オフィス家具の製造販売を手掛けるイトーキは、データを活用したオフィス運用サポートなど、生産性を高めるコンサルタント事業に注力している。2022年から会社を率いる湊宏司社長は、IT業界から転身。オフィスDXを掲げ、オフィス家具のIoT化やデータドリブンなオフィス環境を提供するサービスを新たな事業の柱に育てようとしている。老舗製造業にITの力を加えることで成長を目指す同社の戦略を聞いた。
(取材・文/堀 茜 写真/馬場磨貴)
老舗製造業をITで変革
――IT業界で長年活躍され、前職は日本オラクルの副社長でした。製造業への転身はとても振れ幅が大きい決断だったのではないでしょうか。
イトーキが社長を探していて自分が候補に挙がっているという話を最初に聞いた時は、本当に驚きました。ただ、自分の経験と正反対の業界だからこそ、貢献できる領域が大きいのではないかとポジティブに捉えました。
オフィスは生産性を上げるためにあるのに、オフィス家具の業界は驚くほどIT化が進んでいませんでした。当時のイトーキには、変革のためにITやAIといった最新技術を取り入れなければという危機感があった。私にはその役割が求められていたし、面白いと思い飛び込みました。
――社長として最も力を入れたことは何でしょうか。
社員とのコミュニケーションです。1890年創業の老舗企業で、外部から社長に就いたのは私が初めてです。就任時、取締役の平均年齢は70代。51歳の私が入って、本当に大丈夫なのかと、正直、社内のガードは堅かったですね。そこでまず、私がどういう人間かを知ってもらうために、社長室の壁を取り払い、いつでも誰でも入れるようにしました。オフィスを売る会社ですから、自社からオフィスによって企業文化を変えたかった。また、伝言ゲームで正しく意図が伝わらないことを避けるために、全国の拠点を回り、現地の社員と直接話すことも重視しています。
私自身のKPIは三つあって、売上高、営業利益、そして最も大切にしているのが、社員のエンゲージメントスコアです。私は、仕事に思い入れがあり、会社に愛着がある社員がいい仕事をしてくれることを信じて疑いません。コミュニケーションを密にすることで、会社への愛着は増すと考えており、入社した頃は、会社に愛着があるとする社員の割合が50%台でしたが、昨年は75%になりました。力を入れてきたことに手応えを感じています。
データを根拠にオフィス運用を支援
――直近の業績は好調で、売上高、営業利益ともに過去最高となっています。
当社は歴史があり、いいものをつくっていて、社員の質も高いです。ただ、世の中の流れが大きく変わっていることを見極め切れていなかった部分はあったと感じます。オフィス家具はITのハードウェアと同様に競合との差別化が難しい製品ですが、マーケットシェアにこだわりすぎて価格競争になり、利益を損なっていました。そのため、当たり前のことを当たり前にやると徹底しました。営業には粗利率という目標を持たせ、とにかく利益にこだわれ、と言っています。
――中期経営計画で、26年に売上高1500億円、営業利益140億円を掲げています。
売上高よりも重視しているのは、営業利益率9%という数字です。昨年6%だったので、年1%ずつ上げていく計画です。社内の基幹システムは現状メインフレームを使っていますが、今秋にクラウド化を予定しており、生産プロセスの効率化を進めます。当社は7割をイトーキ本体、3割をグループ会社で売り上げています。社長就任から2年間で、本体で出してきた成果をグループにも波及させることで、27年以降により大きく成長するための準備を進めていきます。
――オフィスDXの推進について、取り組みの内容を教えてください。
これまで行ってきたプロダクトベースの製品販売ビジネスを「オフィス1.0」、空間ベースのオフィスデザインを「オフィス2.0」とします。これに加えて、働き方を変革する新しいオフィスDXビジネスを「オフィス3.0」と位置付けています。オフィス家具のIoT化と空間センシングにより、データドリブンで最適な働き方、オフィス空間を提供するイメージです。
お客様と理想の働き方を議論し、当社のデザイナーがオフィスレイアウトを提案、当社の製品を入れてオフィスをつくるところまでが2.0です。ここまでだと、オフィスが完成して終わりになってしまいます。売り切りビジネスは、案件が取れれば予算は達成するけれど、そうでなければ業績が落ちてしまい、四半期ごとに苦しい状況が続いてしまいます。多くのIT企業は、サポートビジネスがストックとして売り上げになり、業績が大幅には変動しないですよね。オフィスを提供する企業として、つくって終わりではなく、当初の想定通り使われているか、もし使われていなければ生産性を上げるためにレイアウトも定期的に変えるといった運用のサポートをしていこうというのが、3.0の考え方です。
ビジネス環境の変化に合わせて、オフィスを定期的にアップデートしていくことが重要で、つくったあとにどうアップデートしていくか、お客様はプロのアドバイスを必要としています。どのエリアがどう使われているか、きちんと分析し、データをもとにお客様に提案しようというのがスタートです。完全に新しいビジネスモデルで、24年2月にアジャイルなオフィス構築とその運用を支援するコンサルティングサービスとして「Data Trekking」をローンチしました。
