企業のDXを支援していくためには、ITベンダー自身もこれまでと大きく変わっていく必要がある。それを実践して成功を収めているのが、米Informatica(インフォマティカ)だ。老舗企業としてデータ統合ツール「PowerCenter」を主力製品としていたのは過去の話で、現在はクラウドネイティブのデータマネジメントソリューションを磨き上げ、グローバルで5000社以上の顧客のデータ主導型ビジネス変革を支援している。2022年7月に日本法人社長に就任した渡邉俊一氏は、新たなインフォマティカのイメージを浸透させるために三つの方針を打ち出している。
(取材・文/大蔵大輔 写真/大星直輝)
既存イメージ脱却のための三つの方針
――22年7月に日本法人の社長に就任されました。現在のインフォマティカの状況をどのように分析していますか。
当社は「PowerCenter」というETL(Extract/Transform/Load)ツールをオンプレミスで販売する会社でしたが、この10年間で「DX」「データドリブン経営」「クラウド」の観点から大きくビジネスをトランスフォームしました。ビジネスの変革は“できあがりつつある段階”と考えており、直近のプロジェクトに関しては、ほとんどがクラウドベースで動いています。ただし、当社は日本で20年にわたってビジネスを展開しているので、昔からご利用いただいているお客様の中にはまだオンプレミスを使っている企業もあります。こうしたお客様に対してはパートナーと一緒にクラウド移行のプログラムを紹介し、支援しているところです。
――新社長としてどのような方針を打ち出していますか。
社長に就任してすぐにAPJ(Asia Pacific Japan)のリーダーと日本のスタッフにビジョンとして共有したことが三つあります。それが「カスタマーファースト」「バリューセリング」「ブランドアウェアネス」です。カスタマーファーストは、当社自身がお客様の方針を深く理解しようということです。従来はよくも悪くもパートナーに頼りすぎていました。PowerCenterはインプリメントからサポートまで一貫してパートナーにお任せすることが多かったのですが、データマネジメントソリューションを提供していく上ではよりお客様に寄り添う必要があります。
次にバリューセリングです。「インフォマティカ=Power
Center」というイメージはいまだに強く、クラウドベースのソリューションに切り替わってきているということがまだ十分にお客様に伝わっていません。そこでもう製品のスペックを説明する売り方はやめようよと。当社がクラウドベースでどんな価値を提供していけるのかをアピールする方向に変えていきましょうと話しています。
最後にブランドアウェアネスです。これはバリューセリングにも関係するところですが、インフォマティカが「データマネジメント全体を網羅する会社に変わっている」という新しいブランドイメージの発信を強化していきましょうと伝えました。強調したのは、これは特定部門の仕事ではないということです。全ての社員がことあるごとに外部に伝えていくべきメッセージとして周知しました。
データのステークホルダーは全部門
――21年4月にデジタルトランスフォーメーション基盤「Intelligent Data Management Cloud(IDMC)」をリリースしたことが大きなターニングポイントになりました。
グローバルにおけるIDMC発表のタイミングで「クラウドファースト」「クラウドネイティブ」というキーワードを打ち出しましたが、日本でも関心は高く、お客様から多くの問い合わせをいただきました。当社とパートナーのクラウドシフトが加速したのもポジティブな影響でしたが、一方で新しいクラウドベースのサービスなので、パートナーのインプリメントやサポートのあり方、お客様への説明の仕方など、さまざまなプログラムを作って理解度を深めていただくというチャレンジもありました。
――ETLツールからデータマネジメントソリューションに軸を移したことで、顧客の顔ぶれも変わってきたのではないですか。
もともとETLツールを主力で販売していたときから業種・業態を問わないものでしたので、お客様ががらっと変わったということはありません。ただ現在のデータマネジメントを包括したソリューションを提供するようになり、対象となる部門は広がりました。これまで基本的にはITセクションにアプローチしてきましたが、データのステークホルダーは全部門にわたるため、経営層やマーケティング部門にもリーチできるようになりました。裾野が広がったことで、トランザクションは増加しています。
――1社あたりの平均単価が増えているということでしょうか。
ライセンス販売からサブスクリプション販売に軸を切り替えたことで、当然イニシャルコストは落ちていますが、トータルの契約金額は増えています。グローバルでは22年第3四半期決算におけるサブスクリプションARR(年間経常収益)が前年同期比で27%伸びており、日本でも同様の成果が出ています。
顧客、パートナーと目指すデータの民主化
――データ活用を含めた国内企業のDXをさらに促進するために、どのような部分で貢献できると考えますか。
