既報の通り、米OpenAI(オープンエーアイ)は9月9日、国内の大手企業向けイベント「Exec Summit Tokyo」を開催し、合わせて来日したブラッド・ライトキャップCOOが週刊BCNの取材に応じた。ライトキャップCOOは、国内企業との連携により生成AIサービスの法人導入を加速していく考えを明らかにした。取材は、7月にリーガルAI分野での戦略的提携を発表したLegalOn Technologiesの角田望CEOを交えた対談形式で行われ、両社は法務分野における言語の壁に対応したAI活用や、日本市場の知見を海外に展開する取り組みを共有、生産性向上や経済成長を目指すことで意見が一致した。
グローバルで生成AI技術を先導するオープンエーアイと日本企業の連携は、AIの社会実装を開拓するか。対談の模様を一問一答形式で詳報する。(進行はOpenAI Japan)
米OpenAIのブラッド・ライトキャップCOO(右)と
LegalOn Technologiesの角田望CEO
連携企業とAI能力高める
──ライトキャップCOOは2回目の「Exec Summit Tokyo」だ。(2024年の)前回から変化したことは。
ライトキャップ 企業の需要が大きくなっている。日本企業は新しいツールの導入にほかの地域より前向きだ。AIの進歩は日本市場に適している。一般消費者向けビジネスはこの1年で4倍に成長し、エンタープライズ向けでは米国に次ぐ2番目に大きな市場となった。日本のチームと顧客に投資を続けている。日本語対応などのモデル改善にも努めている。協力する日本企業との間で、長期的なパートナーシップを築いていきたい。
──日本市場のパートナーの一社のLegalOn Technologiesは、AIをサービスの核にしている。AIに注力する理由と取り組みは。
角田 当社は17年に創業した。私は法律事務所で弁護士として朝の3~4時まで働き、単純作業に追われていた。「これは人間が行う仕事なのか」と思い、事務所を飛び出して起業した。当時、AIが囲碁の対局でトップ棋士に勝利したと知った。今はChatGPTのようなLLMがあり、手の届くところまで来ている。
今回、オープンエーアイと戦略的連携というかたちでご一緒できてとてもわくわくしている。22年にChatGPTが出てきたときは魔法のようなAIが登場したと思った。リーガル領域でAIを扱ってきたが、LLM(大規模言語モデル)を使ってソリューションを進化させ続けないと生き残れないと思っている。
社内ではグループ約700人が全員ChatGPTを使い、日常的な作業を行っており、業務の劇的な向上を期待している。法務以外にドメインスペシフィック(領域特化)AIがあり、これと「ChatGPT Enterprise」を組み合わせ、未来を先取りしたエージェンティックな体験を提供したいと考えている。
ライトキャップ 私たちの技術は(角田氏が行っていたような)深夜3時までかかっている労働を支援し、より重要な業務に集中できるようにする。今回の戦略的連携によって技術やツールを構築し、将来の弁護士が効率と生産性を高め、本当に重要な業務に時間を割けるようになる可能性を秘めている。これは私たちのミッション(全人類に利益をもたらすようにすること)を体現している。
──LegalOn Technologiesがオープンエーアイとのパートナーシップを選んだ理由は。
角田 最大の理由は、AIの進化を世界で最もリードしており、これからもその中心だと確信しているからだ。また、22年にChatGPTをオープンした際、テクノロジーを独占せずに一般公開したことも大きい。おかげで私たちのようなベンダーがクライアントにバリューを提供できている。その基盤をつくっているオープンエーアイと連携することで、ベストなソリューションを届けられると考えた。
──オープンエーアイの立場から、パートナーに対して重視している点は何か。
ライトキャップ 未来志向の企業がパートナーになっており、戦略の一致が重要だ。また、セキュリティー、コンプライアンス、安全性、モデルの性能といった面で、オープンエーアイを高いレベルへと押し上げてくれる存在であることも大事だ。高度なタスクに対応できるモデル構築に取り組む中で、能力を高めるために協力相手を求めている。
米OpenAI
ブラッド・ライトキャップ
COO
AIと人間の協働
──AI活用における法務分野の課題は。
角田 AIを使って回答を生成する場合、法律や判例など、根拠に基づいた回答が非常に高い水準で求められる。言語モデルに求められる性能やソースを引っ張ってくる能力について、日々試行錯誤しながら効率を上げる努力が必要だと思う。その点でChatGPTの「Deep Research」はとても優れている。
──オープンエーアイはこうした各国や企業ごとの規制や基準、特定の業界にどう適応しているか。
ライトキャップ まずは企業からの信頼を得ることだ。企業内ではシステムの確実な導入や権限管理、規制への準拠が肝要になる。私たちは、みずほ(フィナンシャルグループ)やNTTデータなど多業界と密接に連携し、企業がシステムを導入する際に何を必要としているのか、深く理解しようとしている。