顧客企業の経営層に、「オフィスをつくった後にどう生かすか、当社は引き渡して終わりではなく、より良く使っていただくために伴走します」とお話しすると、高い確率で興味を持っていただいています。数億円をかけて整備したオフィスの投資対効果、生産性をはかる仕組みとして好評で、想定の1.5倍程度の引き合いがあります。企業だけでなく自治体からの関心も高く、リソースが足りないくらいです。オフィスの使われ方のデータを取ることで、製品開発に生かせるといった利点もあります。ストックビジネスの領域が増えると、経営にとって大きなプラスになります。
――オフィス3.0関連で、26年度に単年売り上げ30億円を目指すとのことですが、伸び代は大きいとみていますか。
オフィスDXの領域は、将来の“飯の種”として、今は種植えの段階です。Data Trekkingは年単位の契約なので、30億円が達成できれば、ストックビジネスとして雪だるま式に業績は拡大していくでしょう。全社の売り上げの10%を占めるようなものとして育てていきたいと考えています。
AI開発やIoT化でIT企業と協業
――データ関連事業のサービス開発で、IT企業との連携はお考えですか。
技術を持っているIT企業との協業はすでに力を入れています。AIスタートアップの燈(あかり)とは、生成AIの共同開発を進めており、とてもいいものができあがってきています。間もなくサービスとして提供できる見通しです。また、電子タグ技術スタートアップのRFルーカスに出資し、オフィス家具のIoT化技術を共同開発しています。こちらも、自社内で本年度中に試行し、早期のリリースを目指しています。
今後の可能性として、ERPとData Trekkingの連携について、日本オラクルやグーグル・クラウド・ジャパンとの協業を視野に入れています。基幹システムはオフィスと密に連携しているので、組み合わせれば新しい価値が生み出せると考えています。
――オフィスDXサービスの販売はどう拡大していきますか。
当社のオフィス家具の販売は、代理店経由が4割を占めます。代理店の多くが複合機なども取り扱っていて、メンテナンスなどで顧客のオフィスに定期的に出向くので、その信頼関係は当社にとっては魅力的です。代理店も何か新しい提案ができないかと考えています。企業でオフィス家具の管理に困っているところに、IoTソリューションを提案し、新しい家具との入れ替えというチャンスが出てくる可能性もあります。
データサービスの販売は始めたばかりで、現状は直販のみです。持論として、自社で売れないものを代理店が売れるはずがないと考えています。製品を担ぎたいという場合は、代理店自身が活用してみて、その価値を実感した上でお客様に提案できるようになるかもしれません。オフィス3.0の領域については、将来的に新しいエコシステムの構築を考えていきたいです。
――今後の目標をお聞かせください。
大きな話になりますが、日本の経済に貢献し、その先で世界に出て行きたいと考えています。オフィス家具にソリューションという付加価値を付ける取り組みで、日本で実績を出していけば、世界でも戦っていけると思っています。オフィス3.0の世界を、日本からグローバルに広げていきます。会社の時価総額で日本オラクルを超えるのが目標ですかね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
イトーキの東京・日本橋のオフィスは、ショールームを兼ねている。これまでの働き方「WORK」を次の次元へと進化させる意味を込め、アルファベットの「W」に続く「X」と掛け合わせた「XORK(ゾーク)」という空間に取材で訪れると、社員が働く様子を見学している顧客が多数いる風景を目にした。コロナ禍を経て「オフィス回帰」が進む中、生産性が高いオフィスに関心が集まっている。オフィス家具にITを掛け合わせて価値を高めようという湊社長の試みは、タイミングとしても最適に感じた。
「当社の社員はとても優秀なんですよ」とインタビュー中に何度も口にしていた湊社長。自社の社員を一番に考える姿勢が、これからの成長の原動力になるのだろう。新しいオフィスのかたちをどう広げていくのか、楽しみになった。
プロフィール
湊 宏司
(みなと こうじ)
1970年、大阪府出身。94年、東京大学経済学部を卒業しNTTに入社。米Sun Microsystems(サン・マイクロシステムズ)日本法人(現日本オラクル)を経て、日本オラクルで2018年から取締役執行役副社長最高執行責任者(COO)を務めた。21年9月、顧問としてイトーキに入社。22年3月から現職。
会社紹介
【イトーキ】1890年、大阪で創業。オフィス家具の製造販売をメインとしたワークプレイス事業が主力で、国内3カ所の生産拠点、東京、大阪の大型ショールームを含む26の営業拠点を展開。海外にもアジアを中心に20の拠点を持つ。2023年度の売上高は1329億円、営業利益は85億円。従業員数は2153人、グループ連結で3892人(23年12月末現在)。