キーワードになっているのは「トップダウンアプローチ」「組織役割の再定義」「定着化」です。データ活用を推進するためにトップダウンで実践していくという姿勢は各社共通しています。さらにそこから組織はどうあるべきかという議論が行われ、目的達成のために役割を再定義しようとしています。そして、すぐに成果が出るものではないので定着化させることも必要です。
こうしたプロセスをサポートするために当社が取り組んでいるのが、パートナー交流とユーザー交流の活性化です。現在、当社パートナーにはプラチナム、ゴールド、シルバーという区分があるのですが、プラチナムパートナーがシルバーパートナーのリソースを利用するといった人材交流も行われています。ユーザー交流では顧客同士で成功体験を共有していただいていますが、ここで交わされる話題は当社サービスに限定したものではありません。われわれはあくまで縁の下の力持ちで、それをうまく使ってDXを推進していただきたいと考えています。
――データ活用を支援するソリューションに本腰を入れる企業が増えてきています。競合との差別化にはどう取り組みますか。
これまでのデータ活用は企業のIT部門に限定されたものでしたが、現在は全てのステークホルダーが活用できるものにすることが求められています。このデータの民主化を実現するために重要なのが「クオリティ」と「ガバナンス」です。データがきちんと使える状態にあるか、データの所在は明確か、不要なデータは混じっていないか。データを集めるだけでなく、こうしたライフサイクルの全てをカバーしてマネジメントできるのは当社だけです。
データ主導型のビジネス変革がうまくいっているお客様は「データに価値を持たせることができているか」「複数のステークホルダーにバリューを届けられているか」「データ活用で実現したいことのビジョンはあるか」という3ステップがしっかりできているケースが多いのですが、そのためにはそれぞれのフェーズでクオリティとガバナンスを高めることが求められます。
――23年度に注力したいことを教えてください。
パートナーエコシステムの強化はグローバルで特に注力していく方針です。日本では20社のパートナーと連携していますが、先ほど述べたような情報交換やナレッジの共有をさらに活性化していきたいと考えています。具体的には担当部署だけでなくフロントに立つ営業部門の人とも戦略やアクティビティについてしっかり会話して、本当のカスタマーファーストになるようアクションを起こしています。また現在、IDMCでは各産業に特化したテンプレートを順次用意しているのですが、それを広げていくためにもお客様への理解を深めることは不可欠です。
グローバルでは「クラウドオンリー」「コンサンプションドリブン」という方針も示されています。これまではクラウドファーストでしたが、この流れを加速して、さらに強く方向性を打ち出していきます。コンサンプションドリブンは「しっかりサービスを使ってもらう」ということです。IDMCは従量課金制なのでイニシャルコストはかなり低く設定されています。その分、データマネジメントのサイクル全体でサービスを使っていただけるように促し、コンサンプションを上げていく。これは本年度の大きなテーマになってくると思います。
眼光紙背 ~取材を終えて~
渡邉社長とインフォマティカの縁は古く、実は13年前にも日本法人代表就任の打診を受けていた。当時、米29WESTの日本法人でカントリーマネージャーを務めていたが、同社を10年にインフォマティカが買収。そのタイミングで「社長にならないか」と声がかかったのだ。ただ次の就職先が決まっていたこともあって辞退。吉田浩生氏が社長に就き、10年以上にわたって会社の変革期を支えた。
ところが、社長を断った後も渡邉氏とインフォマティカの関係は続いた。「前職でアライアンスがあったこともあり、吉田社長とは何回も話をして動向はずっとウォッチしていた」という。DXやデータドリブンといったトレンドに乗ってビジネスをトランスフォームしていくことは「とてもいい感じ」に映った。そして、巡ってきた2度目の機会。今度はその任を引き受けた。
長期に務めたトップの後任となれば相当なプレッシャーがかかりそうなものだが、やるべきことは見えていたので気負いはなく、気力は充実している。「ジムで鍛えている」と話すとおり、スーツ越しからでも還暦間近という年齢を感じさせない肉体の力強さが伝わってきた。
プロフィール
渡邉俊一
(わたなべ しゅんいち)
1963年、神奈川県生まれ。87年に日本大学法学部を卒業。英FINASTRA(フィナストラ)の日本支社代表やキャップジェミニのシニアディレクター・金融営業統括責任者などを歴任。長年にわたって金融機関向けのマーケティングデータやテクノロジーに関連する事業に携わり、グローバル企業のアジア・日本市場開拓に貢献してきた。2022年7月から現職。
会社紹介
【インフォマティカ・ジャパン】1993年に米カリフォルニアで設立。データ統合管理ソフトウェアベンダーのパイオニアとして市場を牽引。2021年に包括的なデータマネジメントを実現するクラウドプラットフォーム「Intelligent Data Management Cloud(IDMC)」をリリース。同プラットフォームで250を超えるクラウドサービスを提供している。日本法人は04年に設立。