日立製作所でストレージ製品の設計開発などを担うITプロダクツ事業部門が日立ヴァンタラとして独立会社となり、4月1日から営業を始めた。日立製作所直下の子会社で、本体のITプロダクツ事業部門の約1300人を日立ヴァンタラが継承した。日立製作所の子会社で米国に本社を構えるHitachi Vantara(米Vantara)との資本関係は横並びの兄弟会社だが、実際は米Vantaraをリーダーとして一体的に経営する。日立製作所の海外ITサービス事業の売り上げ規模を足元の約7500億円から将来的に1兆円へと伸ばす上で、日米の両社が中心的な役割を果たすことが期待されている。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
日米4社連携で海外ITを1兆円に
――日立ヴァンタラ発足の経緯となった日立グループの海外ITサービス事業の一連の再編についてお話しいただけますか。
北米を中心とした海外ITサービス事業は、2021年に日立製作所グループに迎え入れた米GlobalLogic(グローバルロジック)と、同じく米国に本社を置きストレージやサーバー製品などの販売を担う米Vantara、Hitachi Digital Services(日立デジタルサービシーズ)、4月1日付で営業を始めた国内の日立ヴァンタラの計4社を中心に再編が行われました。日立デジタルサービシーズは米Vantaraから23年11月に分社化したばかりの新しい会社です。
国内の日立ヴァンタラは日立製作所でストレージ製品などを開発するITプロダクツ事業部門を母体としています。
米Vantaraと日本の日立ヴァンタラの資本関係は、両社とも日立製作所本体の子会社で横並びとなっていますが、実際は米Vantaraのシーラ・ローラCEOをトップとし、私はローラ氏を補佐しつつ国内の日立ヴァンタラの経営を担う立場となります。実態として日米の日立ヴァンタラは一体的な運営をしていると理解していただいて構いません。
――どうして日立ヴァンタラを米Vantaraの日本法人、あるいはその逆にしなかったのですか。
日立製作所は鉄道や電力、エレベーターなど社会インフラ領域を手広く手がけており、いずれの分野もITを駆使したデータ活用が欠かせません。日立製作所はITとOT(制御技術)の掛け合わせを強みとしており、当社が米Vantaraの日本法人となった場合、少し距離が遠くなりすぎる。一方で米Vantaraは世界100カ国余りの有力顧客に製品を納入しており、それを今から本社を国内に戻す意味も薄いことから、資本関係は両社とも日立製作所の直下に起きつつ、経営は米Vantaraと一体化させる“いいところ取り”としました。
――日本の日立ヴァンタラに関連する人員や売り上げ規模はどのくらいですか。
米Vantaraと日立デジタルサービシーズがそれぞれ約5000人規模、当社の母体となったITプロダクツ事業部門が約1300人で、当社もおおよそ同規模です。
各社の役割分担は、データ管理の基盤となるストレージ製品を主軸に、ITサービスの上流工程をグローバルロジックが主に担い、システムの実装や運用といった中・下流工程を日立デジタルサービシーズが担うイメージです。グローバルロジックの売り上げ規模は約2500億円で、最新のデジタル技術を駆使したITコンサルティングを強みとしており、米Vantaraや日立デジタルサービシーズなどを合わせたグループ全体の海外ITサービスの足元の売り上げ規模はざっくり7500億円規模。これを将来的に1兆円に伸ばしていく方針です。
ハイブリッド環境が主戦場に
――日米ヴァンタラのストレージ事業がITサービスの主軸と位置付けられているのは、どうしてですか。
日立グループがストレージ分野を強みとしているのに加えて、デジタル変革やAI活用はデータの蓄積と分析なしに実現し得ないからです。データをためて、自由に使える基盤があってこそデータ分析が可能となり、近年注目を集めている生成AIも学習元となるデータがあって、初めて機能します。データの蓄積と分析の重要性を認識するユーザー企業が増えており、今回の一連の再編はそうした需要に応えるためのものであるとも言えます。
――パブリッククラウドが提供するストレージサービスが伸び始めてからは、ストレージ製品をユーザー企業が手元に置いて使うオンプレミス用途が減っている印象を受けますが、実際はどうですか。
確かにパブリッククラウドは便利でクラウド上でデータを保管する量も増えているのですが、並行して外部に出せないデータも同様に増えています。顧客情報や競合他社に知られたくない重要情報、失敗事例などはオンプレミスやプライベートな環境に設置したストレージで管理したいと考えるユーザー企業は多い。つまり、外部で管理してもよいデータと自社内で管理すべきデータのハイブリッド化が最適解だと見ています。実際、ハイブリッドクラウドの市場規模は日立製作所の推定で32年まで年率18%程度で伸びるとみています。
