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米自治体のネット運営に 民間企業が猛反対 高まる“通信インフラは公共財か”議論

2004/12/13 21:17

週刊BCN 2004年12月13日vol.1068掲載

 水道や道路など万人が生活に必要なものは政府が安く提供するのが世のならい。では「高速ネット接続」もそうかというと、そうは思わないのが通信会社だ。米国の自治体が高速ネットを独自に立ち上げようとしたところ、民間企業からこれを違法とする法案施行の反撃を受け、ひと筋縄では行かないことが分かってきた。

 アメリカで高速インターネット接続を自宅で使用している人は全成人人口の24%に当たる。このうちほぼ半数は年収が平均7万5000ドル以上の“高給取り”(Pew Internet and American Life Project、今年2月現在)、残りの低所得層にとって月30-50ドルの高速接続はまだ“贅沢品”だ。

 そこで「ネット接続は生活に不可欠な、もはや公共ユーティリティのようなもの」と、自治体が安い高速ネット接続サービスを始める動きが最近盛り上がっている。導入を検討している自治体は推定約200か所。

 もちろん、そんなことをされたのでは民間の通信会社は商売あがったりだ。「そもそもネット接続は“公共財”なのか」、「民間とかぶる分野の公共サービスは制限すべきではないか」と、電話&ケーブル各社は禁止法成立に向け各地でロビー活動に血道を挙げている。

 こうした民間の圧力が功を奏し、ペンシルバニア州では11月末、高速ネット運営は市内の主なローカル電話会社を優先し、こうしたキャリアからの許可なしに自治体が開くことは“違法”とする新法が成立した。「自治体がやることに民間の許可が必要なんて」と消費者団体はカンカンだ。

 デジタルで生活が豊かになる反面、パソコンやインターネットを利用できない低所得層はますますITの恩恵を受けられなくなる。この新たな階級格差を「デジタルデバイド」と呼ぶのは周知の通りだが、その反省として一方にあるのが「デジタルデモクラシー」という考え方。要は「デジタルの恩恵に授かる権利は万人に平等にある」というもの。米国ではデジタルデモクラシーセンターなどが中心となって啓蒙活動を行っている。同センターのジェフリー・チェスター所長は、業界が注目する今回の同州新法成立について「ネットは国際的ユーティリティ。無料で提供する努力をすべきだ」と非難した。

 市場原理でいうなら民間は人口密集地を優先する。これで後回しにされる過疎地はたまらないわけで、地域経済振興策として自治体が公営ネットに動き出すケースも多い。家庭&ビジネス用高速ワイヤレス接続の開設を予定しているメリーランド州アレガニー郡などがそれだ。

 これに対し、民間の理屈は「税金補助がある公営相手では民間のインセンティブが台無しだ」というもの。例えばペンシルバニア州の新法の青写真を考えた大手キャリア、ベライゾンは2015年までに州全域に高速アクセス網を整備するよう州から特命を受けている。州の通達と矛盾する個々の自治体の動きを牽制するのは妥当というのが、その論旨だ。

 なお、新法は無料サービスを適用から除外したが、同州IT調査団体代表は「いくら行政といえども無料サービスは非現実的」としており、これはあまり意味のない例外条項といえそうだ。

 結局、「ベライゾンに高速ネット敷設の早期実現を図ってもらう」ことをより重視した知事の苦しい判断ということだが、法案可決の最終交渉では06年1月以前に稼動中のシステムは例外的に続行を認めることが妥協案として盛り込まれた。これは全米最大の公営ワイヤレスネットワーク開設計画を明らかにしたフィラデルフィア市からの働きかけと企業交渉が功を奏したもの。今年9月に大々的に計画を発表したジョン・ストリート市長は、「道路と輸送が過去のキー分野なら、デジタルインフラとワイヤレス技術は未来のキー分野」と、民間より格段に安いサービスを約束している。

 ペンシルバニア州のように公共事業の進出分野を制限する法案を可決した州は14州。イリノイ州では3市町村で光ファイバー開設が決まったものの、SBCとコムキャストがスクラムを組んで法案無効化運動を展開中という。

 公営か、民間か。綱引きはまだまだ続きそうだ。(市村佐登美)
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