米OpenAI(オープンエーアイ)が2022年11月に公開した「ChatGPT」は、瞬く間に世界を席巻し、現在に続く生成AI時代の起点となった。3年以上が過ぎ、当初のチャットツールから業務を自律的にこなすエージェントへと進化する中、法人利用のムーブメントは本格化している。日本市場を預かるOpenAI Japanの長崎忠雄社長は、マルチエージェントによる業務効率化の効果に自信を示した上で、グローバルの知見を国内ユーザーに還元して「インパクトのある事例を出したい」と語る。ユーザーへの浸透には自社による定着支援に加え、パートナーの業界知識なども重要と指摘。手を取り合うことで、国内におけるAI活用のステージを引き上げる考えだ。
(取材・文/春菜孝明、日高彰 撮影/大星直輝)
定着支援で利用率9割以上に
――法人向けビジネスの進捗を教えてください。
「ChatGPT Enterprise」が日本のさまざまな企業に広がっています。私が着任した24年はChatGPTにエンタープライズ版があることをほとんどの企業の方々がご存じありませんでした。導入が進んだのにはいくつか理由があります。日本企業はAIの導入意欲が非常に盛んですが、導入そのものはうまくいっていないお客様も少なくありませんでした。ソリューション面ではメモリー機能なども加わり、チャットにとどまらずAIエージェントのツールとして利用できるようになった点も理由の一つでしょう。
――生成AIの導入がうまくいかない企業が多いとの話がありました。この課題に対してはどのように対応しているのですか。
導入して終わりではなく、導入から3カ月は当社が定着を支援することで、お客様の社内の2~3割にとどまってしまうこともある利用率を9割以上にまで引き上げています。実装においては、いきなりカスタムAPIでつくり込むのではなく、ChatGPTのようなサービスを使います。最先端のAIに触れることで、どのような回答が得られ、どういったことに使えるかをイメージします。その後に部署の業務フローの自動化に向かい、次に組織全体の課題解決と、ステップを踏んでお客様に伴走しています。私たちはAIネイティブの企業であり、24時間365日、AIのことだけを考えている人材しかいません。専門性を持った人間がお客様のAIジャーニーを支援しています。
――段階を踏んで、生成AIの存在を前提に仕事をするという思考を養うのですね。
おっしゃる通りです。登場時のChatGPTはリーズニング(AI自身の思考を伴う推論)やマルチモーダル、エージェント機能もありませんでしたが、今はできることの幅が圧倒的に違います。例えば、ブラウザーの「ChatGPT Atlas」では、経済紙の記事を閲覧しながらサマリーや社内外に提出するレポート作成を依頼するプロンプトを入れると、人手で1~2時間掛かっていた作業が、ほんの数分で完了します。エージェント機能によって実現しており、知っているのと知らないのでは雲泥の差が生まれるのです。
――導入支援では「FDE(Forward Deployed Engineer)」にも取り組んでいますね。
はい。FDEは、お客様の課題解決を一緒に支援する、最も上位レイヤーのエンジニアリングチームです。アプローチとしては経営トップと話して判明した課題について、「Before AI」「After AI」で何が変わるかを分析し、解決を支援しています。
生成AIの導入には、社内データの取得や、複雑化したシステムのつなぎ込みといった難しい作業が伴います。さらに、われわれの機能は飛躍的に向上していますが、お客様側ではそこまでのナレッジや経験を持っていません。この間を埋める人材としてFDEのチームを立ち上げ、お客様と膝を突き合わせて取り組んでいます。
FDEの存在は、AIがエージェントとなったことでより重要になっています。マルチエージェントをいかにオーケストレーションして自動化できるかが活用のかぎになるのですが、これを具体化できるお客様はなかなかいません。われわれにはグローバルの経験があり、知見、実績、人材をFDEに投入できます。
――いわゆる客先常駐とは異なるのでしょうか。
従来の方法とは違います。企業のワークフローの中にエージェントを組み込んで自動化するのは難しく、われわれだけではできません。お客様のシステムやデータを理解してさまざまなチャレンジが必要になります。エージェントプラットフォームをつくる専門家というように考えていただきたいです。
業務・業種特化のパートナーを増やす
――パートナー戦略はどのように考えていますか。
AIの開発サイクルが加速し、技術の現状と、導入企業側が有するケイパビリティーに差が生まれています。この差をFDEや技術のリソースで埋めていますが、当社だけでは追いつきません。そういった意味で今後、パートナーのポジションは非常に重要になってきます。当社にはない顧客接点や業界知識をお持ちです。パートナーとわれわれが手を組むことで、本来数年かかるものを縮めて実現したいと考えています。
現在、NTTデータグループやソフトバンクグループとパートナーシップを結んでおり、RecursiveがAIブティックパートナーになっています。dentsu Japanとはマーケティングなどに特化したパートナーシップを発表しました。コミットしていただけるパートナーと一緒にプロジェクトを動かすことで、お互いの目線が一致していきます。そのような関係性のもとでお客様の問題解決を進めているところです。今後も、業種や業務に特化したパートナーシップは確実に増えると考えています。
