PTCジャパンは製造業における「デジタルスレッド」の浸透に注力している。製品の企画・設計から製造、納品後の保守・運用サービス、生産終了に至るまで、全てのプロセスでデジタル化し連携させ、データを1本の糸(スレッド)のようにつむぐ概念だ。製品のライフサイクル全体を可視化することで、生産性や品質の向上、顧客に提供する価値の最大化、トレーサビリティーの強化などの効果が期待できる。PTCはCADやPLM(製品ライフサイクル管理)、ALM(アプリケーションライフサイクル管理)の製品を通じて、全てのプロセスにデジタルを組み込み、製造業のDXを支援する考えだ。神谷知信社長は地方の企業も含めた日本全体の競争力底上げに貢献したいと意気込む。
(取材・文/大向琴音 撮影/大星直輝)
各工程で自社ソリューションを展開
――社長就任から1年半ほどが過ぎました。現在の心境を聞かせてください。
お客様からの期待値がすごく高いと感じています。製造業は当然、日本市場を支えていますが、その一方でDXが遅れています。少子化やグローバル化などの市場の変化に伴って、DXは待ったなしの状況です。課題については認識していたものの、PTCジャパンに入社して、改めて実感しました。これまで、ERPやCRMなどの企業でさまざまな業界に関与してきた中で、製造業が一番遅れているのではないかと感じるほどです。ただ、伸びしろがあるという点で、チャンスでもあります。少し大げさですが、日本が今後競争力をより挙げていくためには、製造業が元気にならないと絶対実現できないと考えています。
――米Adobe(アドビ)日本法人での経歴が長く、社長も務められました。PTCジャパンは前職とは領域が違いますが、どのような経緯で入社されたのですか。
アドビは、メーカーとエンドユーザーの間のデジタル体験を向上させるビジネスをしています。実はアドビにいたときも製造業のお客様は多く、当時課題だと思っていたのは「そもそも製品自体が本当にお客様の期待値に見合っているのか」ということでした。カスタマーエクスペリエンス(CX)が向上すればするほど、「人と同じものはほしくない」「よりカスタマイズしたものがほしい」などの要望が増えていきます。そうすると、製造プロセスにおいて、カスタマイズするための工場施設や設計のインフラは整っているのかという話になるわけです。いくら表面の部分に取り組んでも、インフラの部分が改革されないと、真にお客様が必要とするものを届けることはできないと日々感じていました。この課題感に対して、PTCのソリューションやテクノロジーが非常に合致し、縁もあって、入社に至りました。
――製造業の顧客は、具体的にどのような課題を抱えているのでしょうか。また、それに対するPTCジャパンの強みはどこにありますか。
共通している課題はやはり、紙の図面です。日本のものづくりは、テーブルに置いた図面上で作業するという
ような紙の図面文化から来ています。しかし、人口が減ると図面を書ける職人はどんどん減っていきますし、技術革新に対して、これまでの図面資料や職人の知見だけでは限界もあります。このようなものづくりをやってきた結果、ソフトウェアを先に考えて設計することができず、顧客の指向がCXに移っている中で、対応にどんどん遅れが生じてしまっているのが現状です。紙の図面ではデータが蓄積されず、データの分断が起こり、現場で起きていることをきちんと設計者が理解しきることができていない場合も少なくありません。
当社は日本で30年以上事業を展開し、CADや、PLM製品などを提供しています。われわれは、設計から製造、運用、サービスに至る製品ライフサイクル全体をデジタル化し連携させたアプローチとして「デジタルスレッド」を形成すると言っていますが、この一貫したプロセスの各工程全てで、自社製品のソリューションを用意しているのがPTCです。
マーケットのニーズが高く、引き合いは多いです。CADの入れ替えだけでなく、「設計・製造業務全体を改革しなければならないが、どうすればいいのか」といった相談が非常に増えています。
3次元CADが“ステップワン”
――日本の製造業のDXを推進していくにあたり、具体的に注力したい商材はありますか。
一つは、CAD製品です。日本は唯一と言ってもいいほど、2次元CADが未だに多く使われている国です。半分くらい(のCAD)が2次元で、特に中小企業において多く利用されています。ですから、まず“ステップワン”として3次元で設計しましょう、ということです。
二つめがPLM製品です。3次元CADの活用に関しては、大手企業はだいぶ進んでおり、そのデータをPLMに格納することには取り組んでいます。しかし、実際にBOM(Bill of Materials、部品表)と照らし合わせて有効活用できているかというと、そうではありません。ですから、3次元データを製造やエンジニアリングにきちんと使ってもらうという意味で、注力していきます。最後は、ALM製品です。まさにソフトウェアの管理の領域です。現在は特に自動車業界において非常に引き合いが増えています。
