パナソニックコネクトは、2023年4月に設立1周年を迎えた。社内カンパニー時代から引き続きトップを務める樋口泰行プレジデント兼CEOは、21年までに約78億9000万米ドル(当時の為替レートで約8600億円)を投じて買収した米Blue Yonder(ブルーヨンダー)の事業や、これまで進めてきた事業の取捨選択をはじめとする改革によって「向こう5年の成長が始まる場所にやっと着いた」と語る。将来を見据えた土台を着実に構築しており、24年度の売上高1兆1700億円などの目標達成に向けて自信をみなぎらせている。
(取材・文/齋藤秀平 写真/大星直輝)
「あるべき姿」に向けて加速した1年
──パナソニックコネクトが新会社として設立し、1年がたちました。今の気持ちを聞かせてください。
長らく離れていたパナソニックに約25年ぶりに戻る際、「一つのカンパニーをお願いします」となり、社内カンパニーだったコネクティッドソリューションズ(CNS)社の運営を担当することになりました。22年4月に新会社になりましたが、意識はあまり変わっていません。各社内カンパニーの中で、そのまま継続となったのはCNS社だけでしたから。ただ、それぞれの事業会社が自主責任経営をすることになったので、やれることの幅はさらに広がりました。自分が思う会社のあり方や方向性、そして法人向けビジネスのあるべき姿に向けて、より加速した1年になったと思っています。
──直近のビジネスの状況はいかがでしょうか。
コロナ禍でいろいろなことがありましたが、特に22年度上期は、「こんなに部品が入らないことが過去にあっただろうか」と思うくらい部品不足が深刻でした。お客様からの需要は高まっていましたが、部品が調達できず、モノが作れない状況になり、経営的には相当苦しかったです。その後、秋頃から徐々に状態がよくなり、下期は大幅にリカバリーできました。コロナ禍を切り抜け、会社としては勢いに乗りつつあるので、23年度は飛躍のタイミングになるでしょう。
集中投資する次の3カ年が勝負
──ソフトウェア事業をベースとした成長事業のうち、中核となるブルーヨンダーの事業についての考えを聞かせてください。
ブルーヨンダーのクラウドベースの製品は、グローバルで導入企業数が多く、ミッションクリティカルなサプライチェーンを対象にしていることから、解約率が低いのが特徴です。ソフトウェアのビジネスは、グローバルでどれだけ規模を獲得できるかが重要で、クラウドの世界では、規模をめぐるベンダーの競争は一層し烈になります。グローバルで規模を取り、解約率が低ければ、継続的な収益につながるので、ブルーヨンダーの事業は経営に安定性をもたらすと期待しています。さらに、当社が法人向けに手掛けているセンシングや顔認証、ロボティクスなどの技術を組み合わせることが可能で、既存ビジネスとの接点が多いことも魅力です。ポテンシャルが高い分、「高い買い物だったね」と言われることはありますが、将来的に素晴らしい事業になると確信しています。
──ブルーヨンダーについては、この1年で本社の新CEO就任や、25年までの3カ年で計2億ドルを投資する計画の発表などがありました。どのような狙いがありますか。
買収前は投資ファンドの傘下にあり、どうしても短期的な思考になっていました。新しいCEOとリーダーシップチームを迎えたことによって、しっかり腰を据えて、指数関数的に成長させることを狙っています。ブルーヨンダーは約30年、事業を展開しているので、顧客基盤は非常に強いです。一方、歴史が長いが故に製品の構造は古いので、モダンな構造につくりかえていかなければなりません。お客様の数が急激に増えても対応できるようにするほか、製品を容易にアップデートできるようにすることも必要です。集中的に投資する今後3カ年は、われわれにとって勝負になります。
──国内向けの戦略を教えてください。
グローバルで使われているソフトウェアが国内で普及するには、だいたい20年の時間差があると考えています。サプライチェーンの領域では、やっと「ソフトウェアを使おうか」となったばかりなので、盛り上がるのはこれからです。ただ、パナソニック(当時)がブルーヨンダーを買収し、自分たちも使っていく姿勢を示したことによって、各企業から高い関心が寄せられています。ブルーヨンダーは、品ぞろえが豊富であることに加え、AIや機械学習などの技術に対する知見もあるので、各企業に対してしっかりと強みを伝えていきます。
──ブルーヨンダーの事業で、パートナーはどのような関わり方ができるのでしょうか。
ブルーヨンダーは自らデリバリー部隊を持っていますが、自分たちで全てのお客様に製品を届けることは考えていません。パートナーと協力する部分は当然ありますし、パートナーの存在は非常に重要視しています。グローバルでは、主たるデリバリーパートナーとしてアクセンチュアと戦略的に連携していくことになりました。日本では、これまで協力してきた日本IBMとの関係も継続します。まだビジネスの規模がまだそれほど大きくないので、当面は2社を主軸にします。しかし、得意技を持っていたり、お客様をしっかり抱えたりしているIT企業はたくさんあるので、関係を広げていく可能性はあります。
