伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)が順調に業績を伸ばしている。2026年3月期の売上収益は8250億円を予想し、27年3月期に最終年度を迎える中期経営計画の目標を1年前倒しで達成する見込みだ。旺盛なIT投資の需要を幅広く取り込む中、高度AIやセキュリティーといった注力領域が成長をけん引している。新宮達史社長は「売り上げだけでなく、利益率やブランドでも専業SIerとしてトップグループ入りを実現する」とさらなる成長に自信をみせている。
(取材・文/堀 茜 写真/大星直輝)
業績好調も「まだまだ足りない」
――伊藤忠商事の役員からCTCの社長に就任しました。
伊藤忠商事ではCTCの育成を担う立場を6~7年ほど担当して、また株主としても見てきました。CTCの社長になり、お客様にあいさつ回りをする中で、非常に幅広い業種に対してビジネスを手掛けていることに改めて驚きました。当社は約6000社の顧客基盤を有しており、特に強いのが通信業界向けです。それ以外にも鉄道会社や電力会社などのITシステムを担当し、日本の重要インフラを支える、意義の大きいビジネスを行っています。
――直近の業績と注力している領域について教えてください。
25年度の上期(4~9月)は、受注高が上期として過去最高になり、増収増益でした。幅広い業種でIT投資の需要をしっかり捉え、売上収益は17四半期連続で前年同期比を上回るなど、全体として非常に好調です。25年3月期から3年間の中期経営計画では売上収益を8000億円と設定しましたが、26年3月期で8250億円に到達する見通しで、1年前倒しとなります。
当社では「クラウドネイティブ」「セキュリティ」「データ&アナリティクス」「高度AI」の4領域に注力しています。全体的に好調ですが、特にAI関連とセキュリティー系が拡大しています。ランサムウェアの被害などを受けて、日本企業にセキュリティー対策は待ったなしという認識は広まっていますし、AI活用に絡んでデータ整備に関わるビジネスの需要が高まっています。
――自社の現在の立ち位置をどうみていますか。
確かに好調と言えますが、今、日本におけるIT投資の市場は拡大しており、競合他社も業績は比較的好調に推移しています。私は社長に就任してから、トップSIerの仲間入りをする、ナンバーワングループに入ると宣言しているので、まだまだ足りないなという印象です。
現状の立ち位置は、専業SIerの2番手集団のトップと考えています。当社より上位にいるのが野村総合研究所(NRI)であり、NRIを目標にしています。売り上げなどはだいぶ肉薄してきているのですが、当社は利益面をもっと伸ばしていかなくてはなりません。また、就職人気ランキングで社名が挙がるかといったブランド力や、社員の平均年収といった処遇面でも、当社はまだまだなところがあるので、そういった要素でもトップグループに入れるようにする必要があります。当然ですが、業績が伴わないと処遇改善も難しいので、着実に業績を伸ばすことが大事です。目標があったほうが社員を引っ張っていきやすいので、売り上げだけでなくさまざまな要素を引き上げるための取り組みを進めています。
基盤の横展開で利益率を向上
――利益をより確保していくために課題になるのはどのような点ですか。
競合SIerには、特定の業界に特化してビジネスを展開している会社もありますが、当社はあらゆる業界向けに全方位でやっているのが特徴です。その分、非効率なところがあるのも事実です。その中で少しでも利益率を上げていくために、「資産化ビジネス」を目指しています。これまでずっと行ってきた個社個別の受託開発から、共通化したプラットフォームを当社の固定資産として持ち、それをA社、B社、C社と複数顧客に展開できれば、利益率も上がってくると考えており、そういったビジネスの立ち上げを社内に声掛けしています。
全業界向けにビジネスを展開しているのは、当社の強みでもあります。当社は金融や情報通信、リテールといった産業別に事業部が分かれているので、事業部ごとに担当業界に向けて横展開できるプラットフォームを開発していきます。
――伊藤忠商事による完全子会社化の狙い、その後の相乗効果はいかがでしょうか。
上場しているメリットもあるのですが、上場しているが故に親会社との連携がスムーズに進まない側面もあり、より緊密に連携する意味で完全子会社化を進めました。CTCは、上流工程のコンサルティング業務が少し弱いという課題がありましたが、伊藤忠商事がコンサルティング企業との業務提携を進めていたことで、そういった会社との連携が強化できています。
約2年が経過し、連携はより活発になっています。当社の幅広い業界の顧客に対して、今まではできなかったような提案ができるようになり、それが受注に結びつくという、良い流れができています。当社はこれまで「この仕様で、こういうシステムをつくってほしい」との依頼を、確実に具現化できる会社でした。ただ今後は、当社からお客様に提案する能力が非常に重要になってきます。そのあたりが伊藤忠商事デジタル事業群との連携で強まってきています。
