NTT西日本は、ITソリューション事業において自治体や教育、医療など社会基盤の領域と、地域の中堅・中小企業向けのビジネスに焦点を当てている。持ち前の通信キャリアとしてのネットワーク技術を生かし、オンプレミスの端末からクラウドまで一気通貫のシステム構築を志向するほか、ゼロトラストネットワークをはじめとするセキュリティーにも力を入れ、運用を受託するマネージドサービスも充実させていく。本年度からトップを引き継いだ北村亮太社長に話を聞いた。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
脱レガシー、成長事業へシフト
――トップに就任して半年余り、まずはどういった経営方針で臨んできたのかお話しいただけますか。
当社は固定回線系の通信キャリアですので、まずは主力の光サービスを拡大させ、従来型の音声電話やISDNなどのレガシー系のサービスから着実に移行させること。次に通信やデジタルを切り口とした社会基盤や地域のビジネスを伸ばし、より大きな成長事業へと育てるとともに、顧客体験の向上とコスト競争力の強化を柱にして経営のかじ取りをしてきました。
私の考えを全社員に伝えるため、就任直後から2カ月ほどかけて当社の30ある支店の全てに出向いて社員との対話を行ってきました。基本的な経営方針などはあらかじめビデオに撮って共有しましたので、対面ではもっぱら質疑応答に時間を使い、900件余りの質問に答えました。うち80件は改善要望が含まれていて「会社をもっと良くしたい」「新しい事業に挑戦したい」といった熱意がひしひしと伝わってきました。
――ITソリューション事業の注力分野について教えてください。
大きく二つあり、一つは自治体や教育、医療など社会基盤の領域、もう一つは地域の中堅・中小企業向けのビジネスです。
社会基盤の領域では、当社の強みである通信ネットワークの技術を生かして、複数の自治体を網羅する広域データ連携基盤の構築案件を有力分野に位置付けています。都市には病院や学校、観光、交通、決済、エネルギー、防災などさまざまな機能がありますが、ここから得られた情報をデータ連携基盤に集約し、行政や民間で共有して、より大きな価値や質の高い住民サービスにつなげる“都市OS”ビジネスに取り組んでいます。
データ連携基盤ビジネスについては、西日本地域で既に約10の自治体に納入実績があります。その中に大阪府が中心となって運営する「大阪広域データ連携基盤(ORDEN)」も含まれており、当社が大阪府の事業を受託する立場でお手伝いをさせていただいています。興味深いのは府内の市町村のみならず、他府県からも広域でデータ連携基盤を共同利用するORDEN構想に関心を持つ自治体が増えている点です。
――広域でデータ連携が容易になれば、データの蓄積や分析を通じて業務変革や、新しい価値の創造で大いに役立ちそうです。
当社も大阪府の事業を受託する立場で、広域での共用化に関する研究会や勉強会のお手伝いをさせていただいており、直近では40ほどの自治体が参加する規模に拡大しています。データ連携基盤を活用する上でどういったことが必要なのか、自治体参加者のお手伝いを通じ、当社も都市OSづくりの知見を得ながら活動を支えていきます。
将来的には次世代光通信ネットワークのIOWN技術を応用して、大容量化するデータを低消費電力、低遅延で高速転送可能なデータ連携基盤を実現していきます。
営業・専門人材をIT分野へ投入
――もう一つの柱である中堅・中小企業向けビジネスはどうでしょうか。
中堅・中小企業向けでは年商500億円より小さい企業をビジネスターゲットとして、年商5億円以上は訪問営業、それより小さい企業は主に電話やWebなどを活用したインサイドセールスの手法で接点を増やしています。ここでも通信キャリアとしての強みを生かしてWAN(広域通信網)やLAN(構内通信網)の構築から始まり、セキュリティー対策、ゼロトラストネットワーク構築、あるいはこれら通信網やセキュリティーの維持運用を受託するマネージドサービスまでビジネスの幅が広がってきています。
近年ではクラウド活用が進んでいますので、客先に設置するオンプレミス端末から通信ネットワーク、クラウドまで一気通貫で構築、運用できる点もユーザー企業から高い評価をいただいています。
――昨年度(2024年3月期)の全社売上高1兆4970億円のうち、システム構築(SI)をはじめとしたITソリューション関連の売上高はどのくらいでしょうか。
昨年度のSIやクラウド、SaaS関連は前年度比5.4%増の1180億円まで伸びました。ITソリューションは当社の重点領域であるため、本年度に入って総勢800人規模の営業人員リソースを新たに社会基盤ビジネスの領域へ順次異動させるとともに、クラウドやセキュリティー関連の資格取得者の延べ人数についても現在の約3000人から27年度には5000人に増やし、専門知識のある人材を拡充していく計画です。
