コンピューターサービス(現SCSK)に入社。2013年、執行役員産業システム事業部門事業推進グループ長。16年、上席執行役員製造システム事業本部長。18年、常務執行役員製造・通信システム事業部門長。20年、常務執行役員として人事・総務、人材開発を担当。22年4月1日、執行役員社長最高執行責任者に就任。同年6月から現職。
会社紹介
【SCSK】1969年に旧住商コンピューターサービス(後に住商情報システムに社名を変更)を設立。2011年に旧CSKと合併して社名をSCSKに変更。昨年度(22年3月期)連結売上高は前年度比4.4%増の4141億円、営業利益は同3.7%増の475億円。10期連続の増収増益を達成。従業員数は約1万5000人。