当社ではハイブリッドクラウド環境で保存されているデータを自由に活用できるソフトウェア定義型ストレージ技術「Hitachi Virtual Storage Platform One(VSP One)」を開発し、パブリッククラウドとオンプレミスの間でデータを統合的に管理できるようにしています。当社のビジネス領域はオンプレミス市場のみに閉じたものではなく、あくまでもハイブリッドクラウド市場が主戦場になると捉えているためです。
――生成AIをユーザー企業の業務の中核部分で使う場合、自社の重要データを学習させた独自の大規模言語モデルを構築するケースが増えていると聞きます。
生成AIがハイブリッドクラウドのビジネスを加速させるのに一役買っているのは間違いありません。万が一にも社内の会話やデータが外部に筒抜けになってはならない分野では、やはりユーザー企業が自社内でしっかり管理できる環境が必要となり、それ以外の分野ではパブリックな生成AIを使うといったハイブリッドな使い分けが主流になるでしょう。
ハードとソフトの強みを生かす
――島田社長のキャリアについて教えていただけますか。
ハードディスクドライブやデータバックアップ用の磁気テープ装置の事業を長く担当しており、ストレージ一筋でやってきたと言っても差し支えありません。直近はストレージに加えてサーバーや管理ソフトなども担当するようになり、今に至っています。
――日立のストレージは省電力やデータ圧縮の技術に長けており、ここがITサービス事業全体の競争力の要になりそうですね。
省エネに関しては、例えば再生可能エネルギーの生産量に合わせてデータセンターの稼働率を制御して再エネの使用率を高める技術や、データ圧縮率を高めて1テラバイト当たりの消費電力を下げるといった技術開発を行っています。
データ圧縮率の高いアルゴリズムは世界中でさまざまな方式が考案されていますが、圧縮率が高ければ高いほど、復元して使用可能な状態にするまで時間がかかります。当社では専用設計したハードウェアで処理することで省エネと圧縮・復元の性能を両立させているのが特徴の一つです。ハードウェアとソフトウェアの両方を開発できる当社ならではの強みを生かしています。
――海外ITサービス事業を1兆円に伸ばしていくために、具体的にどのような施策を打っていく考えですか。
データ活用の基盤となるストレージ分野は、日立グループのITサービスの大きな特色となっていることから、米Vantaraと日本の日立ヴァンタラが中核を担っていくことになります。その上でITコンサルティングに強みを持つグローバルロジックと、システム構築や実装、運用を担う日立デジタルサービシーズとの連携を深め、クロスセルを推進していきます。並行して日立グループのさまざまな事業部門のITとOTを掛け合わせることで、グループ全体の競争力を高めていく役割も担っていきます。
当社は日立製作所本体の巨大な組織から切り出され、米Vantaraと一体経営を行っていますので、即断即決で失敗を恐れず、上手くいかなかったらすぐに修正してやり直すスピード感ある米国流の経営スタイルを実践していくことになります。性別や年齢、国籍など関係なく、適材適所、みんなで会社を大きくしていける多様性ある土壌を大切にしつつ、機動力を発揮して海外ITサービス事業を伸ばしていきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
データの蓄積が企業活動で重要だと叫ばれて久しいが、近年の生成AIや深層学習の技術革新は、データ活用の重要性を一段と押し上げた。ストレージ一筋のキャリアを持つ島田社長は、「AIをより賢く使うためには、良質なデータの蓄積と分析がかぎを握る」と指摘する。
ユーザー企業がAIを自社の業務の核心部分で役立て、競争力を高めるには、自社だけが持つデータを格納するデータ管理基盤の整備は欠かせない。一方、汎用的な万能AIは「パブリッククラウドベンダーが提供するものを使うハイブリッド化が進む」と見る。
ストレージ製品や管理ソフトに強みを持つ日立ヴァンタラは、ITコンサルに強みを持つグローバルロジックや、システムの実装・運用に長けた日立デジタルサービシーズと連携しつつ、ハイブリッドなデータインフラ領域の強みを前面に押し出すことでビジネスの成長につなげる。
プロフィール
島田朗伸
(しまだ あきのぶ)
1966年、神奈川県生まれ。89年、武蔵工業大学工学部(現東京都市大学)卒業。同年、日立製作所入社。14年、米Hitachi Data Systems(日立データシステムズ、現Hitachi Vantara)シニアバイスプレジデント。16年、日立製作所ITプロダクツ統括本部副統括本部長。20年、米Hitachi Vantara(米Vantara)最高プロダクトプランニング責任者。21年、日立製作所理事ITプロダクツ統括本部統括本部長。24年4月1日、日立ヴァンタラ取締役社長に就任。
会社紹介
【日立ヴァンタラ】日立製作所のITプロダクツ事業部門を継承して2024年4月1日付で営業開始。従業員数は約1300人。ストレージをはじめとするデータインフラ製品やデータ管理ソフトの設計開発、国内販売を担う。米Hitachi Vantara(米Vantara)と一体的な経営を行うことで海外ビジネスも伸ばしていく。