社会基盤や中堅・中小企業向けのビジネスで優良案件、大型案件が続いていますので、本年度の売上高は前年度比5.9%増の1250億円を見込んでいます。
――地域に密着したビジネスとして観光まちづくりを推進する新会社Actibaseふくいの事業を24年1月から始めていますね。
Actibaseふくいは、観光地として有名な福井県坂井市の三国湊地域を訪れた人々の観光体験をより良くするため、当社を含む11社の共同出資で22年10月に設立しました。準備期間を経て、今は観光を起点とした地域活性化に向けて自治体とも協力しながら取り組んでいます。当社が提供するデータ連携基盤の観光流通プラットフォームを通じて当該地域の情報を国内外の旅行者に向けて発信するとともに、データ活用による観光誘致の支援を行っています。
地域の情報発信の重要性を痛感
――西日本は離島も多く、地場の中堅・中小企業に向けての効率的な営業体制をどう構築するかが問われそうです。
中堅・中小企業は裾野が広く、前述のように中堅規模の顧客は各拠点からの訪問営業を主軸として、中小顧客に向けてはインサイドセールスをフル活用しています。営業に当たってはグループ会社で従業員数約1万4000人のNTTビジネスソリューションズや、その関連会社のNTT西日本ビジネスフロントが担っています。
営業効率を高めるに当たっては、ITソリューションのテンプレート化、サービスメニュー化も積極的に行っていきます。民需分野はもとより、自治体や公立学校といった官需でもメニュー化を進めます。例えば、自治体向けにはガバメントクラウドへの接続サービスや、学校向けにはゼロトラストネットワークの構築、マネージドサービスなど導入から稼働までの時間短縮、顧客体験の向上に努めていきます。営業効率が高まればコスト削減効果があるだけでなく、浮いた人的リソースをより多くの顧客に割り当てられますのでITソリューションビジネス全体の成長にも役立ちます。
――北村社長のこれまでのご経験で特筆すべき事柄は何でしょうか。
何と言っても11年の東日本大震災で故郷の県を含む東北地域が大打撃を受けたことです。復興は進んでいますが、原発事故が尾を引いていて、科学的根拠に基づかない風説によって依然として農産物や海産物に影響が残っていることに心が痛みます。正しい情報を継続的に発信し続けることも復興の重要な要素だと個人的には感じています。
今の国内の状況を見渡すと、少子高齢化や地域経済の衰退など共通する課題が多く見られます。当社が社会基盤ビジネスの一環で取り組んでいるデータ連携基盤は、地域の情報を地域のなかにとどめるのではなく、広域で共有して、外部に発信できる能力を備えています。私は故郷に対する思いを大切にしたいと考えるタイプで、地域の活性化こそが国内経済全体の底上げにつながるとの信念を持っています。
昨年度まで副社長を務めていたNTT東日本の担当地域も、西日本地域と共通した課題が少なくありません。ITソリューション分野におけるNTT東西地域会社同士の連携や、ドコモビジネス事業を手掛けるNTTコミュニケーションズとも情報交換しながら地域課題の解決に取り組んでいきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
経営者としての座右の銘は何かと尋ねたところ、新1万円札の顔にもなった実業家の渋沢栄一が唱えた「道経合一」と返ってきた。「道徳なくして経済なし」との渋沢の説に基づくもので、公益と利潤は本来一つにまとまって存在しているべきものという考え方である。
社会を変革したり、国を豊かにしたりと「人から立派だと評されることをやろうとしない企業、ただ営利だけを求める企業に本来的な価値はない。立派なことと稼ぐことを両立してこその企業経営」だと話す。
ほかにも企業としての使命や価値を不変的なものとして大切にしつつ、ビジネスモデルのような時流に合わせて臨機応変に変えていかなければならない部分を両立させる文脈で「不易流行」、一度決めたら迷うことなく最善を尽くして実行する意味合いで「人事天命」などの格言を大切に心にとどめている。
プロフィール
北村亮太
(きたむら りょうた)
1965年、福島県生まれ。88年、東北大学法学部卒業。同年、日本電信電話(NTT)入社。18年、NTT取締役経営企画部門長。20年、執行役員経営企画部門長。22年、NTT東日本代表取締役副社長。24年4月1日、NTT西日本代表取締役社長社長執行役員に就任。
会社紹介
【NTT西日本】本年度(2025年3月期)の連結売上高は前年度比3.5%減の1兆4450億円、営業利益は42.4%減の800億円の見通し。グループ従業員数約3万4900人