富士通と大阪大学は8月28日、従来の想定よりも小規模な6万量子ビットの量子コンピューターにおいて、現行機種の計算速度を超える「量子優位性」の達成が可能となる新たな技術を開発したと発表した。共同で開発している「STARアーキテクチャ」を改善。2030年ごろの実用化に道筋を開いた。
(大向琴音)
量子コンピューターは、原理的には現行機種で計算困難な量子化学計算や複雑な計算が可能。しかし、量子ビットの状態がノイズによって変わり、計算を間違ってしまう量子エラーと呼ばれる弱点が存在するため、量子エラーの訂正が必要となる。量子エラー訂正を実施しながら計算を行う仕組みとして、多数の物理量子ビットを用いる冗長化によって一つの論理的な量子ビットを形成する技術があるが、実用的な計算をするためには、100万量子ビットといった大規模な量子コンピューターが必要になると試算されていた。このため、量子コンピューターが実用計算において現行機種を超えるには長い年月が必要と考えられていた。
大阪大学 量子情報・量子生命研究センター 藤井啓祐 副センター長
大阪大学と富士通は2023年3月、STARアーキテクチャを発表した。量子計算の中で行われる量子ビット操作のうち、「位相回転」の操作を効率的に実行することで、従来よりも少ない量子ビットと短い時間で計算を実行できる可能性を示したが、STARアーキテクチャで計算可能な問題の規模が限定的との課題があった。
今回、STARアーキテクチャで行う位相回転の精度を向上させるとともに、計算中に行う量子ビット操作の手順をより効率化する「量子回路ジェネレータ」を構築したことにより、計算可能な規模が拡大した。現行機種では約5年かかるとされる「8×8結晶格子ハバードモデル」と呼ばれる計算を、新たなSTARアーキテクチャを適用した6万量子ビットの量子コンピューターでは10時間で実行可能になるとしている。6万量子ビットの量子コンピューターは、早ければ30年ごろに実現すると予測されている。実用化によって、材料開発や創薬などのさまざまな分野で、技術革新を加速させることが期待される。
大阪大学の量子情報・量子生命研究センター副センター長の藤井啓祐・教授は「今まで10万量子ビット未満の量子コンピューターにおいて、スーパーコンピューターを超える速度で実用的に意義のある計算ができる保証はなかった。100万量子ビットであればできることは知られていたが、そこから1桁以上少ない量子ビットの量子コンピューターでも計算できるということを、きちんと示したという意義がある」とコメントした。
富士通 富士通研究所 佐藤信太郎 量子研究所長
富士通は理化学研究所と「超伝導方式」の量子コンピューターの研究開発を進めているほか、オランダのデルフト工科大学と連携し、同大学に「ダイヤモンドスピン方式」の研究拠点を設置するなど、ハードウェア面の性能向上も目指しており、量子コンピューターの量子ビット数の大規模化に向けた研究を進めてきた。
佐藤信太郎・富士通研究所フェロー兼量子研究所長は「まだSTARアーキテクチャは改善中。今後さらに発展させるとともに、それを使って世界に先駆けて量子コンピューター実機での実用量子計算を実現したいと考えている」と述べた。