NTT東日本は2019年以降、農業や漁業、酪農、中小企業の振興に焦点を当てた事業子会社を10社近く立ち上げており、地域経済に密着した事業や人材育成に取り組んできた。地域の多様性と効率性を両立させる「分散型ネットワーク社会」のビジネスを成長領域と位置づけて一段と力を入れていく。地域経済が活性化し、産業集積度が高まれば、結果的に全国規模の通信トラフィックが増大し、通信キャリアとしての事業も伸びるとみている。今年6月にNTT東日本トップに就任した澁谷直樹社長に話を聞いた。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
“仕組みの変革”がビジネスの本分
――NTT東日本にとっての成長領域はどこにあり、どのような役割を担っていくべきだとお考えですか。
当社では17都道県、29支店の地域密着のリソースをフルに生かした地域経済の活性化に力を入れています。19年からは従来の固定電話ビジネスとは毛色の違った事業子会社を立ち上げ、地域経済に焦点を当てたビジネスの拡大に臨んでいます。
最初に立ち上げた事業子会社は、ITを活用して次世代農業を支援するNTTアグリテクノロジーで、その後、eスポーツを通じた地域振興を主眼としたNTTe-Sports、家畜の糞尿処理、肥料生産、発電を手がける北海道帯広市のビオストックなど新領域だけで10社近くをつくりました。
――ITソリューションを軸とする一般的なSIerなどのITベンダーとは、ずいぶん違ったアプローチですね。
そうですね。当社はあくまでも地域の社会経済全体の活性化に主眼を置いているのが他社との大きな違いです。
とはいえ、地域経済の活性化と一言にいっても、実際には容易なことではありません。少子高齢化や東京一極集中が進むなか、持続可能な社会経済を実現するために、例えば東名阪への集中を推し進めて効率化する考えもあると思います。あるいは徹底的に標準化して、地域性を排除するのも効率化につながるという見方もあります。
そうしたなかで、当社では地域の多様性や特色ある地場産業、文化伝統を大切にしながら持続的に発展できるよう支援することに、成長の可能性を見いだしています。
――具体的にはどのような取り組みになるのでしょうか。
どこの地域でも農業・漁業などの一次産業は必ず存在しますので、成長領域に向けた事業子会社はNTTアグリテクノロジーを真っ先に立ち上げました。IoTやAIを駆使して農作物の栽培に使うビニールハウス内の環境を制御したり、生育データを分析したりして収穫予測や人員配置の最適化を目指しています。
ただ、こうした“単発”の課題解決や支援だけで、地域経済全体を活性化するのは困難だとみています。農作物の生産から流通、販売に至るサプライチェーン全体のデジタル化や、陸上養殖など漁業との組み合わせによる産業の集積度を高めて雇用や収入を増やしていくといった地域の社会経済の“仕組みの変革”こそが、当社の成長領域ビジネスの本分だと捉えています。
通信ネットワークを成長ビジネスに転換
――地域の社会経済の“仕組みの変革”を主軸に据えるとなると、単発のITソリューションではやや力不足ですね。
東京一極集中や極端な少子高齢化は、突き詰めれば地域経済が魅力的なものではなくなって、持続可能ではないと感じる人が増えているからではないでしょうか。であるならば、地域の産業集積度を高めて、その地域で安心して家族を持ち、子育てができる社会基盤を維持、発展させていくことができれば、国全体が抱える深刻な問題を解決する糸口がつかめると考えています。
――成長領域、注力領域は理解できましたが、これまで固定電話のビジネスを主に手掛けてきたNTT東日本に、そうした社会経済の持続的発展を促していくようなノウハウや人材は存在しますか。
従来の人材スキルセットの延長線上には必ずしもあるとは限りません。だからこそ成長領域に焦点を当てた事業子会社をつくり、地域でビジネスを手がけるさまざまな企業や団体と協業を進めているのです。
直近では、全国254ある信用金庫の中央金融機関の信金中央金庫と業務提携し、中小企業の資金繰りの把握や電子請求書への対応、事務管理サービスなどをひとまとめにした信金のサービス「ケイエール」を今年10月から始めました。ほかにも、昨年秋に北海道大学などと協業して、「Sub6・SA方式」のローカル5Gを使った全国初となるトラクターの遠隔制御による自動運転の実証実験に取り組み、今年1月からは岡山理科大学などと協業して世界初となる「ベニザケ」の陸上養殖の実現に挑戦しています。
――従来の固定電話のビジネスとの相乗効果はあるのでしょうか。
