札幌市では、市の外郭団体を中心に「労働集約型」の地場中小受託ソフトウェア開発ベンダーを「SaaS型ビジネスモデル」へ転換する動きを加速している。マイクロソフトや大手メーカーなどの協力を受け、「上流」のソフト開発や技術検証などの支援から主に道内を対象とした「中流」の販路拡大も含めた、IT提供ビジネス全体に関わる包括的な支援体制を敷くことで、地場中小ベンダーの競争力を高めることを狙う。

 札幌市内のITベンダーは約6割が2次請け以下の「下請け」を主とする受託ソフト開発ベンダーだ。「労働集約型」の「下請け」だけでは、「1案件の料金を安く叩かれてしまう。最近は不況のせいで(市内ITベンダー売上高の半分以上を占める)首都圏へ派遣していたIT人材が逆戻りし始めている」(札幌市経済局産業振興部産業振興課IT推進担当の渡邉昌輝係長)と、市内のIT産業に関する課題が山積していた。

 このため昨年9月には、市の外郭団体「さっぽろ産業振興財団」を中心に受託型からSaaS型ビジネスに転換して競争力強化を図ろうと「SaaSビジネス研究会」を立ち上げた。「道内に閉じた活動ではない」(同)と、幅広く参加社を募り、道内外から46社(2009年1月28日現在)のITベンダーが参加する。

 同研究会では現在、SaaS型への移行が容易な地場の有力SIerなど「ASP事業者」向けに啓蒙活動を展開中。協同組合など向けの「共同利用アプリケーション」開発など2案件について、地場ITベンダーがアプリケーション開発しSaaS型で導入する方向で進行しており、複数の「ASP事業者」が意欲を見せ始めているという。

 この協同組合の案件では、協同組合側が開発資金を調達するために国の助成金制度に応募した。採択が決まり次第、本格化する計画だ。まずは成功モデルを積み上げ、ここで得たノウハウを蓄積。パッケージソフトウェアなどアプリケーションを持たない受託ソフト開発ベンダーに対し「アプリ開発のヒントを与え、自発的にSaaS型のアプリケーションを開発する動きにつなげたい」(さっぽろ産業振興財団の吉江一弘・事業推進課長)考えだ。

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 同研究会の活動は、07年に財団、札幌市、マイクロソフトが共同で設立した「札幌イノベーションセンター」を中心に動いている。SaaSビジネスや技術的知識を得る勉強会やSaaSアプリケーションの検証を行うなど、積極的な活動を展開する予定だ。

 また、会員企業が自主的にビジネスを立ち上げるうえで、タスクフォースを発足。自治体チーム(行政事務)、教育チーム(職員室IT化)、観光業チーム(ホテル予約)など、いくつかのチームに分かれて、ビジネスモデルの検討を行う案も浮上している。

 同財団では、ITベンダーに在籍する技術者のスキルアップを目的とした人材育成の技術セミナーやSaaSアプリケーションの販路拡大策など、包括的な支援策を講じていく。さっぽろ産業振興財団の吉江課長は「マイクロソフトのチャネルを使った販売展開や、ユーザー企業向けにSaaSアプリケーションをプレゼンテーションすることも一つの手段」とみている。将来は地場の中小企業市場を開拓するため、導入セミナーを開催するなどで、ITベンダーとユーザー企業の「ビジネスマッチング」策を講じる計画だ。

 一方、このプログラムではマイクロソフトの「SaaSインキュベーションセンタープログラム」に参加する富士通、NTTPCコミュニケーションズなど4社のホスティングパートナーが会員企業を後押しする予定だ。SaaS基盤提供のほか、マーケティングやSaaS化の手助けをしていく。これら大手メーカーなどが実施するプログラムには、ビジネス展開や技術力に焦点を当てたセミナーやSaaSアプリケーションを検証する環境の提供、アプリケーションの販売支援や個別コンサルティングサービスが含まれている。

 SaaSアプリケーションを提供するために地場ITベンダーが利用する基盤に関しては、ホスティングパートナー、経済産業省主導の「J─SaaS」、大手メーカーの基盤などから「会員企業それぞれに適した基盤を選択する」(吉江課長)と、特定ベンダーに片寄らないよう幅をもたせている。

 北海道、北海道グリーンエナジーデータセンター研究会などが主体の、雪を冷却に使うデータセンター構想と関連づける案も出てきており、他の都府県でも参考になる大きな展開に発展することが期待される。(鍋島蓉子)

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受託からの脱却は困難

 札幌市のITベンダーは、「下請け」で“手組み”を主体とする受託ソフトウェア開発ベンダーがほとんどを占める。さらに市内ITベンダーの収益は、半分程度が首都圏を中心とした東京・名古屋・京阪地区の道外からの売り上げだ。北海道は他の都府県に比べ経済状況が悪くIT投資意欲が薄い。このため、道外で「景気のいい領域」に足を伸ばさざるを得ないのだ。だが、昨秋以降の世界的な景気後退で、この状況も一変している。

 札幌市の「SaaSビジネス研究会」自体は昨年9月に立ち上げているが、この時点で「仕事が減る」状況を予測してサービス型へ事業変革することを狙ってのもの。大きな案件を道外に求めることも必要だが、一方で、地元を見渡すとIT化やITを利活用できていない中小企業が数多く存在する。道内の需要拡大のためにも「SaaS」のような飛び道具が必要になったのだ。

 ただ、受託ソフト開発ベンダーがSaaSアプリケーションを開発するのは容易にはいかない。開発システムの多くは“手組み”であり、自社アプリケーションを持たないベンダーがほとんどなのだ。こうしたITベンダーが手がけてきた案件は「下流工程」で開発ノウハウが身につきにくい作業。企業向けに構築した受託システムの知的財産権を取得してSaaS型に組み替え「横展開」するには、相当苦労するだろう。

 それでも、地域単位でSaaS型などサービス提供型へ舵を切ったことは全国的にも注目に値するし、「売る」ための施策についても検討を進めていることは、他の参考になる。経済産業省や富士通、NEC、NTTなどの「SaaS基盤」を使って「作る方法」から「売る方法」までを、業界を挙げてトータルで検討する都府県はいまのところ耳にしない。

 道内の受託ソフト開発ベンダー内には「SaaSは危険」と、自社ビジネスを侵される懸念を口にするグループもある。その意味では、国内SaaSが浸透するうえで試金石となる。(谷畑良胤)