大航海時代

<大航海時代>第22篇●新しき勇者たちへ 第72話 ワットの伝説

2003/03/03 16:18

週刊BCN 2003年03月03日vol.980掲載

水野博之 広島県産業科学技術研究所長

 さて、御存知ジェイムス・ワットである。ワットについてはいろいろな伝説がある。小さいとき、サモワールから昇る蒸気を見て、「これは何かに使える」と思った、などというのがその例である。もっとも、これはニュートンがリンゴの落ちるのを見て「引力の法則」を発見した、という挿話と同じく、どうも後からつくられた話のようである。

 もう1つ述べておくと、ワットは「蒸気機関を発明した人」ということになっているが、これも誤りである。蒸気機関の原型はワット以前にもあったのであって、特にトーマス・ニューコメンのものは有名で、実際に使われていた。しかし、それらは大変効率の悪いもので、これら未完のものを実用の機関へと改良したのがワットであった。この意味ではワットは偉大なる改良者であった、といえるであろう。

 偉大な発明というのは、「現実の必要性」から生じる、というのは古今の鉄則である。「ナノ」とか「バイオ」とかいう抽象的なキャッチフレーズから生まれるものではない。20世紀の象徴たるエレクトロニクス時代の基礎をつくったトランジスタの発明も、真空管は壊れやすく、信頼性に乏しいという現実の差し迫った軍事的要求に端を発している。蒸気機関の発明もまた、強い現実的要求からであった。

 17世紀の終わり、英国では多くの鉱山(石炭)が開発されたが、穴を掘ると、そこに溜まる水に大変悩まされていた。水を汲み上げるには馬が使われていたが、馬は生き物であるからその時々の条件に応じて能率も違う。それに何より気まぐれであり、その飼育に大変なコストがかかった。そこで注目されたのが蒸気の力であった。1リットルの水は沸騰すると約1700リットルの蒸気となる。この膨張する力をなんとか利用できないものか、と人々は考え始めたのである。

(パシフィコ横浜にて)
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