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米HPの新CEOにマーク・ハード氏就任 NCR復興の実績買われる

2005/04/11 21:37

週刊BCN 2005年04月11日vol.1084掲載

 カーリー・フィオリーナ氏の電撃解任から7週間。シリコンバレーを代表する老舗ブランドのヒューレット・パッカード(HP)は、はるか中西部の彼方から意外な人物をトップに起用した。マーク・ハード氏、48歳。キャッシュレジスターの発明で知られる創業120年のNCRを建て直した企業家だ。

「正直言って私は面白い人間ではないんだよ。働いて働いて家族を養って働く。少し運動してまた働く」

 NCRを3月29日付で辞任し、その日のうちにサンフランシスコ空港に到着したマーク・ハード氏は、地元紙のインタビューに答えてこう語った。素行が知れないシリコンバレーの有名CEOと違って、自分はどこにでもいる普通の社長なんだぞ、と言いたいのだろうが、それにしても気取りがない。

 就任記者会見では前夜の寝不足のせいか自分の生まれた年をしばし失念する一幕も。計算し尽くされた隙のないイメージのフィオリーナ前CEOとは対照的に、ジョークを交えながら終始なごやかに場を仕切り、「良い会社を作るのはCEOではない。チームワークだ」と語った。

 ハード氏はメジャーな経済誌ではこれまで一度も表紙に出たことのない中堅企業家だ。シリコンバレーではダークホース的存在の人。NCRの年商はHPの10分の1以下である。後任候補としては元コンパックコンピュータのCEOを筆頭にきら星のごとき著名人が名を連ねていただけに、氏の起用は驚きをもって受け止められた。

 もっとも、市場の反応は決してネガティブなものではなかった。むしろ決まってしまえば彼以上に妥当な人選はない。例えばハード氏のような縁の下タイプなら次期トップとしてHP社内の影響力を2分する派閥の領袖が即座に去ることも避けられるし、合併で亀裂の入った内部の調整もスムーズに運ぶだろう。

 また、NCRは会社の規模が小さいから目立たないだけで、ハード氏がトップに在任した2003年3月からの2年間で同社の株価は300%以上という驚異的な伸びを示している。04年に同社の収益は倍以上に膨れ、今年は45%、来年は33%の伸びが予想される。パトリシア・ダン会長の社内告知によれば、この復興の実績こそがHPの取締役会議が彼を第一候補に選んだ最大の理由という。

 ハード氏の就任が明るみになった当日、NCRの市場価値は12億ドル落ち、迎えるHPのそれは58億ドル上がった。トータルにしてハード氏の市場価値は70億ドルということになる。

 ただ注意しなくてはならないのは、ウォール街の一部投資家の思惑はまた別のところにあるということだろう。

 “ハイテク企業史上最悪の大合併”と酷評されるコンパックコンピュータとの合併以来、HPの業績が低迷を続けていることは周知の通りだ。デルやIBMなど競合他社とどう戦っていくのか、HPは明確な方向を示せない混沌の中にある。そんななか、投資家筋では「利益性の高いプリンタ部門をスピンオフさせて株価を上げよ」との分割論がかまびすしい。これに強硬に反対してきたフィオリーナ氏が去った後だけに、新CEOには分割の期待がかかった。株高は「いよいよ分割か」という期待感が引き起こた現象という側面が強いと指摘する投資アナリストは多い。

 会見では分割や人員整理を行う意志があるかどうかに質問が集中した。ハード氏は、「私はずるい真似はしませんよ」と微妙な反応。「会社全体で考えます。現段階では何1つ確かなことは言えません」と質問をうまくかわし、数か月は「社員と顧客に話を聞いて現状を把握」しながら、「社内5部門と製品ラインの財務分析を最優先の課題としたい」と慎重な姿勢を示した。

 ハード氏は1980年からNCR勤続25年。老舗ブランドに忠誠を誓う生え抜き社員という面では、“HPウェイ”の美風を誇るHP勤続スタッフと気脈が通じる。

 社員150人を集めて行った着任の挨拶では、ある社員がハード氏のNCR在任当時の株価伸張に触れ、株価を実際より多めに述べたところハード氏がすかさず訂正。その模様がウェブキャストで世界15万人の社員に流れ、「ヒーローぶらない人」との好印象を与えた。なんとか本物のヒーローになって欲しいものだ。

 ハード氏は強豪ベイラー大の元テニス奨学生。ポーラ夫人との間に2女。(市村佐登美)
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