大航海時代

<大航海時代>第22篇●新しき勇者たちへ 第44話 煙の都

2002/08/05 16:18

週刊BCN 2002年08月05日vol.952掲載

水野博之 起業総研 相談役

 大阪気質と東京気質には明らかに違いがある。現在はどうも東京の方が優勢であるが、歴史的に見れば、大阪主導の時代の方が長かった。私の小学校時代の教科書に「大阪は煙の都」というのがあって、そのなかに大阪は昼も煙に覆われて太陽が見えないくらい、諸工業が盛んであると書いてあって、田舎者の私などは、なんと凄まじいところよ、と感心したものだ。

 数年前、中国精華大学で環境問題の国際会議が開かれたとき、私も一席しゃべったのであるが、その時、かつての大阪の例を引きながら、「持続的成長(Sus tainable Development)」について語ったものである。その大阪が最近、まことに元気がない。何も「煙の都」が良いなんて言っているのではない。あのように活力に溢れた大阪はどこに行ったのかと言いたいのである。活力と言うのは自らが生み出すものだ。体内にみなぎるものの発現なのである。国のおこぼれを頂いて、第2の東京にしてもらおう、なんて根性ではとても元気が出るものではない。

 こんなことを言うのも、大阪は日本再建のリトマス紙であるからだ。民主主義とは「地方の時代のことだ」と言われて久しいが、どうもカラ元気のようで、掛け声だけの気配である。国は依然として権力を集中してすべての施策はそこから出ている。とても「地方」なんて言える状況ではないのだ。こんなときこそ、地方の旗頭である大阪が奮起しなくてはならない。大阪が元気を出したとき、初めて日本が元気になるときであろう。にも関わらず、である。東京は1つあったらよい。ミニ東京なんてエピゴーネンの最たるものだ。エピゴーネンの末路は歴史の示す通りである。浪速のド根性の復活を願うものだ。今ささやかながらその気運がきざし始めた。大いに期待したい。(大阪城にて)
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