大きく関係しています。まず固定電話は24年1月からインターネットベースのIP網へと順次切り替えることが決まっています。現状の国内インターネットの通信トラフィックの約75%が首都圏に集中していますが、これでは、せっかく全国に通信ネットワークを持っていても十分に生かせません。
そうではなくて、地域の経済圏のなかでIoTやAIを活用した産業集積が進めば、過度な集中が緩和され、全国に張り巡らせたNTT東西地域会社の光ネットワークの有効活用ができるばかりか、次世代の超高速・省電力・低遅延の光ネットワーク「IOWN(アイオン)」の真価を発揮することができ、固定電話で培ってきた通信ネットワークを成長ビジネスに転換する道筋も見えてきます。
効率性を最優先した首都圏集中型のモデルより、多様性を生かしつつ効率性を両立できる分散型ネットワーク社会こそ、本当の意味での豊かな地域文化や社会経済の実現に近づけると考えています。
地場産業を担う人々が主役に
――澁谷社長は、分散型ネットワーク社会をいつごろから意識して仕事に取り組んでこられたのでしょうか。
私は割と早い段階から分散型ネットワーク論者で、NTTに入社して間もない90年頃にリモートワークを社内で提唱して、実際に鎌倉市(神奈川県)、志木市(埼玉県)、船橋市(千葉県)、そして今で言うワーケーションの拠点として八ヶ岳(長野/山梨県)にオフィスを置いて、分散ワークの実験を行いました。
私はNTT民営化の年に入社した第1期生で、当時は若手も含めて民営化後に相応しい新しいビジネスを社内で募っていた時期でした。それに応募するかたちで分散ワークを実践したわけですが、結果は失敗。当時のネットワークはISDN回線で今から比べれば遅く、安価なファイル共有やビデオ会議などの仕組みも揃っていませんでしたので、コロナ禍でみんなが体験したようなリモートワークとはほど遠いものでした。
もう一つ、当時はあくまでも“NTTのサービス”であり、事業の主体がNTTでした。実はここが一番の違いで、今、NTT東日本が実現しようとしている分散型ネットワーク社会は、事業の主役が地域の一次産業や中小企業、自治体なんです。地域の社会経済が活性化することで、当社の通信ネットワークに対する需要が増えたり、NTTアグリテクノロジーをはじめとする事業子会社のビジネスに弾みがつく。NTT用語で「B2B2Xモデル」と言ったりしますが、顧客のその先にある地域経済そのものの活性化こそがゴールだと捉えています。
――リモートワークと言えば、今年6月、コロナ禍が収束したあともNTTグループ全体でリモートワークを定着させる方針を示しています。
これは人材育成にも大いにプラスになる施策で、例えば北海道の帯広でデジタル技術を活用した畜産ビジネスの変革に取り組みながら週に何回か東京の仕事をしたり、逆に東京に居ながら地域ビジネスに関わることが、転勤や単身赴任をしなくても可能になります。地域の一次産業や企業、自治体、大学、農協などと密に連携をとりながら、新しい働き方を実践することで多様なノウハウを持ったデジタル人材を早期に5000人規模で育てていきたい。その結果として既存の固定電話と成長領域の売上比率を今の約6対4から25年までに半々にもっていく方針です。
眼光紙背 ~取材を終えて~
地域の社会経済の“仕組みの変革”こそが成長ビジネスだと捉える澁谷社長。だが、変革を推進するに当たっての主役はあくまでも地場産業を担っている人々であり、NTT東日本の働きかけに共感してもらい、いかにして実行に移してもらうかが成否を握る。
澁谷社長は「共感→熟成→やってみる→繰り返すのサイクルを回していけるかが、かぎを握る」と話す。日々進化するデジタル技術を駆使して変革するデジタルトランスフォーメーション(DX)に共感し、地域の主役たちが納得して、具体的にイメージできるようになることが大切だという
熟成までには一定の時間が必要で、ここで先走ると空回りや失敗を招きかねない。熟成したのちは実際にやってみて、うまくいくまで繰り返すサイクルを澁谷社長は「共感型DX」と位置づけて、成功するまで伴走する心構えで地域ビジネスに臨む。
プロフィール
澁谷直樹
(しぶたに なおき)
1963年、京都府生まれ。85年、京都大学工学部卒業。同年、日本電信電話(NTT)入社。2010年、NTT東日本福島支店長。14年、取締役ネットワーク事業推進本部設備企画部長。18年、代表取締役副社長ビジネス開発本部長。20年、NTT代表取締役副社長副社長執行役員。22年6月17日、NTT東日本代表取締役社長社長執行役員に就任。
会社紹介
【NTT東日本】1999年に設立。NTT西日本とともに固定電話や地域ITビジネスを手がける。昨年度(2022年3月期)売上高は前年度比0.5%減の1兆7180億円、営業利益は5.7%増の2790億円。NTT東日本グループ全体の従業員数は3万8000人。