AIについては、歴史的に見てもこんなに早く進化しているツールはないと思います。当社には進歩をキャッチアップしてユーザー、パートナーに伝えるミッションがあります。パートナーシップの初期段階では一緒にプロジェクトを進め、徐々に独り立ちしてもらえればという思いです。
――パートナーとの協業には、どのような取り組みがありますか。
例えば、(グローバルで戦略的提携関係にある)NTTデータグループとのパートナーシップは(1)NTTデータグループ社内でのAIエージェントの作成(2)ChatGPT Enterpriseを活用した働き方の変革(3)ChatGPT Enterpriseの日本市場でのリセールーの3本柱です。
また、グローバルでは「Frontier Alliances」を発表しています。「Frontier」というAIプラットフォームをエンタープライズに導入するパートナープログラムで、セキュリティーやガバナンスの懸念をクリアにする特徴があります。米Boston Consulting Group(ボストン・コンサルティング・グループ)、米McKinsey & Company(マッキンゼー・アンド・カンパニー)、アイルランドAccenture(アクセンチュア)、仏Capgemini(キャップジェミニ)の4社が参画しており、日本のパートナーも増やしたいと考えています。
――SaaS企業との連携にも取り組んでいると聞きます。
AIネイティブのスタートアップが海外に比べると少なく、危機感を持っています。従来のSaaS企業がAIネイティブにシフトしていく必要があります。
最近では(AIコーディングエージェントの)「Codex」を発表しました。今までもAIでコードを書くことはできました。ただ、レビューやセキュリティーチェックなどは人間が行う必要があり、これを解消しました。国内のデジタルネイティブ企業やソフトウェアベンダー、開発者を抱えている企業に体験していただく活動を毎週実施しています。SIerの需要もあるでしょう。
世界に誇る事例を創出したい
――日本市場で注力していることは何でしょうか。
テクノロジーについては、グローバルとの差異はありませんが、日本のユーザーは導入に慎重なケースがあります。欧米がトップダウンであるのに対して分散型の意思決定が一般的であるため、さまざまなレイヤーの皆さんと対話を重ねています。
安全面に関しても力を入れています。エンタープライズユーザーと話していると、セキュリティーやコンプライアンス、ガバナンスといったトピックは非常に大切だと感じます。人員の拡充やセキュリティーチェックなどの取り組みを、どの国よりも手厚くしています。若者のAI利用に関しては、適切な使い方ができるよう「未成年の安全に関するブループリント」という指針を発表しました。
――日本市場のビジネスはどのような段階にあると考えますか。
25年は世界で最も成長の速い市場の一つとなりました。米国に次いで世界で2番目にビジネスユーザーが多く、グローバルで見ても非常に重要な国になっています。
課題としては、進化するAIシステムに対してお客様とのギャップが広がっているので、どう埋めるかということです。AIモデルと同じような加速をお客様にもしていただきたいと考えています。
ChatGPTは毎日進化しています。お客様にはChatGPT Enterpriseにも組み込まれているエージェントの使い方に慣れていただきたい。Codexのようなものを使えばワークロードオートメーションが可能です。われわれが進化することで(AI活用の)ステージの進行を早められます。着任時から考えていますが、日本発で世界に誇れる事例を創出したいですね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
AIが社会変革を担う中、米OpenAI(オープンエーアイ)はその中心的存在だ。日本法人のかじ取り役として、「AIの社会実装を通じて、国際競争力を持った企業がどんどん生まれてほしい」と、産業への期待と、それを実現するための自社の責任を強く意識している。
AIモデルの高度化とユーザーの現状の差に何度も言及した。AIの進化は「おそらく過去のどのITの歴史を見ても最も早い」。追いつくことは容易ではない。社会全体でAIの実装は「0.5合目」と分析。ただ、「企業のAI導入はこの1年で劇的に変わる」と展望する。世界に通用する事例は「日本の皆さんの緻密さ、真面目さ、テクノロジーに対する貪欲さ、社会課題への真摯な向き合い方」によって生み出されるとみる。
日本法人の従業員は現在の70人規模から年内におよそ100人にまで増えるという。自社も成長しながら、パートナーとともに国内市場をけん引し、AI活用を次の局面へと導く。
プロフィール
長崎忠雄
(ながさき ただお)
米国カリフォルニア州立大学ヘイワード校(現イーストベイ校)卒業、理学士号を取得。数社を経て、2006年にF5ネットワークスジャパンの代表取締役社長兼米国本社副社長。11年にアマゾン・データ・サービス・ジャパン(現アマゾン・ウェブ・サービス・ジャパン)入社、12年2月に代表取締役社長。24年3月から現職。
会社紹介
【OpenAI Japan】米OpenAI(オープンエーアイ)は2015年、サム・アルトマンCEOらによってサンフランシスコで非営利団体として設立された。対話型生成AI「ChatGPT」は22年11月に公開。法人向けには生成AIサービスの「ChatGPT Enterprise」を提供している。日本法人は初のアジアにおける拠点として、24年4月に事業を開始した。