また、LegalOn Technologiesのようなパートナーとの連携では、日本語の理解と処理や、一貫した問題解決など、モデルの信頼性、確実性という観点もある。AIモデルが現実世界と接する具体的なユースケースだ。モデルを開発する段階では、こうした細かいニーズをすべて把握しているわけではない。しかし、企業と連携する中で、それらを理解し、必要なシステムや対応力を育てている。
──LegalOn Technologiesはオープンエーアイと連携し、新しいエージェントの開発に取り組んでいる。取り組みについて話してほしい。
角田 多くの中小企業を中心とした顧客に、ケーパビリティー(能力)を広げるようなエージェントソリューションを日本のワークフローに合わせて出そうとしている。法務だけでなく、管理部門や営業担当、経営者のためのエージェントだ。オープンエーアイのテクノロジーと連携し、同社に相談しながら進めている。
LegalOn Technologies
角田 望
CEO
──オープンエーアイの技術進歩は顧客のエージェント開発をどのように加速させるか。
ライトキャップ あなたの代わりに「何かをしてくれる」AIシステムが初めて登場するようになる。これまではテキストを入力してテキストが返ってくるだけの知識ベースのシステムだった。質問に答えることはできるが、現実世界で行動を起こせなかった。
しかし今では、AIはツールの使い方を学習し、問題について考え、難しい課題を解決できる。必要な情報を得るためにさまざまな情報源やデータにアクセスすることも可能になった。こうした要素が組み合わさり、ビジネスで業務を遂行できるシステムとなる。
まだ初期段階で、本格的に構築するには多くの作業がある。しかし、LegalOn Technologiesやオープンエーアイのような企業こそが先駆者だ。AIが有用な仕事を担う世界を見通し、仕事のあり方を考え始めている。
──AIエージェントが業務遂行を担うようになると、どう変わるのか。
角田 法律事務所の勤務弁護士だったときの7割の仕事はAIにやってほしかった。必ずしもクリエイティブではなく、時間を費やしてもワクワクしなかったからだ。こうした仕事を近いうちにAIエージェントが担えるようになる。人間は限られた時間を楽しいと思える仕事に使うことができる。弁護士なら取引先と交渉、議論し、健全・適切な権利関係を形づくることにフォーカスできる。クライアントや自社にバリューをもたらす部分に時間を費やせる。これはオフィスワーカーの幸福度を引き上げるのではないか。
ライトキャップ おっしゃる通りだ。AIと人間の協働というかたちになる。AIは長時間や反復のタスクをこなすことに非常に優れている。人間は、創造力や責任感、判断力が必要な場面を担い、AIはその補完として支える。結果として一人で多くのことをこなせるようになる。
ChatGPT Enterpriseは数カ月前に300万ユーザーだったが、今では500万以上になっている。多くの人がAIとの協働を望んでいる表れだ。
LLM、海外進出の可能性開く
──グローバルに目を向けると、LegalOn Technologiesは米国や英国に進出している。
角田 日本のスタートアップが国内市場向けの自社ソリューションを海外に展開するのは難しいとされていた。しかし、当社は契約書作成に特化したAIを日本語だけでなく英語でも開発してきた。契約という業務の枠組みは言語が異なっても本質的には共通であり、それが外国語対応の強みとなった。
22年には米国法人を設立した。米サンフランシスコに約40名のチームを構え、米国や英国の企業向けに契約書作成のAIを提供している。この展開を加速させたのが、ChatGPTをはじめとするLLMの進化だ。言語の壁を取り除く技術により、日本発のスタートアップでもグローバルに通用する可能性が広がっている。
──日本市場の成長スピードは早い。オープンエーアイは日本の取り組みを他地域でも再現できるか。
ライトキャップ 日本での経験から学んだことは他の市場にも応用できる。特に重要なのは地域性だ。対話するAIシステムなら現地の言語に堪能で、文化や文脈を理解する必要がある。法務分野がいい例で、日本独特のルールがあるが、多くの日本企業は世界中で取り引きしている。私たちの役割は、ツールがグローバルで有効であると同時に、地域性にも対応することにある。
──AIが実装された少し先の将来の展望を聞く。
角田 当社やオープンエーアイのエージェントのビジョンが実現すると、これまでのソフトウェアやSaaS、AI体験は劇的に変わる。今のソフトウェアは人間が使って初めて価値が出るが、エージェントは人が使わなくても価値を発揮する。われわれのビジネスや経済活動を根本的に転換すると思う。生み出された圧倒的なキャパシティーによって人々は新しいものを生み出すだろう。
ライトキャップ 最良のシナリオは、大きな成長が見られることだ。経済成長が鈍化している国は生産性が課題になっている。そこで、LegalOn Technologiesの事業で取り引きを可能にすることはビジネスを成長させる上で不可欠になっている。AIが取り引きのスピードと精度を高め、グローバルな展開を可能にし、これまでにないレベルの生産性と経済的な活力が生まれる。単なる技術革新にとどまらず人々の繁栄にもつながる。オープンエーアイとしてその一端を担いたい。
(春菜孝明)