これからは伸びしろしかない
──ハードウェア事業をベースとするコア事業については、どのような成長戦略を描いていますか。
これまでに8事業から撤退したほか、2事業で外部資本を投入し、二つの工場を閉鎖しました。削減した人員の数は約2500人です。選択と集中の期間を経て残したプロセスオートメーションとアビオニクス、モバイルソリューションズ、メディアエンターテインメントの四つの事業については、これから長く差別化できるとみています。しかも、(ハードウェアが強い)アジアの各国にはあまり競合相手がいないので、各事業の強みをどんどん伸ばし、ハードウェアの競争力を強化する「専鋭化」に注力します。その上で、ハードウェアに立脚したクラウドサービスをとことん追求します。
──ハードウェアに立脚したサービスというと、どのようなイメージになりますか。
例えば、あるテーマパークに大量のプロジェクターを納入しています。各アトラクションで使っているプロジェクターの品質はとても大事で、輝度が落ちてくると大変なことになります。今までは現地のプロジェクターを人が見に行って、故障していれば交換していました。しかし、最近は全てのプロジェクターをモニタリングし、動作状況を予測して対応するリモートメンテナンスが好評です。ファクトリーオートメーションの領域では、機器の可視化のほか、前工程のデータを次の工程に渡してズレを補正するサービスもあります。こういったサービスは、なかなかまねされないので、しっかり強化していきます。
──24年度に売上高1兆1700億円、EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)1500億円などを目標を掲げています。達成に向けて手応えは感じていますか。
必達に向けた手応えは十分にあります。これまでに事業の撤退や外部資本の投入、工場の閉鎖といった引き算の改革を進めました。一方、足し算の改革では、ブルーヨンダーを買収して継続的に収益が得られるビジネスモデルをポートフォリオに取り込みました。ブルーヨンダーの事業に加え、コア事業の一つであり、航空機内システムを商材とするアビオニクス事業にも大きな成長機会があります。今の立ち位置としては、向こう5年の成長が始まる場所にやっと着いた状態で、これからは伸びしろしかないとみています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
新卒で入社したパナソニック(当時)に戻ったのは17年。復帰を打診されたのは、主に外資系企業でキャリアを積み、年を重ねる中で「日本人として生まれ育ったので、何らかのかたちで日本に貢献できる仕事がしたい」と思っていたときだったという。
インタビュー中、何度もグローバルを意識した発言があった。「外の世界」を知るからこそ、グローバルの競争に勝ち抜くためには、改革の必要性を強く感じているのだろう。実際、前身の社内カンパニーのトップに就いた後、すぐに本社の移転などに着手した。
とはいえ、外資系企業のまねだけではうまくいかない。改革を根元から支えるのは、社員が前向きになり、ダイナミックに変わりながら物事を推進するような「カルチャー(文化)」だとし、「いくらいい戦略を立てても、カルチャーが悪ければ全て台無しになってしまう」と強調する。
「年齢的に最後のキャリアになると思う」と位置付ける古巣での仕事。やることは山積みだが、将来に向けて「わくわくのほうが大きい」と話す。これまでに培ってきた経験や知見を注ぎ、会社を成長させる。それが母国への貢献につながると信じている。
プロフィール
樋口泰行
(ひぐち やすゆき)
1957年生まれ。80年、大阪大学工学部を卒業後、松下電器産業(当時)に入社。91年、ハーバード大学経営大学院卒業。日本ヒューレット・パッカード代表取締役社長やマイクロソフト日本法人代表執行役社長などを歴任。2017年4月、持株会社制移行前のパナソニック専務役員と、同社の社内カンパニーだったコネクティッドソリューションズ社(現パナソニックコネクト)社長に就任。22年4月にパナソニックコネクト代表取締役執行役員社長兼CEOに就き、役職名の日英表記統一に伴い、23年4月から現職。米Blue Yonder(ブルーヨンダー)の取締役会議長と日本法人の会長を兼務。
会社紹介
【パナソニックコネクト】2017年4月にパナソニック(当時)の社内カンパニーとしてコネクティッドソリューションズ社が発足。パナソニックグループの持株会社制への移行に伴い、22年4月に新会社として設立。サプライチェーンと公共サービス、生活インフラ、エンターテインメントの各分野向けの機器・ソフトウェアの開発・製造・販売などを手掛ける。22年度の売上高は1兆1257億円。23年4月1日現在の従業員数は約2万9500人(内訳は国内が約1万3400人、海外が1万6100人)。