――SIer各社は、顧客企業のDX支援に注力していますが、CTCが提供できる差別化要素はどういった点になりますか。
これまでは、お客様の情報システム部門が社内のIT投資を担当していましたが、今は事業部門の皆さんが自分たちの業務の仕組みをデジタル化していくという流れになっています。ITに精通されていない人に対して、その事業内容を深く理解した上で最適な提案をすることが受注に結びついていきます。当社としては「完遂力」が差別化要素になると考えています。新しい提案をして、提案だけに終わらせずにシステムの完工までやり遂げる技術力の高さが当社の強みです。エンジニアが当社の生命線で、数だけでなく、質を高めることを徹底的に追求しています。
AIで自社も顧客も成長
――生成AIの登場で、SIerとしての業務、顧客への提案内容に変化はありますか。
AI活用に際して社内で最も大きいのは、AI駆動開発への取り組みです。開発業務の効率化に非常にインパクトがあります。今期は、社内の開発者向けにAI活用ガイドラインを策定し、ガイドラインに沿ったAI開発の事例が出てきています。要件定義からコード生成、バグの検証まで開発全体に適用し、より高いクオリティーの成果物をお客様に届けることができるようになっています。
顧客向けのAIでは、これまでインフラレイヤーでGPUサーバーを持ってきてAIプラットフォームを構築するような部分を担ってきました。今後もプラットフォーマーの設備投資は続いていくと思いますが、今後は、エンドユーザーが事業成長のためにどうAIを利用していくか、アプリケーションレイヤーでいかに食い込んで提案できるかという点がかぎになるとみており、そこにしっかり注力していきます。
――日本企業のAI活用の状況をどうみていますか。
米国と比較すると、私の感覚では3年程度遅れているかなと思います。ITの新しい技術が出てくると、当然メリットとデメリットがあるので、日本企業は保守的な傾向があります。データのセキュリティーやAIの精度などを非常にコンサバティブにみているタイミングです。一方で、日本人の特性として動き出すと一気に導入が進むという点もあり、そういった流れが早期に始まることを期待しています。
AIが普及してくると、人がAIに使われていくような世界になりかねません。AIに言われたとおりに動く人間になるのかAIを使いこなしていく立場になるのか、分岐点に立っています。当社は、積極的にAIを活用することによって、AIに取って代わられるのではなく、AIを使いこなす側に立つというマインドセットをお伝えしています。
――AI活用でCTC独自の方向性があれば教えてください。
米Liquid AI(リキッドエーアイ)との協業では、一般的な生成AIで使われているLLM(大規模言語モデル)ではなく、同社が独自に開発しているSLM(小型言語モデル)を生かした開発を進めています。移動するもの、通信ができない環境、電力を多く使えないようなシチュエーションで活躍してくれるのがSLMだと考えていて、自動運転やスマートフォンなどのエッジデバイスの中で動くAIに適用できます。汎用的なLLMと使い分けることで、全体としてバランスの取れた世界になっていくだろうとみています。
――事業を通して、日本社会にどのように貢献していきますか。
米国と日本のIT投資と株価の推移をみると、IT投資が国の成長力に直結すると考えています。日本でもIT投資は拡大傾向にありますが、米国と比べるとまだまだ桁違いです。ITで日本企業の成長を支え、日本経済を成長の再軌道に持って行きたいという思いです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
商社時代のキャリアで、北米のベンチャー企業、日本の通信会社と協業し、携帯電話に付随する保険サービスの爆発的な普及につなげた。「お互いの得意分野を生かすことで、1足す1が、3にも4にもなる」ことを経験し、CTCの社内向けに「ワンチーム」をキーワードとしてメッセージングしている。
連結で1万人を超える社員を束ねるリーダーとして、方向性を示すことを重視する。「会社はどこを目指しているのか、それに共感して共に頑張り、チーム力を上げていきたい」との思いで、明確な目標としてSIerのナンバーワングループ入りを掲げている。優秀なエンジニアを獲得するため、ブランディングにも注力しているという。日本企業の旺盛なDXへの需要を背景に、目標への道のりは視界良好のようだ。
プロフィール
新宮達史
(しんぐう たつし)
早稲田大学理工学部卒業。1987年、伊藤忠商事に入社。2016年、伊藤忠インターナショナル会社CAO(米ニューヨーク駐在)、伊藤忠カナダ会社社長に就任。伊藤忠商事 情報・金融カンパニープレジデント、常務執行役員などを経て、24年から現職。
会社紹介
【伊藤忠テクノソリューションズ】伊藤忠グループのSIerで1972年創立。伊藤忠商事によるTOBで2023年12月に上場廃止。現在は伊藤忠商事と伊藤忠グループ企業の計3社が全株を保有し、事実上、伊藤忠商事の完全子会社。25年3月期の連結決算で売上収益は前年比12.5%増の7282億円。従業員数はCTCグループ全体で約1万2000人(25年4月現在)。