やはり、製造業のDXのポイントは、「いかに3次元データを有効活用するか」です。そして3次元データはCADから始まります。CAD製品は複数提供していますが、例えば「Creo」については、部品点数が多かったり、ブルドーザーのようにとても大きかったりするもの(を取り扱うこと)が得意です。ただ、ハイエンド製品であり、アプリケーションとしては結構重たいです。一方、SaaSネイティブのアプリケーションである「Onshape」も提供しています。お客様ごとの必要な用途に応じて、SaaSなのかハイエンドなのか、もしくはSaaSのハイエンド版なのかなど、幅広くご提案できる状態になっています。
――ALMは自動車業界で引き合いが多いことに関連して、自動車専任部隊を立ち上げ、SDV(Software Defined
Vehicle)化を支援すると伺いました。今後は自動車業界に注力していくのでしょうか。
日本の場合、製造業において自動車は大きなマーケットがありますし、さまざまな技術革新は自動車から始まっていくケースが多いです。また、中国などでEV(電気自動車)がつくられていますが、価格優位性が高く、新たな製品をリリースするスピードは日本の何倍も早い現状があります。日本のものづくりとは考え方が異なり、カスタマーエクスペリエンスの設計であり、ソフトウェアの領域だからです。スマートフォンと一緒で、中身は常に新しくなっているという世界観です。日本のメーカーは遅れているので、業界は非常に危機意識を持っています。今後はほかの産業についてもやっていきたいと考えていますが、このような背景から、まずはしっかりと自動車産業に取り組みたいです。
地方顧客の支援を強化
――パートナー戦略についてはどう考えますか。
製造業は地方に多く、特に地方でパートナーを増やしたいとの思いが強いです。繰り返しになりますが、図面から3次元への移行は、一見簡単そうで簡単ではありません。何十年と慣れている作業があるのに、新しく全く違うツールを覚えるのは大変です。だからこそ、使える環境を整えたり、手厚く教えたりといった作業が求められます。ここで、お客様に近いパートナーが必要です。エンドユーザーにとっても、パートナーの選択肢は多いほうが良いので、販売店は増やすべきだと感じています。具体的な数字としてどれくらい増やすというビジョンは現時点ではないですが、パートナーネットワークに参加している企業が約40社ですので、ここからもっと増やしていきたいですね。
当社ではこれまであまり(地場の販売店を通じた展開を)してきませんでした。当社も社員数はそんなに多いわけではありませんから、どのようにしたら地方をもっと活性化できるかと考えると、やはりパートナーが必要です。(24年8月に)新しいチャレンジとしてダイワボウ情報システム(DIS)との販売代理店契約に至りました。地方の企業に対して影響力を持っているのに加え、(DISが)これまで製造業用のハイエンドCADを取り扱ってこなかったという背景もあります。
――今後の展望をお聞かせください。
グローバルで多くの人がPTCのソリューションを使い、競争力を上げてきています。ですから、日本でも競争力を向上させたいとの思いを強く持っています。PTCにおいて、グローバルの中では、日本の売上高比率は高いです。ほかの外資系企業を見ると、日本はアジアの一部にされていることもありますが、PTCの場合はそうではなくて、日本は独立した事業として本社直下で展開しています。やはりポテンシャルが大きく、期待値がとても高いということです。まだまだPTCジャパンは伸びると思います。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「Think Big」の考え方を大切にしている。社員に対しても、物事をより大きく捉えるよう、この言葉を伝えているという。30年近く日本で事業を展開しているPTCジャパンには、社歴の長い社員が多い。顧客のことを深く理解できるという点では良い部分もあるが、その一方で、「だんだんと考えが狭くなってしまうこともある」。ときには、もっと考えを広く、大きくすることも重要というわけだ。
例えば「5年前にうまくいかなくても、状況が変わった今うまくいくことはいくらでもある」。だからこそ、「昔やってみたから(やらない)」という言葉は禁句にしているそうだ。日本市場においても老舗とも言える企業だが、考えを自ら狭めず、大きな視野を持って顧客をさらに強力に支援していく。
プロフィール
神谷知信
(かみや とものぶ)
青山学院大学法学部国際私法学科を卒業。独Bosch(ボッシュ)日本法人、日本AMD、米Dell Technologies(デル・テクノロジーズ)日本法人など複数の大手外資系企業で、日本をはじめアジアやグローバル事業を統括。2014年に米Adobe(アドビ)日本法人に入社し、デジタルメディア事業統括本部の製品および販売戦略を含む事業全体を率いる。21年に代表取締役社長に就任。23年11月から現職。
会社紹介
【PTCジャパン】米PTC(ピーティーシー)は1985年設立。3次元CADの「Creo」や、製品コンテンツと業務プロセスを一元管理するPLMの「Windchill」、ソフトウェアの開発と管理を支援するALMの「Codebeamer」などを提供。日本法人は92年3月に設立。