アナリティクスのソリューションを提供するSAS Institute Japan(SAS Japan)は変革の時期を迎えている。時代と技術の変化が加速し、データの重要性がより高まっているからだ。今年4月にトップに就任した手島主税社長は、顧客基盤の拡大やパートナー戦略の再定義などに取り組み、さらなる成長に向けた土台づくりに力を入れる考え。データによって「お客様に寄り添い、意思決定につながる力を提供する」と意気込んでいる。
(取材・文/大向琴音 写真/大星直輝)
多様化は一種のパラダイムシフト
──SASにはどのような歴史や特徴があると考えていますか。
SASは46年の歴史がある会社です。今や当たり前となったAIやアナリティクスと呼ばれるような技術の根底にあるアルゴリズムなどに長年チャレンジしてきているという意味では、オリジンの企業と言っても過言ではありません。データをどうやって入手するか、どうやって作り出して、どうやって活用するかというデータモデリングで長年、注目されてきましたが、時代やテクノロジーが大きく変わり、現在はお客様に寄り添って意思決定につながる力を提供するというところまでが会社の指針になっています。
──時代と技術の変化について、詳しく教えてください。
さまざまな物事において、昔の常識や習慣が変化し、新型コロナ禍によってその変化が一層加速しました。例えば、別の国にいる人とコラボレーションするためには出張しなければなりませんでしたが、今ではリモートという手段も選べるようになりました。技術の進化によって、あらゆるものの選択肢が増えています。
常識や習慣が変わり、選択肢が増加したことで、(社会全体に)否応なしに多様化の流れが訪れています。多様化は大変なスピードで進んでいますが、これは一種のパラダイムシフトだと思っています。企業の生命線となる経営判断に必要なデータに関しても、世の中に多様な情報があふれています。正解を判断するのが非常に難しくなってきており、経営の難易度が圧倒的に高くなっています。
──データ活用において、日本固有の課題はありますか。
経営に使うデータモデリングは爆発的に増え、どう判断すればいいか分からなくなったり、「モデリング疲れ」を起こしたりする人たちがたくさん出ています。これは、日本人が真面目であるがゆえに、海外以上に非常に増えてきた課題だといえます。
カスタマーサクセスが最重要事項
──社長就任の際、日本からグローバルに対してインパクトを与えたいと話していました。どのように実現するのでしょうか。
まずは意思決定にかかるスピードと生産性をいかに上げるかということに、一番に取り組まなければなりません。意思決定のためにデータモデリングに取り組んでいる企業でも、実際にデータモデリングが活用されたケースがどのくらいあるのか、もしくは出てきたモデルが経営や事業計画の中にどこまで使われているのか、課題を抱えていることは少なくありません。これは、データモデリングの結果を見るときにバイアスがかかるからです。こうした点を踏まえ、人間が本来持っている経験値と感性の力という強みを逆に生かす方向にマジックを起こさなければいけないと思っています。
二つめは、グローバリゼーションです。例えば製造業では、従業員の大部分が海外にいますし、売り上げに占める海外の割合も高いです。経営はもう日本のマーケットだけの問題ではありません。日本企業は現在、グローバル化に必要な組織戦略やオペレーションにチャレンジしています。われわれにとっては、いかに統合的に支援できるかが重要になっています。
もう一つは、次世代への道を開くことです。やりたいという思いや興味、想像力、コミュニケーション能力、コラボレーション能力、計算的思考力、そして決定する力、これら六つを醸成するために、若い世代の人たちにさまざまな機会を与えていきたいと考えています。SASには46年の歴史がありますが、次世代を育成してきたからこそ、これだけぶれずにリーダーシップを発揮してこられました。経営陣が次の世代を育成するための環境構築にチャレンジすることで、企業が元気になり、人がやりがいを持って仕事に取り組めるようになると信じています。若い世代が生き生きとする会社にすることも、私の大事なアジェンダです。
──三つの取り組みも踏まえて、具体的な販売戦略をどう考えますか。
まずは既存のお客様に対するカスタマーサクセスが最重要事項になっています。例えば、データアクセスや変換、レポーティング専用に設計された拡張性のある統合ソフトウェア環境である「Base SAS」を使っているお客様がいれば、最新の分析プラットフォームである「SAS Cloud」を使っているお客様もいます。そのようなお客様が次の段階へと進むための活用支援をしていきます。SASの製品を徹底して使い倒してもらうことによって、われわれ自身もナレッジをためることができます。
