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人民元切り上げと日系IT産業への影響 当面のコスト上昇は吸収可能 投機流入による経済混乱を危惧

2005/08/15 21:48

週刊BCN 2005年08月15日vol.1101掲載

 注目されていた中国・人民元切り上げが7月中旬から現実のものとなった。米ドルに対して固定されていた為替レートが管理変動相場制となり、1日当たりの変動幅は制限されているものの中国の経済力や世界の資金移動に合わせて相場が変動するようになった。今回の切り上げ幅はわずか2%(1ドル=約8.3元-約8.1元)だが、実力より40%ほど過小評価されていると言われる人民元がどれぐらいの期間でどれだけ切り上げられるかによって、「安い人件費」という点で強く結び突いている中国と日系IT産業の関係にどのような影響を及ぼすか分からない。

 今後の人民元の変動については、様々な見方がある。エコノミストによっては「向こう1年で切り上げ幅は10%以上になり、2-3年で30%を超える」と急激な変化を予測する向きもある。

 だが、IT企業の購買担当者に人民元切り上げが中国からの商材調達コストに与える影響を予測してもらったが、「急激に切り上げは進まないだろう。向こう5年でも切り上げ幅は10-15%ほどで、価格交渉で吸収できるレベルではないか」(サプライメーカー営業幹部)と楽観視する意見が多かった。

 その理由としては、輸出産業(外資系企業の引き留め)で国内経済を発展させなければならない中国政府が積極的なドル買いで市場に介入し、人民元高騰を抑えるというものだ。

 人民元切り上げも5年で10-15%のペースならば、中国に進出する日系IT企業にとってもそれほど大きなものではないかもしれない。「我々の中国現地法人は、原料、部品の多くを中国の外からドル建てで輸入。人民元で支払う人件費が製造原価に占める割合は10%を切っており、当面、人民元高の影響は生産性向上で何とか吸収できるだろう」(パソコンメーカー営業幹部)。

 外資系ITベンダーの経営企画担当者は、興味深い読みをしていた。「米国のITベンダーが対中投資の積極姿勢を崩していない。政府との接触で為替リスクが見えているからだろう。親中政策をとり、大企業優遇の共和党政権下では、表面的には中国に対して強硬な姿勢を見せながらも自国産業の利益を考え、無茶な圧力はかけないはず」。

 人民元切り上げは、年間1620億ドル(2004年実績)の対中貿易赤字を抱える米国(それに呼応する日欧)の圧力に中国が妥協したものだ。一方で、米国ITベンダーは人件費が安い中国を生産拠点とし、そこから本国をはじめ全世界に向けて輸出することで利益を稼いでいる。「人民元高・ドル安」は米国ITベンダーにとってマイナスに働く。

 例えば、米デルは今春、中国・廈門工場の生産能力を倍増すると発表している。8月初旬に来日、記者会見した同社のケビン・ロリンズCEOは、人民元切り上げの影響を聞かれた際、「もう1度切り上げがあっても2%ほどで影響は小さいだろう。従来通り、中国生産を拡大する」と述べている。工場増強の投資回収には、少なくとも3-5年程度の期間を見ていると思われるが、その間の人民元高リスクはデルにとって許容範囲なのかもしれない。

 では、日系IT企業の中国オフショア開発への影響はどうだろうか。この分野の先駆けである野村総合研究所は、「中国人技術者の人件費は総じて日本人の3分の1。人民元が5-10%切り上げられても中国のコスト競争力は落ちず、日本からの発注は増え続ける」と指摘する。それを証明するように、人民元高が叫ばれるなかでも、大手ITベンダーは今年度も中国への外注費を2ケタ以上増やしている。

 ある大手SI(システムインテグレータ)のオフショア開発担当者は、「今後は、これまで国内で手掛けていた上流工程の一部も積極的に中国へ移す。オフショア開発の適用範囲を広げ、より大規模に展開すれば、人民元切り上げの影響を吸収して、なお開発コストを下げられる」と話す。

 今のところ、国内IT産業に人民元切り上げに対する極端な反応は見られない。だが、人民元が曲がりなりにも変動制に移行した以上、この先、どのような局面を迎えるかは予断を許さない。

「人民元が欧米のヘッジファンドに狙われ、投機資金が中国に大量に流れ込む可能性がある。そうなると人民元は急騰、そして暴落する。急騰と暴落の差が激しいほど、ヘッジファンドは利ざやを稼げる」と、97年に起こり、韓国でさえもIMF(国際通貨基金)の管理下に置かれたアジア通貨危機の再来を危惧する金融関係者もいる。

 中国政府も当然、過剰な投機資金の流入を警戒しており、予防的な外国為替制度をとっているが、もし人民元の急騰・暴落が起これば中国経済は混乱し、社会はかなり不安定になる。中国経済の失速は、IT業界のみならず日本経済全体にも影響を及ぼすだろう。

坂口憲二(ジャーナリスト)
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