次に、金融以外の業界のお客様に対して支援を強化します。現在、社内で業種、業界型のチーム編成をしているところです。日本は、金融業界の売り上げが大きいです。そのため、金融のお客様のグローバル展開を含めた支援にも引き続き注力する計画です。
三つめは、単一のアーキテクチャーでアナリティクスに必要な機能を全て実現したAIプラットフォーム「SAS Viya」のような新しいテクノロジーのアダプションです。多種多様な方に展開していく上で、昔とはアダプションのやり方が変わってきています。単にスキリング支援や教育制度を提供するということではなく、ビジネス部門の方であっても、技術部門の方であっても、どれだけ伴走していけるかが大切になります。
成長の道を開く
──パートナーに向けた施策として、何か新たな取り組みを開始する予定はありますか。
新たなパートナーエコシステムを定義しようとしています。お客様と伴走していくことを考えると、構想策定から実装、活用までの一連のライフサイクルに合わせてお付き合いしていく必要があります。昨年はグローバルでカスタマーサクセス部門をつくっており、カスタマーサクセスに一緒に取り組むパートナーも新たにつくらなければならないと考えています。技術の変化はすさまじく、昔のようにライフサイクルは長くありません。お客様のライフサイクルのフェーズに合わせたパートナー戦略をつくっていくことは、今年のわれわれの大きなミッションです。
──新社長として、何を期待されていると感じますか。
会社の期待はシンプルで、次の3年、10年の成長の道を開くことです。そのための、社内の文化の醸成や若い世代の人材育成、お客様との寄り添い方、業種業界ごとの戦略策定といった仕事が私の務めです。
SASをひとことで言うと「もったいない」と思います。長い間、この業界にいますが、SASのことを勉強すると知らないことがたくさん出てきます。センシティブな仕事をするケースが多いからです。社会に貢献する仕事をたくさんしてきていますが、現状ではそれを伝えられていません。また、われわれが本来持っている力をどのようにして新しい層の人たちにデリバリーするかという意味でも、ブランディング向上には全社員で取り組まなければならないと思っています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「今、われわれは転換点にいる」。手島社長は取材中、自社の置かれた状況について、こう語った。
企業が変化への対応を目指す中、「テクノロジー業界の競合の定義が変わってきている」ことが背景にある。「データモデリングやデータ統合のETL、BIなど、SASが提供するテクノロジーを分野ごとにみれば、それらに取り組んでいる会社は存在する」。かつてと比べ、競合もまた多様な広がりを見せているということだろう。
とはいえ、長い歴史の中で、データに焦点を当てながら顧客を支援してきた経験は、他社にはない大きな武器。「テクノロジーをつなげて、顧客の背中を押せるのがSASだ」と自信を見せ、「競合はわれわれ自身だ」との見方も示した。
これまで会社として積み重ねてきたやり方や実績を超えることが、自身に課せられた役割。簡単ではないが、挑戦し続けることに大きな意味があると信じている。
プロフィール
手島主税
(てしま ちから)
1998年、日本ヒューレット・パッカードに入社。親会社の米Hewlett-Packard Company(ヒューレット・パッカード、当時)に赴任し、ビジネスクリティカルシステム事業本部長などを経て、2014年、執行役員HPサーバー事業統括本部長に就任。15年、セールスフォース・ドットコム(現セールスフォース・ジャパン)に入社し、執行役員アライアンス担当副本部長、常務執行役員アライアンス本部長を歴任。17年、日本マイクロソフトに入社し、執行役員常務クラウド&ソリューション事業本部長、執行役員常務インダストリアル&製造事業本部長を務めた。23年4月から現職。
会社紹介
【SAS Institute Japan】アナリティクスのリーディングカンパニー米SAS Institute(SAS)の日本法人として1985年に設立。大企業を中心に、金融サービスや製造、医療など、幅広い業界にデータ活用に関するソフトウェアやソリューションを提供している。2023年2月時点の従業員数は320人。